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とある金太郎の生涯  作者: じゃっく
5/6

■結-表裏

※壱


「《何で俺の手に入れた幸福はこの手をすり抜けてこぼれていくのか?》これが、俺の悩んでいた事ですよ。あの時、いくら考えても答えは出なかった。今も考えてますがやっぱり出ないんです」

 公時は俯いて言った。

 軽い気持ちで聞いていた頼光をはじめとした一同は一様に困惑の表情を浮べ、掛ける言葉を探していた。


「あの時、兄弟たちが何故あそこに居たのか? あの時、兄弟たちを斬らずにすむ方法はなかったのか? 俺がどうやって生きてくれば何も失わなくてすんだのか? 盗賊になんてならなければ良かったのか? 足柄の山から離れるべきではなかったのか? そもそも、産まれた時に死ぬべきだったのか? どうしたらよかったのかなんてわからない。誰が悪かったのか。……でもきっと、全部俺が悪かったんですよね」

「いや、お前は……」

 頼光が反射的に否定するが、公時にその声は届かない。


「俺が、俺が生意気にも人間並みの生活を望んだから。俺が、幸せだと思ったりしちゃいけなかったんだ。失いたくないモノなんてつくるべきじゃなかった。俺の幸せは全部逃げていく。幸せだと思った瞬間に手からこぼれていく。俺はいつも必死でそれを掴もうとするけどすり抜けていくんです」

「坂田……それはお前の所為ではないぞ。お前は必死で生きてきただけだ。人生の選択を繰り返してきただけだ。そう──人生とはそういうモノだ。生きていれば岐路に立つ、その岐路で選択する。その結果がどうなるかなんて、予測はできるが本当の所なんて誰にもわからんさ。ましてやその結果の責任を完全になんて負いきれんよ。……だから、そんなに自分を責めるな。お前は俺の大事な部下だ」

「有難う御座います、頼光様。俺自身、直接的に俺が悪いんでない事は、わかってます。わかってるんです。でも、それでも俺は俺を責めるしかない。それでも奴らを斬ったのは、俺。奴らの兄貴である、俺なんだ。今も奴らを斬った時の感触が指先に残っている。でも、これはあいつらの命の感触なんだ。あいつらの命は背負わなきゃならないんです」

「そうだな。お前の兄弟の事をずっと覚えていられるのはお前だけだ。そこはお前が背負ってやれ!責任ではなく、命を背負って生きていけ。これからのお前の命はお前だけの命ではないぞ。だから、その命、無駄にするでないっ!」

 鵺を射抜くような二の矢が公時の心に刺さる。


「そう、ですよね。俺しかいない。ええ──俺は兄貴だから。奴らの兄貴だから。忘れない、忘れないです」

 公時の拳が血が滲みそうな程に、強く強く握りしめられる。

 決意の焔で表情は燃える様に紅く染まっていた。

 

 しかし、すぐにその決意の焔は揺らぎ、再び公時の表情は暗くなった。


「でも俺が悩んでいるのは、それだけじゃない。俺は怖いんです。俺は母も、養母も、友も、兄弟も、失くした。だから貴方たちも失くしてしまうんじゃないかと思ってしまうんです」

「だいじょぶだいじょぶ。まー、終わっちまった事、まだ起きてない事をいつまでも悩んでても仕方ないぞー。俺らはお前の仲間だ。何があろうとお前の味方だ。たとえ、お前に斬られたとしてもなー。兄弟たちだって同じだろうさー」

「碓井さん……たまには師匠らしい事、言ってくれるんですね」

「俺はいつでも師匠らしいぞー。お前の意中の娘との仲もとりもってやっただろー。昼の刀から夜の刀まで、俺の教える事にぬかりはなーい」

「……ははっ、折角いい事言ってたのに台無しですよ、碓井さん」

「台無しじゃないだろー。夜は大事だぞ」

「そうですね。碓井さんの生きがいですもんね。俺も碓井さんを少しだけ見習う事にしますよ」

 師匠と弟子は目を合わせて、穏やかに微笑みあった。

 それは深い信頼関係の上に成り立つ微笑みだった。


「そうか、金の字。遂に夜を頑張るか。俺はいつでも構わんぞ。俺はきっとお前の力になれる」

「……いや、綱さん。そっちじゃないです。というか、いっつもその気はないって言ってるじゃないですか」

「安心しろ、金の字よ」

「何を安心? 俺にその気がないってわかってたんですか? からかってたんですね……」

「いや、痛くしないから安心しろ」

「……」

「…………」

「ちょッーー!ほんっと、やめて下さい。だから近いって言ってるじゃないですか」

「大丈夫だ。元気になるぞ」

「いやいやいやいや、元気にならんって、逆に自殺したくなるからやめてくださいって!」

「くっ、そんなに嫌か…………仕方ない」

「まったく、こんなんで元気になるのは綱さん位のもんですよ……でもまあ、そこが綱さんらしい所ですがね。色々と有難う御座います」

 その言葉に、綱は頬を染める。

 公時の表情から憂いは消えており、晴れやかな表情になっていた。

 

「金の悩みは解消したなっ! これでこれからも我と、我が四天王は安泰だ。一件落着ッ!」

「本当に──有難う御座いました」

 公時は一同に深々と頭を下げる。

 頼光はそれを見て満足そうに、

「うむッ! さて綱、碓井、見回りの時間だ。着いて参れ」

 そう言って、宿直の詰め所から大股で外に出て行った。


 公時は再度外に向けて、頭を下げた。


「…………き……ん…………き……き……ん……と…………き」

 背後からの細々と名を呼ぶ声に、頭を下げていた公時は驚いて振り向いた。

「うわッ! って、卜部さんじゃないですか。驚かさないで下さいよ」

「……公時はもう大丈夫」

「ええ、皆さんのお陰で悩みもどっかに飛んできましたよ。卜部さんも有難う御座います」

 そう言ってまた頭を下げた。

 しかし、卜部は首を横に振った。

「違う」

「ん? 違うってどういう事です」

「もう失わない」

「ははっ、重ね重ね有難う御座います。これからはそういう風に前向きに考えて生きていきますよ」

「違う」

「また、違いましたか。では一体どういう話なのです」

「不当な理由で失う事はもう──ない」

「不当? 不当ってなんですか」

「お前の今までの喪失は全て不当。本来失うべきでなかった喪失」

「すみません。卜部さんの言ってる意味がわからないんですけど、詳しく教えてくれません?」

「お前には酷な話になる」

「構いませんよ」


 卜部は──ならばと言って、正面を向き、膝を正した。

「結論を言う──お前の人生は呪によって狂わされていた。そしてその呪をかけた人間はお前の父。」

「呪? 父? なんすか、それ?」

「お前が養母を失ったのも、友人を失ったのも、兄弟を失ったのも、全て父の所為」

「……卜部さんが……冗談なんて珍しいですね」

「冗談じゃない」

「いや、冗談じゃないって余計性質が悪いですよ。俺の親父は何処で何をしてるか、生きているのか死んでいるのかすらわからない人間ですよ。そんな人間が今までの喪失の原因っておかしいでしょ。そもそも、なんで卜部さんがそんな事わかるんですか」

「俺は卜部。卜占を司る一族の末裔」

「はっ! 卜占? そんなもんで何がわかるッてんですか」

「全てがわかる」

「全てッ! 全てがわかるって言いましたか? じゃあ、俺を呪ってるっていう父親が今何をしてるか教えて下さいよ」

「死んでいる」

「…………死んでいる? 何処で? 何時? 何故? 意味わかんないっすよ」

「一つずつ答える。何処で、それは大枝山。何時、それはお前が兄弟を失った日。何故、それは朝廷に逆らったから」

「ちょっと待って下さいよ。その話だと、俺の父親が酒顛童子の一味にいたように聞こえるんですけど?」

「正確には一味ではない」

「一味じゃないって? なら俺の兄弟のように偶々巻き込まれたってんですか?」

「違う」

「じゃあ、なんだってんですか? ちゃんと教えて下さいよ」

「お前の父は酒顛童子本人。朝廷にまつろわぬモノとして綱の童子斬安綱で首を斬られ殺された」


※弐


「やっと……終わった」

「ああ、綱。よくぞやった。碓井、酒顛童子の首を持て」

 碓井に頼光が命じた。

「了解です。頼光様」

 常人の三倍はあろう大きさの首に碓井の手が掛かる。

「……待て」

 卜部がそれを制止した。

「どうした、卜部?」

「動いている」

 確かに地に落ちた首はカタカタと揺れていた。

 その揺れは大きくなっていく。

 

 そして、遂に首は宙を舞った。


「狗ドもメがッ! よくもヤッてクれたナっ」

 首の声は声帯がない所為か、酷く奇妙な声だった。

 そして宙を舞った首は空を飛んで山の中に消えていった。

 一同は呆気にとられ、しばし固まっていた。

 そんな中、一番初めに正気に戻ったのは頼光だった。

「おいっ! 探すぞ」

 その一言により全員正気を取り戻し、それぞれ消えた首を捜しに山の中に消えた。

 

 いくら大きいとは言っても、所詮首。

 広い森の広がった山の中からそれを探し出す事は困難以外の何物でもなかった。

 頼光、綱、碓井、は山の中を闇雲に探し回っていた。

 しかし、卜部は別だった。

 卜部は卜占を使用し、気の流れで首の行方を追っており、首の居場所を特定してそこに向かっていた。


 首は木の陰に隠れ、必死で何かを見ていた。

 そのため、背後から忍び寄る卜部にも全く気付かなかった。

 卜部はゆっくりと距離を詰める。

 「くク、くくク」

 首は何かを見て哂っていた。見ている何かは木が邪魔になり卜部からは見えない。

 卜部はそれを見るために、さらに距離を詰めた。


 見えた。

 それは人だった。

 人が四つの首を胸に抱き、泣いている。

 泣いているのは公時。

 それを見て酒顛童子の首は哂っていた。


「他人が哀しんでいる姿を哂うのはよくない」

 卜部は酒顛童子の首に言った。

 不意に声を掛けられ、酒顛童子は慌てて振り向いた。

「うルさい。アノ男はおレの息子。そしておレの妻をウバッた男。奴の不幸はおレの幸せ。首ダけになってもアいつを呪いツヅけるんだ。ジャまをするナ」

「ますます、聞き捨てならないな。あれは我らの仲間。不幸に、まして呪など掛けさせるものか」

「ジャまをするナと言ったダろうッ! おマえ喰イちぎルッ」

 酒顛童子の首は宙に浮いたまま、大口を開けて卜部に踊りかかった。

 しかし、卜部はその攻撃をさらりとかわし、印を結ぶと呪言を唱えた。

 すると酒顛童子の首の周りに雷が走り、首の動きがピタリと止まった。


「ナにをしたッ! 」

「動きを封じる咒」

「フザけるな。コンなマじないといテやルッ!」

「それは、無理。身体がある状態のお前ならまだしも、首だけのお前に解ける咒じゃない」

「ぐオオオオオォォォォォッ! オれをどウする気だ」

「簡単な話。殺す。そして此処は都から見て丑寅の方角。丁度いいからお前を塞の神にする。精々役に立つと良い」

「ソんなこト、さセルかッ!」

 卜部は煩いと言った後、さっきと同じように印を結び、呪言を唱えはじめた。

 印の形と呪言は少し違っていた。

 呪言を唱え終わると、卜部は向きを変え、すたすたと森の奥に消えた。


「ナにもおこランでハないかッ! コシ抜けめっ」

 酒顛童子は悪態をつき、地に唾を吐きかけた。

 その途端、地から光があふれ出し、その光が無数の手と変わった。

 そして、その手は酒顛童子の首を掴むと、下へ下へとそれを引きずり込む。

「うおおおおおおォォォォっ! ナんダこれはッ」

 酒顛童子の叫び声など、その手は意にも介さない。

 ただ、引きずり込む事だけが、その腕の存在する理由だった。

 ずんずんずんずん、地の底へと引いていく。

 はじめのうちは、酒顛童子の抗う声、罵倒する声、呪う声が響いていた。

 しかし、それも少し経つと静かになり、山はいつもの平穏さを取り戻していた。


 酒顛童子は死に、坂田公時の父は死んだ。

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