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とある金太郎の生涯  作者: じゃっく
4/6

■転-明暗

※壱


 っとまあ、こんな具合に始まった戦いは、俺の惜敗で幕を閉じたんです。


 え? 俺の惨敗だったって?

 は? 何言ってるんですか、惨敗な訳ないでしょう。

 そもそも碓井さん、あんた簡単に惨敗するような盗賊をわざわざ引き抜いて、武士になんてしないでしょう。

 此処には愛しの姫様なんていないんだから余計な見栄で話の腰を折らないで下さいよ。


 ん? ああ、ああ、いいです。いいですよ。姫が居る所ではそういう事にしときますし、何処で今みたいな事を言ってもいいですよ。

 どうせ、碓井さんの言う事なんて誰も信じませんから。

 それにしたって、色狂いも大概にしないと身を滅ぼしますよ。

 今は俺の方が強くなりましたけど、一応師匠筋には変わりないんですから、あんまり下手うたないで下さいよ。


 うんうんって……ほんっとに、わかってんのかな……


 まあ、いいか。

 とにかく、あの時の碓井さんの言葉。

 『お前、武士にならないか?』

 戦い敗れて、ぶっ倒れている俺に碓井さんいつもの調子で言ったその言葉。

 はじめ、俺は何を言われてるのか全くわからなかった。

 その言葉自体の意味がわかっても、何故そんな事を言われているのかがわからなかった。

 そもそも、武士なんて生まれ以外でなれるモノだとは知らなかった。

 というより、普通はなれるものではないでしょう。

 だが、俺は此処に居る。武士になっている。これは純然たる事実。


 本当にあの言葉は嬉しかった。

 なんせ武士になった事で、俺の世界は一変したんですから。

 家も、女も、酒も、食物も、着物も、全てが美しく、雅になった。

 田舎武者だとか言って、貴族に陰口も叩かれるが、そんなの全く気にならない。

 盗賊の頃に比べれば、全てが上等になっていたから。


 この話のはじめにも言いましたけど、武士になってから俺の出自を調べた時、俺の親父も元々武士だった事がわかったのです。

 それも嬉しかった。今の苗字は親父が武士だった頃のモノをつかう位に。

 自分を殺そうとしたとしても、親は親。どうしても嫌えなかったんですよ。

 そして、ますます武士である事に誇りを持ったんです。

 そうやって武士である年月を重ねる事で、新鮮な喜びは慣れた愛着に変わり、変化は日常になりました。

 いつのまにか、武士をやめる事なんて考えられない位になっていたんです。


 だけど、武士になったその事実が今の悩みの因なのもまた事実。


 まさか、武士になってから己の亡霊を殺す事になるなんて思わなかった。

 そして、昔の仲間さえも。

 童子の俺が創造した『初代酒顛』が『酒顛童子』になり武士の俺がそれを壊した。

 それが、俺の悩み。俺が頭を抱えていた原因です。

 今の俺は武士。朝廷側の人間。

 だが、もとを糺せば、盗賊、まつろわぬ者。

 『酒顛』が復活した事は嬉しいような、懐かしいような気もした。

 思い入れもある。もとの仲間に関しては今でも仲間だと思ってます。

 でも、俺はそれを壊した。

 何故なら武士の生活も、盗賊の生活に負けず劣らず幸せだったから。

 だから俺は、完膚なきまでに、徹底的に、究極的に、解体した。


 でも、俺にとってはどちらもかけがえのないモノでした。

 あの時、あの時の俺は──どちらを選ぶべきだったのでしょうか。


※弐


「お前たち……何で、何でこんな所に居るんだ」

 地熊、宇佐美、紫猿、鹿呉が公時の前に座っていた。

「こっこれは……違うんだ、兄貴っ!」

「何が違うんだ? 言ってみろ、地熊っ! お前たちには金も、酒も、米も、生きていくのに必要な全ては渡している筈だ! なぜ、お前たちはこんな所、酒顛童子のねぐらなんかにいるんだ。なんでこんな所で酒を呑んでるんだ? なあ、地熊、答えてくれよ……」

 金太郎の声は、激しく、そして哀しく響く。それは地熊だけでなくこの場にいる兄弟全てに鋭く突き刺さった。

「──なあ、理由くらい教えてくれよ。俺はお前らを斬らなくちゃならないんだ……」

 そう言って、膝を折り、崩れ落ち、地を叩く。


 公時をはじめ、頼光四天王には帝からの勅命が下っていた。

『平らげよ』

 この言葉が現すのは酒顛童子の殲滅。皆殺し。

 その場に居た者はなんであれ。

──殺さなければならない。


「あっ兄貴……俺ら盗みも殺しもやっちゃいねえよ。今日は馴染みの大枝山を懐かしみに来たんだが、たまたま此処の奴らと遭って、何だか気が合っちまって呑んでただけなんだよ。俺らが兄貴を裏切るような真似すると思ってんのかよ」

 金太郎は一つ頷いて、視軸を横に移した。

「そうか、じゃあ気が合っちまった挙句、其処に転がってる姫を犯っちまったって訳なんだな?」

 鹿呉の横に生きているのか死んでいるのか定かではない女が倒れていた。

 女は上等な着物を身に着けていた。

 いや正しくは身に着けていた痕跡が見えた。

 胸ははだけ、裾は破れ、袖は千切れ、全体が砂埃に塗れていた。

「いや…………これは……その、なんだ」

 地熊はうろたえる。

「なんだ……ってなんだってんだ? てめえで犯っといて知らねえってのか? お前が知らねえってなら俺が教えてやろうか? 其処の姫さんはな帝のおぼえ目出度き、中納言様の姫君よ。しかも寵姫ときた」

「っ……」

「お前らはな……朝廷に弓ひいちまったんだよ。前回は運が良かったがな、今回は──」

 そこまで言って下唇を噛む。


「今回ばっかりは、助からねえ……」

 その言葉に地熊をはじめ、一同の顔に絶望が浮かぶ。

 言った本人の顔にすら深い、とても深い絶望が刻み込まれていた。

「に、兄さん、あたいも殺すのかい?」

 宇佐美の叫びに似た問いに、金太郎は無言で頷いた。

 確かに宇佐美は女だ。姫を犯すなんて出来る訳がない。

 だが、それでも見てみぬ振りをしたのだから、中納言、帝から見れば同罪だろう。

「う、嘘だよ。兄さんがあたいにそんな事するわけないじゃないか。ねえ兄さん、嘘だといっておくれよ」

 目を逸らしたまま、金太郎はその問いには答えない。

 宇佐美もそれ以上問う事はせずに、静かに涙を流しはじめた。

「金の兄貴、頼むっ! どうか宇佐美姉さんだけでも助けてやってくれ。宇佐美姉さんは俺らと違って女だ。俺らはどうなってもいい。犯っちまった事は仕方ない、罰は受ける。でも姉さんはやってないんだ。きっとちゅう、なごんとやらもわかってくれる筈だよ。だから……だから、殺さないでくれよ」

「そ、そうだよ、兄貴。姉さんの肩は震えてるんだ。こんなに怯えてる姉さんを兄貴は殺すのか?」

「紫猿、鹿呉。お前らの姉を思う気持ちはわかる。わかるけど……無理だよ。無理なんだ」

 金太郎は呟きながら、顔を俯けた。

 その頬を伝い、顎から雫が幾粒も地に落ちる。

 紫猿、鹿呉は宇佐美の震える肩を抱き、ともに涙を流した。 

 地熊は一人、膝の上の拳を震わせている。


 皆、泣いていた。

 それぞれの脳裏には楽しかった頃の思い出が蘇り、それがどうしてこうなってしまったのかを考えていた。

 でも、わからなかった。

 いくら考えても、その答えは一生出る事はなかっただろう。

 考えるだけ無駄だった。

 考える事を止めた。


 そして、公時は顔をあげた。


 チャキッと鍔が鳴り、すらりと音をたてて鞘から引き抜かれる。

 そして抜き身の刀身が天高く掲げられる。


「──じゃあ、な」


 刀は四度、音もなく振り下ろされた。

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