涙
──……カーン。
そこは……自然に半分程飲み込まれたかつての大都市、トウキョウ。
この街から僕が知る限り人間が完全に消えたのは……もう5年以上前の事だ。
「ガルゥ……。(暇だなぁ……。)」
僕の口から出るのは獣の声。
人の様に二足で歩き、思考能力も高い……しかしその姿は人と獣を合わせた、イヌの獣人の姿──。
──僕は、人類が滅んだ原因によって……産まれたんだ。
何故、人類は滅んだのか。
きっかけは……もう20年以上も昔の話。ある科学者が一つの画期的な新薬を開発した事に遡る。
その薬はある病原菌を遺伝子組換えし、それを人体に投与する事によって身体の様々な病気を治療出来る……と言う画期的な物だったらしい。
しかし、投与されたウイルスは病気の画期的な特効薬から凶悪な殺人ウイルスへと……変異した。
──そして起こった世界規模の爆発的感染。
それにより人類の大半はなす術も無く死んでいき……人類の大半は、絶滅した。
それが……人類が滅んだ原因。
……僕は、そのウイルスに感染したイヌから産まれたらしい。
そして僕ら──見た事は無いが他にもいるらしい──は、ウイルスに対して完全な抗体を持っており、感染する事も無いらしい。
──え? 誰から聞いたかって?
それは、僕を育ててくれた人間のじいさんから教えてもらったんだ。
『いいか? ヒトとお前たちはいつか……必ず、共に生きていける筈だ。私とお前みたいにな。』
それがじいさんの口癖だった。
じいさんは、僕に字の読み書きや勉強、サバイバルの仕方等……全てを教えてくれたし、親代わりになってくれた。
大好きだった──だけど、もう……居ない。
もうずっと……僕は一人ぼっちだった。
──……カーン。
その辺に落ちていた空き缶を蹴って転がす。そうすれば少しは暇を紛らわせる事が出来た。
──……カーン。
──……カーン。
──……カコンッ。
「……ガウ? (へっ? )」
いきなり転がっていた缶の動きが止まる。
「……じゅ、獣人? 」
僕の姿と足元に転がる缶を交互に眺めながら、そう問いかけて来たのは──20歳くらいの……1人の女の人だった。
──パシュッ。
そんな小さな音と共に、美味しそうな匂いが缶の中から溢れてきた。
「……ガウ(よし。)。」
それを瓦礫の中から拾ってきたパイプ椅子に座っている彼女に手渡す。
「……ありがとう。」
彼女は驚いた表情で缶を眺め……それからさっき渡した箸を使い食べる。そして、
「……こんなに美味しいもの食べたの、久しぶり。」
そう言って微笑んだ。
「ガウッ。(それは良かった。)」
僕は何とか彼女と喋ろうとするけど口から出てくるのは獣の声で……。
「ごめんなさい。わからないわ……。」
そう彼女は言った。
──「あなたは……獣人、よね? 」
食後、そう彼女は問いかけてきた。
コクリ。
そう僕は頷く。すると彼女は、
「やっぱりね。けど……初めてね。あなたみたいに話の通じる獣人さんは……。」
そう言った。
──彼女は、父親に育てられた。
しかし……つい最近、父親は亡くなってしまったらしい。……死因は風邪をこじらせた事による肺炎。
「……馬鹿みたいな話よね。そんな病気……私が産まれた頃……人のせいで文明が崩壊しなければ助かったのに。」
そう言って彼女は哀しげに笑った。
──それから、僕達はしばらく一緒に暮らす事になった。
彼女とは言葉こそ通じなかったけど大体はジェスチャーで意思疎通はできたし、どうしても無理なら筆談でなんとかなった。
そうして……共に暮らすうちに僕は彼女が好きになっていた。
──けど、ボクはけもので、彼女はひと。
初めて……自分の身体を憎んだ。
──彼女と同じ身体なら……ボクは彼女と付き合う事が出来たのかもしれないのに、と。
……僕は彼女が好きだ。だけどその気持ちは報われない。
──だから、せめてその大好きな彼女を護ろう。そう決めたんだ。
「……ス……キ。」
──彼女が眠りに落ちた後僕はそう必死に練習した言葉を空へ呟く。
……僕は彼女を幸せに出来ないから、ずっと彼女を護るだけ。
……そう決めて……生きているのに。
──どうして涙は……止まらないんだろう?
『えんど』