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VDシリーズ

星屑小夜曲~sutardust night~

作者: 南雲遊火

 闇黒の空の下、少女は歩いた。

 いつもなら、空には満天の星が輝いている。

 しかし、今日は違った。

 月……それぞれ公転周期の異なる七つの衛星すら、今日は出ていない。

 かといって、雲がかかっているわけでもなかった。

 流星夜第一日目。年に一度、四日間ほど集中しておこる流星雨の、第一日目である。

 ……といっても、普通、第一日目はそんなに降ることはない。

 一般的に流星夜と呼ばれるのは、第三日のことだ。

 その日は本当の雨のように、無数の星が流れ、それはそれは美しい夜である。

 しかし、それ以外の日は、ほとんど降らないに等しかった。

 故に、星明りも月明かりもなく、星も降らない……そんな夜は闇黒夜とも呼ばれている。

 少女……ジャスティス=プラーナにとって、それは特別な日であった。



 彼女は特異な容姿をしていた。彼女の体から、複数の駆動音が静かに響く。

 彼女は生まれつき、左側の足と腕、眼球がなかった。それを補助するために、普段は義足、義手、義眼を使用している。

 その容姿や、独眼の狙撃王……『ワンアイド・スナイパー』の異名のせいで、ただ、そこに居るだけで、彼女は普段から、かなり目立っていた。

 しかし、今……周りに人の姿は無い。

 普通、闇黒夜に出歩くものはいない。別に決まりがあるわけでもなかったが、暗黙の了解……というやつである。

「……十年前も……そうだったなぁ」

 ぽつり……と、ジャスティスはつぶやいた。

 それと同時に、あれから十年も経ったのだと、改めて実感した。



 ジャスティスは神殿の裏にある、小高い丘にむかっていた。

 そこは、高い壁で囲まれた首都を一望できる、ジャスティスお気に入りの場所であった。

 ……ただし、街が見えるのは昼間の間の話であったが。

 ジャスティスは草の上に横になり、闇黒の広がる空を見上げ、小さなため息をはいた。



 ジャスティスは父が大好きだった。

 母の事は知らない。

 幼い頃は、養母であるアレクトが、本当の母なのではないかと思っていた時期もあったのだが、アレクトが息子であるヒュ-ミットを連れて、アレイオラから脱出してきたのは、翌年のことだったと、後に父から聞かされた。

 父は国の英雄だった。

 戦死して約十年が経過した今でも、父の名を知らぬ者はいない。

 現女帝の従兄弟であり、摂政兼宰相であり、よき伴侶。同時に元素騎士……エレメンタルナイツの隊長で、緑の精霊機『デメテリウス』の操者であった偉大な人物。

 皇族特有の朱の髪と朱の瞳を持ち、聡明でやさしく、誰からも尊敬され、愛された人物。

 父……ファヤウ=プラーナという人は、そういう人であった。

 だから、正式に認められていない娘である自分たちが、父に会うことを、皆にあまりよく思われていないことは、幼心にもよくわかってはいたが、それでも、ジャスティスは父に会えることが、うれしかった。

 たとえそれが、年に一度……流星夜の四日間だけだったとしても。



 「風邪をひくわよ」

 ふいに声をかけられ、ジャスティスは起き上がった。ふりかえると、一人の巫女装束の女性が、外套を羽織って立っている。

 ……今夜は寒くなるそうだから。少しきつめの朱の目を細め、微笑みながらそう言った。

 アレクト=ガレフィス。神殿の最高位の巫女である、『神女長』の地位につく女性。そして、ジャスティスの養母であるその人は、元、風の元素騎士である。

「よく……わかったわね」

「あら。知ってたのよ? ……流星夜第一日目の夜は、毎年ここで過ごしていたでしょう?」

 ……ジャスティスは無言で、夜空を見上げた。相変わらず、黒い闇が広がっている。

 ふいに、ジャスティスの肩に外套がかけられた。

「……そっちこそ、風邪をひくんじゃないの?」

「元、元素騎士の体力を甘く見ちゃダメよ。……もっとも、引退して十年以上たっちゃったケド……ね」

 そうは言うが、アレクトもまだ若い。たしかまだ三十代前半だったはずだ。

「元素騎士……か」

 ふいに、ジャスティスがつぶやいた。そしてため息をつくと、再び草の上に横になった。

「あら。元素騎士になることが、夢だったんじゃないの?」

 アレクトは、ジャスティスの顔をのぞきこみながら問いかけた。

「なんだ。……もう知ってたんだ」

「チャーリーが荒れた荒れた」

 ジャスティスの双子の妹……チャリオットのヒステリーによって、見事に破壊されたテーブルを思い出し、アレクトは小さなため息をついた。

「ヒューミィも、いざとなるとちょっとショックだったみたいね。……部屋に閉じこもってる」

「……そう」

「……」

 しばしの静寂が訪れた。



 昔は妹とヒューミットの三人で元素騎士になることが夢だった。

 父は元素騎士の隊長だったし、養母はその父の元部下であったのだから、そう考えるのは、自然なことだったのかもしれない。

 しかし、その夢はある事実によって、見事に霧散することになる。



 人は、それぞれ精霊の加護を受けている。

 ここ、フェリンランシャオの場合、多くは見習い騎士から正騎士となる時に行われる儀式……いわゆる精霊試験の際に何の加護を受けているかが発覚する。

 ジャスティスの場合、それは水の精霊であった。

 しかし、稀に精霊の加護を受けない者がいる。

 妹……チャリオットとヒュ-ミットは、その稀な例であった。

 通常、精霊の加護を受けていない者が正騎士になることはない。

 しかし、この二人は、見習い時代の優秀な成績によって、例外的に正騎士になることができた。

 ただ、大きなハンディキャップを背負っていることに、違いはない。

 ヴァイオレントドールを起動させる際、仮想精霊……いわゆるダミーシステムを組み込んだ機体に乗らなければならない。

 それは効率が悪い上に反応速度が下がる等、様々な行動に障害をもたせる原因になる。

 それに……あまり誇れるような代物ではない。

 なにより、精霊の加護を受けないものは、元素騎士になることができないのだ。



「叙任式はいつなの?」

「……明後日」

 ……はたしてそれは偶然なのだろうか。アレクトはジャスティスの答えを聞き、少々考えた。

 明後日……流星夜第三日は、ジャスティス、チャリオット、そしてヒュ-ミットの十五回目の誕生日である。

 それと同時に、ファヤウの命日でもあった。

 十年前の流星夜第二日目の早朝……彼女たちの五回目の誕生日の前日に、城から緊急の召集命令がかかり、そして翌日、そのまま帰らぬ人となった。



「十年前……ね」

 ふいに、ジャスティスが口を開いた。

「父様、急に外に出ようって言ったの」

 ジャスティスは、ぎこちない笑みを浮かべながら続ける。

「闇黒夜でしょう。……あの頃のヒューミィとチャーリー、すごく怖がりだったじゃない? だから、父様に続いて外に出たのは私だけだった……」

 アレクトはうなずいた。その時のことは、彼女も覚えている。

「あれから……ね。ここ……丁度この場所にきたんだ」

「ここ……に?」

 ……うん。今度はジャスティスがうなずいた。

「父様と一緒にね、こうやって、空を見上げたんだ」

 空……?アレクトはいぶかしんで空を見上げた。

 空は相変わらずの闇である。

「何故……」と、アレクトが考えた丁度その時、背後から声がかけられた。

 声の主は彼女の息子である、ヒューミット=ガレフィス。

 そして、彼の後ろには、ジャスティスにそっくり……義足、義手、義眼も左右対称で……そう、まるで鏡で映したような少女が立っている。

 もっとも、腰までとどくジャスティスとは違い、その少女の髪は短かったし、義眼もジャスティスのように、硝子細工の内側に入れ込むものではなく、片眼鏡のように装着するタイプであったが。

 この少女こそ、チャリオット=プラーナ。ジャスティスの双子の妹である。

「……元素騎士に選ばれたんだって? ……おめでとう」

 ヒューミットに言われ、ジャスティスは思った。

 瞳の色はフェリンランシャオの朱とアレイオラの青という違いこそあったが、ヒューミットとアレクトは正真正銘の親子だ……と。

 きつい目を細めて笑う……笑い方が一緒なのだ。

「……ありがと」

 そう言いながらジャスティスはチャリオットのほうに視線を向けた。

 チャリオットは相変わらず、終始無言だ。どうやらむくれているらしい。

 でも、それは悪気があるわけではない事をジャスティスはわかっていた。

 妹は自分の置かれている状況を十分把握している。しかし、頭ではわかっていても、割り切れることと割り切れないことが世の中にはあるものだ。

「ところで……こんなところで何やってるんだ?」

「あ……ああ。そういえばそうね。……毎年ここに来てたのは知ってたけど、何をしていたの?」

 ヒューミットとアレクトが問う。

「もう少し……待って」

 ジャスティスは再び、ぎこちなく微笑んだ。



 どのくらい時が経っただろう。

 ふいに、一筋の光が流れた。

 それはやがて、二つ、三つと流れ、空一面に流れはじめる。

「流星雨!」

「そ……そんな。だって……まだ第一日目……」

 チャリオットとヒューミットがあんぐりと口をあけ、空に見入った。

「通称にわか雨。……十年前、父様に教えてもらった、父様と私だけの秘密……」

 ジャスティスがポツリと言った。……こういう事だったのね。と、一人で納得するように、後ろでアレクトが言う。

 流星夜第一日目の深夜、まさににわか雨のように流星が降りそそぐことを、ジャスティスは最後に父に会ったあの夜、教えてもらった。

「す……すごい! すごいや!」

 さっきまでの機嫌はどこへやら……。チャリオットが歓声を上げる。

 そんなチャリオットをみて、ジャスティスはクスっと笑った。

「……何?」

「いや……。ちょっと羨ましいかな……って」

 慌ててチャリオットから視線をはずし、空を見上げた。それは丁度、最後の流星が流れ、消えたところであった。

「……終わっちゃった」



 ふいに、チャリオットが小さなくしゃみをした。ジャスティスはアレクトにかけてもらった外套を、そっとチャリオットにかけてやると、まっすぐ神殿に向かって歩き出した。

「なぁ……。ジャスティー」

「……何?」

「さっきの、どういう意味だ?」

 外套の前を合わせながら歩くチャリオットの言葉に、ジャスティスは足を止め、後ろを振り返った。

「……さあ……別に」

 ジャスティスは再び歩き出した。その瞬間、背後からチャリオットが飛びついた。

「きゃ……何するのよ」

「まぁーったく、素直じゃないんだから。……ジャスティーって」

 体制を崩され、文句を言いたげなジャスティスにむかって、チャリオットはニッと笑った。

「まあ、そこがジャスティーらしいんだけど」

 さらにムッとするジャスティスを知ってか知らずか、ふう……と、わざとらしくチャリオットはため息をついた。

「……おめでと。まあ……オレらの分も、がんばってくれや。……な」

 ……うん。

 ジャスティスは一呼吸おいて、もう一度、ちゃんと彼女の目を見て答えた。

「……ありがとう」



 流星夜第三日、水の元素騎士の叙任式は厳かに行われた。

 その日より、彼女は、妹の使用しているものと色違いの同じ義眼……かつて父、ファヤウが亡くなる前日、ジャスティスのために誕生日プレゼントとして用意し、アレクトに預けていたという形見の品を使うようになる。

 それは、彼女なりの決意の表れであった。

 新たなる水の元素騎士については、賛否両論意見が分かれたが、翌日に行われた防衛戦において、その能力を見事に発揮、否定派の口をつぐませたという。

 運命の日まで、およそ一年……。



 「チャーリー! まぁーた命令違反してぇ……」

 「だぁぁぁ……ヒューミィ! 邪魔すんなら戻りやがれ!」

 「二人とも……減給していい?」

 ……まだ三人は、そのことを知らない……。

FIN


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