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闘い、護る者  作者: 星 冥
繁栄の代償
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繁栄の代償6

その日、市役所を出た染谷は秘書に車を運転させるとそこから数キロ離れたところにあるビルへ向かった。彼はこれからとある男と会談をするために、このビルに赴いたのだ。そのビルは、この大笠市の産業の4割を担っている企業『尾崎産業』のビルである。染谷はビルの前で車を止めさせると、秘書に迎えはいらないと告げて外へ出た。外へ出た彼は腕にかけていた黒のコートを羽織り、ビルの中へと入る。

ビルの中に入ると、そこには多くの人々がエントランスを行き交っていた。さすが、尾崎産業といったところか。染谷は心の中でそう呟くと、早足で受付の方へと向かった。受付では黒髪の若い受付嬢が、座って待っていた。

「尾崎さんと話をさせてくれ。染谷と言えば、分かるはずだ」

「はい、少々お待ちください」

受付嬢は受付に備え付けられていた電話で面会の確認を取りはじめる。その間、染谷は時計をじっと眺めていた。だがその行動に意味はない、ただの暇つぶしに過ぎなかった。しばらくして約束の確認が取れたことを受付嬢から告げられた。染谷は受付嬢に礼を告げると、エントランスの奥にあるエレベーターに乗り込んだ。乗り込んでから彼は15階のボタンを押すと、たどり着くまで待つ。上下の揺れと共に動き出すと、しばらくして再び同じ揺れと共に到着を告げるブザーが鳴った。扉が開くと、彼はまっすぐに伸びる廊下を歩いていく。廊下の突き当たりまで歩いていくと、そこには煌びやかな装飾が施された扉があった。染谷は扉をノックして、少しの間待つ。

「入りたまえ」

扉の向こうから渋い声が聞こえてきた。染谷が扉を開けると、そこには大きな部屋が広がっていた。染谷はこの部屋に入ると、自分に与えられている部屋がちっぽけに感じてしまうのだ。その度に、今自分のある立場もこの男よりも良い立場ではないと考えてしまうのである。彼はそんなくだらないことを考えるのをやめると、部屋の真ん中におかれたソファーに腰かける。彼はそこから、机を挟んで目の前のソファーに腰かけている男の姿を見た。

高級ブランドのスーツに身を纏い、指には高そうな宝石のついた指輪をつけているその男は、にやにやと笑っていた。染谷は最初この男にあった時には不快感を覚えていたが、いまでは全く感じなくなっていた。慣れとはなんと怖いことだろうか、と内心思っていた。

「尾崎さん、随分前に市役所に織原がやってきました」

染谷の言葉を聞くと、尾崎と呼ばれたその男は鼻で笑う。そして懐から煙草を一本取りだすと、ライターで火をつけて吸い始める。煙草の煙が染谷の方へ来た時、彼は不快そうな表情を浮かべた。

「煙草は苦手かね?」

「ええ……まだ慣れないんですよね」

染谷は尾崎の問いに苦笑いを浮かべながら答えた。そして彼は尾崎の言葉を待った。尾崎が煙草を吸い終わるまでの間、その部屋の中は沈黙で包まれていた。しばらくして、尾崎は吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、その口を開く。

「あの人だけが我々の悪事に勘付いてるだけだろう?」

「それだけならまだしも、今回は防衛連合の人間までも連れてきました」

尾崎は染谷の言葉を聞くと、ほぉと相づちを打って興味を示し始める。染谷は尾崎に如月と名乗る男たちが市役所に来たことを説明した。染谷の説明を聞いている間、尾崎は目をつぶっていた。その様子から、何かを考えているようにも見える。尾崎は染谷の話を聞き終えると、目を開けたが、その表情からは余裕が感じ取れた。

「奴らにPX燃料の真実など分かるまい」

そんなわけないだろう。染谷は尾崎のその言葉を聞いて、そう言おうとした。だがすぐに喉元まで来ていたその言葉を抑え込むと、そうですねと答える。尾崎は彼の言葉を聞いて頷く。

「ところで、染谷君。例の物は用意できてるんだよね?」

話を切り替えて別の話題に変えた尾崎だが、その顔には先ほどのにやにやした笑みがあった。気色悪い笑みだと内心思いながら、染谷は用意できてますともと答えると、コートの内ポケットから封筒を取り出す。彼はその封筒の中身を確認してから、尾崎に手渡した。手渡された尾崎は中身を取り出す。中身は札束である。尾崎は念入りに枚数を確認すると、にんまりとした笑顔を浮かべた。

「いやぁ悪いねぇ、染谷君。こんなもん頂いちゃって」

「いえいえ。この大笠市が発展しつつあるのも、全てはPX燃料を製造してくれてるあなたのおかげです」

尾崎に対して頭を下げながら、染谷はそう答えた。そんな彼は、尾崎には見えていない右手の掌を強く握り占めていた。そんなことを知らず、尾崎は彼に今後もわが社をよろしく、と彼に念入りに言った。

尾崎は腕時計を見て、もうこんな時間かと呟いた。彼はこれからまだ別の人間との面会があると染谷に説明する。染谷もそろそろ失礼します、と言うと椅子から腰を上げると部屋を出た。彼は部屋を出ると、ちょうど到着したエレベータの扉が開くのを見た。そのエレベータから二人組の男が下りてくる。一人は今有名な政治家であり、もう一人の男は彼の秘書である。二人は染谷を見つけると軽く会釈をして通り過ぎていく。染谷も彼らに会釈を返すと、誰もいないエレベータに乗り込む。

エレベータは上下の揺れと共に下へと降りていく。染谷は扉の前で佇みながら、先ほどから握りこんでいた拳を離した。彼の掌には淡く赤い爪の跡が痛々しく残っている。彼は拳を離したとき、自分の心が尾崎との会話を拒絶していたことに気が付いていた。だが、彼は首を横に振ると扉が開くと同時に歩き出す。歩いている彼の目には何かが浮かんでいた。その何かが彼を動かしているようにも見えた。

いいのだ、これで。すべてはこの街が発展する為なのだから。彼に賄賂を渡すぐらい、許されるだろう。

染谷は自分の心にそう言い聞かせるとビルを後にし、一人夜の街の喧騒の中へと姿を消すのであった。

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