繁栄の代償5
3人を乗せた車は数十分して、調査目的地である大笠市へ到着した。彼らは大笠市内を車で走りながら、街の様子を確認していた。
「市街地は特に問題はないみたいですね」助手席の窓から街並みを眺めていた折笠がそう言った。
「問題は発電所が今、どのような状態にあるか知りたいってことだな」
後ろの席で立花は退屈そうに窓から見える景色を眺めながら言った。その間にも車は大笠市の中心地へと向かっていた。助手席に座っていた折笠は興味深そうに、外を眺めていた。
車が赤信号で停止した時、折笠はある光景に目が釘付けになった。ある建物の前で三人の男が取っ組み合いをしていた。男二人の身なりを見ると、どうやら役所の職員のようだ。その男二人が、とんがり帽子を被った白髪交じりの男性を、建物に入れまいと追い出していた。白髪交じりの男も建物の中に入ろうと、必死に男二人の間をかいくぐろうとする。
折笠が如月を呼ぶ声を聞いて、如月は折笠が見ている窓の光景を見た。彼はそこで起きていることがただ事ではないと感じると、すぐさまその建物の前に車を止める。
車から三人が下りると、すぐさまその取っ組み合いを止めようと彼らの間に入る。突然入ってきた三人を見て、男たちは困惑していた。折笠は白髪の男性の元へ駆け寄ると、身体に怪我がないかを尋ねた。
「あぁ、大丈夫さ。ありがとうよ、若いの」
男は心配をした折笠に礼を言うと、再び目の前の建物の中に入ろうとする。そんな彼の姿を見て、立花と如月に取り押さえられていた男二人が男の元へ駆け寄ろうとする。
「どけどけ!! 市長に会わせろ」
「ですから織原さん。今日はお帰り下さい!!」
織原と呼ばれた男は何とかして建物に入ろうとするが、それを防ごうと二人組の男が彼を取り押さえる。立花と如月はその光景をただ眺めていたが、折笠だけは眺めていることはできなかった。彼は二人の男のうちの一人に駆け寄ると、織原から彼を引き離す。引き離された男は尻餅をつくと、驚いた表情で彼を見ていた。だがもう一人の男が、織原を立花のいる方へと突き飛ばした。突き飛ばされた彼を、立花はしっかりと受け止める。如月は突然、このような行動に出た折笠の元へ歩み寄ると、彼の胸倉を思いっきり掴んだ。
「お前、自分のしたことが分かってるのか? 独断行動だぞ」
「はい、分かっています」
如月のどすの利いた声に怯えることなく、折笠は淡々と言い放った。折笠は如月の顔を見てから、立花に受け止められた織原へと視線をやる。彼は織原へにんまりとした笑顔を浮かべた。
「大丈夫だ、織原さん。俺らが代わりに市長さんに掛け合ってやるぜ」
折笠のその一言を聞いて、驚いたものが二人いた。一人は、織原であった。彼は折笠のその言葉を聞くと、本当かと言って大喜びし始める。
もう一人は、今、折笠の胸倉を掴んでいる如月である。彼は驚いた表情を一瞬浮かべたが、すぐにその表情に怒りを浮かべる。そうして左手を思いっきり宙に掲げると、折笠の頬にめがけて振り下ろした。乾いた音が鳴り響き、彼らのいる場所だけに沈黙が訪れた。如月はその手を小さく震わせていた。
「折笠……お前は馬鹿者だ」
如月は彼に対して呆れたと言わんばかりにそう言うと、織原を突き飛ばした男の元へ歩み寄る。男は突然近づいてきた彼を見て、身体を小さく震わせた。如月は服の胸ポケットから隊員証を取り出すと、男に見せつける。男は隊員証を見て、目を丸くした。
「すまんが、防衛連合の特権第5条に基づき、市長との面会を求める」
「か、かしこまりました!!」
『防衛連合』という名前を聞いた男は如月に対してぎこちない敬礼をすると、すぐさま建物の中へと消えていった。入り口のガラス戸から中の様子を見ると、男が受付にある電話から誰かと連絡を取っている様子が伺える。男は電話を終えると、すぐさま彼らの元へ駆け寄ってきた。
「市長から許可が下りました。さぁ、こちらへ」
そう言った 男の表情は先ほど織原を追い払った時の怒った表情から微笑みに変わっていた。だが、その微笑みは作り物だとすぐに如月は感じていた。男の案内を受け、折笠達は役所内を歩いていく。建物には普段見ることのない隊員たちの姿を見てざわめく職員や織原の姿を見て不快そうな表情を浮かべる職員がそこにいた。折笠は感じていた。織原に対して、何人かの職員が白い視線を向けていることを。折笠は織原の方へと視線を移してみる。彼は自らに向けられる白い視線に動ずることなく、市長のいる部屋に向かって歩いていた。
「こちらになります」
男はそういうと、折笠達の脇に立った。どうやら、男は部屋の中に入らないようだ。如月が扉の前に立つと、小さく数回ノックする。ノックした後、扉の向こうからどうぞ、という声が聞こえてきた。如月は扉を開けると、折笠達を連れて部屋の中へと入っていく。
案内された部屋に入ると、目の前には大笠の街並みが窓から見えた。そして、その窓の前に大きな事務机があり、その椅子に一人の若い男性が座っていた。彼は折笠達の姿を見ると椅子から腰を上げ、深々とお辞儀をする。そして、彼らに部屋の真ん中にあるソファーに座るように促した。男は折笠達がそこに座るのを確認してから、彼らと向き合う形で自らもソファーに腰かける。
「どうも、皆様ご苦労様です。わたくし、大笠市の市長をしてます染谷と申します」
「初めまして、僕は防衛連合怪獣迎撃班の副隊長の如月と申します」
お互いが自己紹介を終えると、握手を交わした。その後に折笠、立花が自己紹介を終える。染谷と名乗った男は如月達の顔を眺めてから、彼らの隣に座っていた織原に視線を移した。染谷は彼を見ると、溜息を大きくついた。織原はその様子を見て勢いよく立ち上がると、その口を開く。
「染谷さん、単刀直入に言うよ。すぐにあの発電所を止めて欲しいんだ」
「織原さんも往生際が悪いですよ。無理なものは無理なんですよ」
染谷は織原の要求を一応は聞いているようだったが、その表情からは興味がないと言わんばかりの物が出てきていた。織原は自らの要求を聞き入れない染谷の姿を見て、唸り始めた。そんな二人の様子を、如月達は傍でただ眺めていた。折笠も織原の方へ加勢しようと立ち上がろうとするが、そばにいた立花に抑え込められる。抑え込められた折笠はきっと睨みつけながら立花を見るが、立花は首を横に振って彼を抑えていた。
「第一、あなたが言う環境破壊へのデータがないじゃないですか」
「あるよ」
染谷のその言葉を聞くと、織原はにやりと笑って答える。そして彼は着ている茶色のジャケットのポケットから一枚の写真を取り出した。その写真には一匹の猿が映っていた。だがその猿は他の猿と違う特徴を持っていた。
体の色が白いのだ。白い猿と言うのは珍しく、如月達も興味深そうに眺めていた。織原は取り出した写真を染谷に渡すと、腕を組みながら彼の言葉を待ち始める。染谷は写真をしばらく見ていたが、ふんと鼻息を鳴らすとその写真を机の上に放り投げる。
「馬鹿らしい……非常に馬鹿らしいよ、織原さん」
染谷は俯きながらそう言うと、最初はくすくすと笑っていたが途中から大声で笑い始めた。そんな染谷を見て、織原はなんだとと怒鳴ると、彼の胸倉を思いっきり掴む。染谷は胸倉を掴まれていたが、臆することはなかった。むしろ、彼は怒鳴っている織原を嘲笑うような目で見ていた。織原は彼を睨みつけながら、なぜだと尋ねる。
「確かに、あの発電所で使ってるものが悪影響を与えているかもしれないって考え方は分かります。だが、織原さんの元にそんな証拠はない。だから、信憑性は皆無に等しいのですよ」
「だがアンタは知ってるはずだ!! 尾崎からその事を聞いてるんじゃないのか」
染谷は織原の口から『尾崎』という名前を聞いた瞬間、むっと顔をしかめる。彼は織原に歩み寄ると、彼の肩を掌でぐっと押し込む。突然の彼の行動に、織原は身体をよろめかせながら後ろへ退いた。そんな彼を折笠が受け止めると、染谷をきっと睨んだ。
「なぜアンタは、織原さんの要求を聞き入れないんだ?」
折笠のその問いを聞いた染谷は部屋に響き渡るような大声で笑いだした。突然の笑い声に折笠は肩を小さく震わせた。染谷はにやりと口角を少し上げながら、彼の質問に答える。
「あのエネルギーがあれば、この街はもっと発展する。その為にも、多少の犠牲はつきものだよ」
染谷はそういうと、折笠達に向けてにんまりとした笑顔を見せる。その笑顔を見て、如月は感じた。こいつは、繁栄を求めている亡者ではないかと。彼の話を聞いていて遂に我慢できなくなったのか、立花が腕を振り上げながら染谷の元へ歩いていく。その様子を如月は驚いた表情で見ていた。
「おめぇ、さっきから聞いていればだまっちゃいらんねぇ!!」そう怒鳴る立花の顔は怒りに満ちていた。
「ほぉ、この私を殴るんですか? いくら正義の味方でも、それはあまりに強引すぎる」
自分に近づいてくる立花を見て、彼はやれやれと首を横に振りながらそう呟いた。彼はその場から一歩も動こうとしない。立花は彼の目の前で立ち止まると、狙いを定めてその拳で殴りつけようとする。慌てて立花の行動を止めようと、折笠が彼の元に駆け寄ろうとしたときである。
突然、事務机の上にあった電話が鳴った。染谷はすぐさま電話を取ると、何事もなかったように応じた。話の内容から推測するに、この後彼は誰かと会うらしい。彼は電話の主によろしくお願いしますと告げると、しばらくして受話器を置いた。染谷は如月の元に歩み寄ると、自分がこれから外出することを伝えて、部屋の外に待機していた職員を部屋に入れると部屋から立ち去った。
「折笠、立花。いったん、ここを出るぞ」
如月は部屋で立ったままでいる二人にそう告げると、自分は先に部屋から出ていく。立花は染谷への怒りをどこへ向けたらいいのか分からず、舌打ちをして部屋から出ていった。部屋に残された折笠もすぐに部屋から出ていこうとしたが、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえたので立ち止まった。後ろを振り向くと、織原が一枚の紙を持ったまま立っていた。
「これを持っていっとくれ」
折笠は彼から紙を受け取ると、その中を確認した。そこには、『大笠第一PX発電所』と書かれていた。折笠はどういうことかと思い、織原に尋ねる。彼が言うには、そこにいけばワシが言いたいことが分かるということであった。折笠は織原の答えを聞いて分かったというと、すぐさま部屋から立ち去った。その後を織原がゆっくりと歩きながら、部屋を後にした。職員たちは彼に手を出すことなく、不快そうな表情で見送った。