お付き合い
ふるえる掌をぎゅっと握り締めて深呼吸。
気合を入れて待ち合わせ場所へと、止まっていた足を動かした。
「坂井!」
呼び出した人物が、私の名を呼んだ。その顔は私と違って緊張の欠片もない、ゆったりとした笑いが浮かんでいる。
まぁ、そうだよね。呼び出し内容なんて知らないだろうし、第一私が告げてない。
ごくりと唾を飲み込めば、乾いた口の中はさらに乾く。
女は度胸! 度胸、度胸! 繰り返して自分を鼓舞させながら、ごめん待ったか? と聞いてきた木下君の言葉に首を振る。
「うん、ん。急に呼び出してごめんね」
「いや。いいよ、大丈夫」
意識しすぎて、ぎこちない私に彼は朗らかに笑った。
「それで、何かあった?」
ついて早々のお尋ね。彼に用事はなくて、私に用事があるのだからしょうがない。
でも。それでも、やっぱり胸は急く。彼に聞こえないほどに小さく息を吐いて、女は度胸だ! 再度繰り返した。
「あ、あのね」
「うん」
急がないよと、私に告げるように微笑む彼。すこしだけ、気持ちが落ち着いて。
じっと、彼を見つめて口を開いた。
「付き合って、ください」
言った。言えた。
どれだけ私はこの言葉を言えずにいただろう。思いばかり募って、それでも告白なんてそう簡単には出来なかった。出来るはずがない。
ほとんどの女の子は躊躇って、怖くなるだろう。友達と言う関係が壊れるのなら、いっそ思いを告げずにいようって。
それでも、一歩踏み出したくなった。
同じクラスで、すぐ近くで笑っている彼を見て、ふと目が合うと目を細めて笑ってくれる彼がいて。
思いがあふれた。
言ったという達成感と、言ってしまったという事実に対する相手の反応。手にはじんわりと汗がにじむ。
少し流れた沈黙。彼はうん? といって先ほどからの笑みのまま目を瞬いた。
そして、言う。
「うん。いいよ。何処に?」
……え?
「……え?」
心と、声が同じ言葉を紡いだ。きょとんと瞬いた彼はあれ? 違った? なんて困惑気だ。とっさに口が開いた。
「うんん! そう、そうなんだよね! ちょっと、従兄弟のお兄ちゃんに誕生日プレゼントあげたいんだけど、何がいいのかよく分からなくって。やっぱりこういうのは同じ男の人同士の方が分かるのかなって!」
「そっか。う~ん、でも俺で大丈夫かなぁ。坂井からみてお兄さんってなったら俺より年上だろう?」
「あ、うん。大丈夫だよ。きっと。お願いできるかな?」
「あぁ、いいよ。喜んで」
にっこり笑顔の彼に、がんばってにっこり笑顔を返したけれど、ついさっきまでの心と言葉が同じ、素直な私はいなくなっていて、思いを告げるのだと息巻いていた私もいなくなっていた。
なんて、意志が弱いんだろう。私……。
項垂れながらも、それでも一緒に出かけられる! なんて思って少しだけ上昇した気分。
けれど、それはすぐに落とされる。
「でも誕生日プレゼントって、よっぽどお兄さんの事好きなんだな」
……え?
今度の心の声は出なかった。
……え、……え?
「好きなのか?」
……え? さらりと何気ない風に彼は言って、ふいと横顔を私に向けじゃあ、いこっかと歩き出す。から、私の抑えながらも上気していた頬の色と共に、顔色を、さっと失ってしまう。
私は、私が言ってしまった言葉を振り返る。
従兄弟の、お兄ちゃん。実の兄弟ならいざ知らず、従兄弟。恋愛対象、もっとはっきりと言えば婚姻可能対象の、お兄ちゃんに誕生日プレゼントを、贈りたい。
…………ばか。ばかっ! 私のバカっ!!
とっさの事とはいえ、実の兄弟もいなくって、親戚にもお兄ちゃんしかいない事実の元に素直に言ってしまった事実、に打ち砕かれる。
素直だったり、素直じゃなかったり。一体私の口先はどうなっているんだ!
それに、興味なさそうに笑みを浮かべて尋ねてきた彼の横顔に、脈の無さを感じてしまった。
告白する前に、その事実に気付くことが出来てよかった。言わなくて、恥かかなくて、得したじゃん私!
あぁ、さらば私の恋心。
初恋は実らないってね。だれしも失恋なんて通る道だし! あはははは!
ははははは、あははははは。
…………。
…………なんて、諦めきれるはずもない。
そんな事が出来るなら、世の乙女が泣いて喚いて、どか食いのやけ食いなんてしようはずも無い!!
そんな事が出来るほどの軽い気持ちじゃ、そもそも逃げ出したい気持ち抱えて告白しようとも思ってない!
「木下君!」
強めに名前を呼べば、彼は足を止めてまだ歩き出していない私を振り返る。
振り返った彼に、私はさっきよりももっともっと気持ちを込めて、ただじっと、彼の目を見て告げた。
「好きなの! 木下君の事。だから、恋愛の意味で、付き合ってください」
目は、逸らさない。ただ思いを込めて彼を見つめた。
欠片でいい。あふれだす思いに気付いて欲しかった。私の気持ちに、気付いて欲しかった。
流されたくなんて、ない。
じっと彼を見つめていると、彼の表情は変わる事無くぶわっと。ぶわっと顔が紅く染まっていった。
「……え?」
彼の反応に、どうかしたのかと目を瞬いた。彼の顔はすでに真っ赤だ。
「あ、いや。えっと」
言葉にならない、声だけが続いて。彼の目は大きく開かれていて、そのままに視線があちらこちらと彷徨った。
うわ、とかあ、とかその後も少し続いて。右手は頭に伸びてがしがし。最終的に視線は地面へと固定されて、ぽつりと呟かれた言葉。
「俺、かっこわりぃ」
どうやら、私の思いには気付いてくれたようだった。
「えっと、その。……ごめん」
地面に縫い付けられていたような視線は、伏せ目がちに私へと向けられて、謝罪の言葉。
「あ、」
ごめん。ごめんなさい。だよね? あぁ、分かっていたけど失恋決定だ。歪んでいく顔はでも、彼の広い心で許して欲しい。
けれど、彼は私の呟きに顔を上げ、私の歪んだ表情に気付いて慌てて両手を振った。
「あ、いや、違う! ごめん!! 違くって!!」
……違うの……? ……何が?
混乱して、眉がよりながらも彼を見る。彼の顔は赤いまま。
「気付かなくって、ごめん! でも、えっと、俺……」
俺も、坂井の事、好きだったから。好き、だから。まさか坂井からそんな事言われるなんて、思ってもなくて。
だから、……。
「俺と、付き合ってください」
向けられた、言葉。私が、彼に向けた言葉。
彼の気持ちが嬉しくて、私と同じことが嬉しくて、ふと、思う。
ここは……。
ここは、
何処にと、返すべきだろうか?




