十二話 決着
「さて、覚悟しとくと良いぜぃ小悪党!」
「ふん・・・・ガキが。もっと周りを良く見たらどうだい?君には僕に近づくこともできないと言う現実をねぇぇぇ!!」
直後、俺はパーシヴァルの手下が俺の頭を目掛け、斧を振り下ろそうとしているのに気づく。しまった・・・!と俺は先程生み出した光曲刀で斧による一撃を受け止めようと試みる。
(やばっ!間に合わない!!!)
気づくタイミングが遅すぎたのか、光曲刀は現在俺の胸の高さまで上がった所、それに対して敵の斧は俺の脳天に今にも直撃しそうなところまでに迫っている。
(チートを使うか?でも言い切る前に斧が届く!)
これは人間が死を目の前にして体験するタキサイキア現象と言う奴なのか、俺は斧が今にも脳天を捕らえようとしていると言うのに考え事ができる程、思考に余裕があった。しかし、余裕があるのに身体は動かない。いや、動かせない。時間をスローに感じているのだ。だから思考だけが異様に働く。俺の身体の神経が一つずつ途切れて行くように、俺の身体は脳から切り離されたようにピクリとも動かなくなった。
(っく・・・詰んだ・・か?)
時間がスローに感じるとは言え、敵の振り下ろした斧は俺の脳天を捕らえるべく、俺の頭に向かい近づいて来る。大口を叩いて何もできずに死ぬと言う悔しさが俺の胸に込み上げてくる。
(畜・・・生っ!」
ここで諦めるのか、ここで死ぬのか、大口を叩いておいてか?こんなショボい死に方で良いのか?違うだろう。つい先程、決めたでは無いか。この小悪党を叩き潰すと、望んだでは無いか叩き潰してやりたいと。なら、最後まで必死に足掻いてみせろ!偶然能力を授かってそれを自分の実力と勘違いしていた大馬鹿野郎よ!
「う・・・ぉぉぉおおおおおお!」
俺の腹の底から出した咆哮はこれ以上動かせないと思っていた腕を無理矢理にでも動かすように、俺の途切れていた神経を再び繋げるように、俺の運動神経を再び活性化させた。
(動かせる!今なら!)
動くようになった右腕を力いっぱいに振り上げ、俺の頭と敵の斧の間にねじ込むよう強引に光曲刀でパーシヴァルの手下の斧での一撃を防ぐ。
「弾け飛べ!」
俺の一言で手に握られた『全て弾く光曲刀』はバシュンッと言う音と共に斧ごとパーシヴァルの手下を弾き飛ばした。弾き飛ばされたパーシヴァルの手下は10m程、吹っ飛ぶと地面に頭から落ちて気絶したようだ。
それを確認し俺はパーシヴァルの方へ向き直る。俺が口を開こうとした前に彼の方から口を開く。
「ククッ・・・まぁ、あれだけで死んだら困るもんねぇ?・・・しかし、彼を倒せたのは当たり前でも、最後の動きは素晴らしかったよ。実にねぇ。」
ぱちぱち、と恐らく皮肉100%であろう拍手を俺に向ける。パーシヴァル。その行動で俺の頭に多少血が上り、彼に対する怒りが増す。
「その変な術しか取り柄の無いガキだと思っていたよ、クククッ・・それだけ君の先程の動きは素晴らしかった。本当に戦士さながらだよ」
でもねぇ、と彼は何度目かの歪んだ笑みを見せる
「それだけじゃぁ、駄目なんだよぉぉぉっ!後ろに注目ぅぅぅっ!」
「!?ッ」
パーシヴァルの叫びにゾッと寒気を覚え、俺は頭を後ろにやるとそこには俺におぶさる形になっているライカごと槍で貫こうとしているパーシヴァルの手下が
「ッ!?我が領域に立ち入りし・・!」
「残念!御終いだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!ガキぃぃぃぃぃ!」
チート発動のために必要な詠唱も間に合わず、パーシヴァルの狂った笑いが響いた。このまま俺は貫かれると思った。しかし、その時
「そうは行か無ぇんだよ!」
一人の少年の声と共に槍で俺を貫こうとしていたパーシヴァルの手下その2を何者かが横から蹴り飛ばしたのだ。
「チッ・・・さっきっからケタケタケタケタ笑いやがって、うるせぇんだよ!この馬鹿があっ!」
荒い口調でパーシヴァルを睨みつけている彼はミカヤ達と共に駆けつけて来た短め赤髪ジャギーヘアのコボルトの少年だ。武器は何短剣一本を腰に下げているだけであり、他に武器らしいものを持っているように見えない。多分素手で戦う人だと思う。
「野蛮な獣に馬鹿と言われても何も思わないんだけどねぇ」
手に握られている大噴煙の剣を弄びながらパーシヴァルはニヤニヤと笑う。表情に変化が無いあたり、彼の言葉は本当らしい。
「っと、オイ、そこのお前」
コボルトの少年は指をさしながら俺の方を見て言う。
「ライカをよこしな。お前に任せてると危なっかしいんだよ。」
別に反論はする気も無いし、資格も無いのでライカを横抱きにして彼へ渡す。幸い、残り一人となったパーシヴァルの手下やパーシヴァルはその間に攻撃はして来なかった。
「さてと、これでお前が遠慮しなくて戦えるワケだな」
「そう言うことになりますねぃ、しかし何故、今初めて会話をしたアンタがそんな事を言う?」
俺が聞くと彼はニっと笑い。
「俺は強い奴の志は尊重させてやりたいからな。お前、アイツら一人で二人倒したし、強ぇだろ?」
「単純な理由でございますねぃ」
格闘ゲームのキャラみたいだとコイツに向かって言いたかったが、この世界に格闘ゲームなんて概念は無いだろうから言わないでおく。
「まあ、感謝しますぜぃ。アンタ名前は?俺はシュラハルト」
あまり名乗った事の無いこの世界での名前を名乗る。
「シュラハルトか、強そうな名前じゃねぇか。俺の名前はアークだ。まあ、こう言う自己紹介はアイツら倒してからにしようや」
「賛成ですぜぃ」
なんだか、この世界に来て初めてここまで気が合う者に会った気がする俺だった。
(まあ、そんな事、今はどうでも良いか)
俺は気持ちを会話モードからシリアスモードへと切り替えるとパーシヴァルを睨む。
「さて、これで俺が突撃するのに躊躇う理由はないですぜぃ」
「ふん・・・君がコボルトの娘を背負っていようと無かろうと関係の無い事だけど」
と彼はあくまで余裕を貫き通すつもりらしいが、彼の顔のニヤニヤが少し弱いものになっているのを見るあたり多少の焦りが生まれていると見える。
「関係無いかどうかはちゃんと戦ってから言いましょうぜぃ」
「ハッ・・まだそれを言うかい?君は近づくことすらできないのさ」
また何か来るか、と俺は考えパーシヴァルの元へと近づくべく走り出す。パーシヴァルに近づくにつれ見えたのはパーシヴァルのニヤニヤ笑い、そして
(波!?)
パーシヴァルの後ろから彼を避けるようにして巨大な波が押し寄せてきたのだ。その大きさは実に俺の3倍はあるであろう。
「くっ!!!」
俺は事態のヤバさにがむしゃらに『全て弾く光曲刀』を振る。波が真っ二つに割られ、吹き飛んだ。
「ふん、そんな魔法一つ弾くのに必死になって良いのかいぃぃぃぃぃぃっ!?」
「ッ!!!!!!」
パーシヴァルの声がした方を向くと殺気に満ちた狂喜の表情を浮かべ、剣を振り下ろそうとしているパーシヴァルが
「ぐっ!!!」
チートを使おうとしたものの、間に合わないと判断した俺は『全て弾く光曲刀』でパーシヴァルの剣での一撃を受け取める。
「弾けろっ!!」
バシュンッと音を立てて、大噴煙の剣を弾く。しかし、パーシヴァルも武器の性能だけに頼っている馬鹿では無いのか、先程のパーシヴァルの手下のように何mも弾く事はできなかった。
(でも・・、今生まれたスキを突けば!)
俺はパーシヴァルのと間合いを詰め、チートの発動を試みる。
「我が領域に立ち入りし・・・ッ!」
「ハンッ!甘く見るなよガキがぁぁっ!僕がそんな隙を与えると思うかぁぁぁっ!?」
パーシヴァルは叫びながら大噴煙の剣の切っ先を下にし、高く掲げている。俺ごと地面に突き刺すつもりだろう。
(くっ・・・反応が間に合わない!)
俺が焦り、飛び退こうとしたときにはパーシヴァルは剣を振り下ろしていた。
「うぐっ!」
直後、ガキンッと言う金属音が響いた。その音は明らかにパーシヴァルの剣が俺の身体を貫いた音では無いと考え、目を開く。
「チィッ邪魔をするな!小娘がああっ!」
「悪人の邪魔をして何が悪いんですかっ!?」
「何の力も持たないガキ共が善悪を判断するなぁぁぁぁっ!」
そこには器用に手に握られている直刃直刀の剣脊でパーシヴァルの剣尖での一撃を防いでいるミカヤがいた。
「っミカヤ!?」
「全く・・・本当に危なっかしくて見ていられないわ・・・。アンタは今日コボルトと何をしていたのよ・・」
戦ったけど卑怯な手段を用いて勝ちましたーなんて言えずに「まあ、ね。うん」としか言えない俺。
「まあ、アンタが何をしていようとも構わないけど。今のうちに倒しちゃいなさい。こうしてあげているんだからっ!」
こうして何気無くパーシヴァルの攻撃を防いでいるミカヤだが剣を握っているその手は小刻みに震えており、ミカヤの腕の疲労を示している。
「くっ・・感謝しますぜぃ、ミカヤ!」
俺はミカヤに礼を言うと、パーシヴァルの懐に潜り込みチート発動の詠唱を始める。しかし、その前に、ミカヤと鍔迫り合いの形になっていて、手の開いていないパーシヴァルは懐に潜り混んでいる俺の腹を思い切り蹴りつけて来た。
「っげ・・・・っほ・・!!!!」
胃の中が全てぶち撒けられそうな痛みが俺の腹を襲う。
「フン、君達は僕を甘く見すぎだよぉぉぉっ!ガキ共ぉぉぉ!」
腹の激痛でとても言葉を紡げそうにない、しかしパーシヴァルとの距離はまだ15センチと無い。例え腹の激痛が邪魔するとしても・・・・ここは!
「我が領域に・・・・立ち入りし・・も・・・の・・は」
「チッ!黙っていろ小僧ぉぉぉおおおおお!」
俺の顔面目掛けてパーシヴァルの足が振り下ろされる。
「硬直」
俺がその4文字を紡いだ瞬間、パーシヴァルの動きが文字通り止まった。振り下ろされた足は俺の目の前で止まっている。そして俺は声を張り上げ、精一杯叫んだ。
「今だ!ミカヤっ!!!!」
一瞬、ミカヤは戸惑ったようだが、やがてコクンと頷くとミカヤは剣を振り上げ、パーシヴァルの右脇腹から左肩、までをズバンッと切り裂いた。その直後、斬り口からどばっと鮮血が吹き出し、赤い斜め線を描く。
「が・・・はっ!?」
目の前の光景を見て、ミカヤは何やら複雑な表情をしていた。まあ、そうだろうな。と俺は思う。悪人を成敗し、喜んで良いのか人を斬り、罪悪感を感じて良いのか分からないのだろう。もともと心の優しいミカヤに人を斬れなどと言って少し悪い事をしてしまったか、と俺は考える。
(しかし・・・これで終わったのか・・・)
などと俺は考え立ち上がろうとした時だった。硬直していたパーシヴァルの足が俺の頭を物凄い勢いで踏みつけた。
「ぐあああああああああああああああっっ!!!」
頭蓋骨が砕けそうな痛みに喉が張り裂けそうなほどの悲鳴を上げる。
「シュラハルトっ!!!」
ミカヤが俺の方へ駆け寄ろうとするが、パーシヴァルの手がミカヤの首を締め上げ阻止する。
「あぐぅっっっ!」
パーシヴァルがミカヤの首を絞め、吊るし上げる状態にする。
「ガキ共がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!殺すっ!!殺す!!!殺す!!こぉぉぉぉぉぉぉろぉぉぉぉぉぉぉぉぉすぅぅぅぅぅぅぅ!」
最早人間では無い声を上げ、パーシヴァルは叫び、剣を振りかざす。
(ミカヤを刺す気かっ!?)
俺の喉が干上がる、やめろ、これ以上、仲間を、友達を、殺すな。やめろっ・・・やめろっ!
「じゃああああなあああっ小娘ぇぇぇぇっ!!!!!」
狂気の笑みを浮かべたパーシヴァルはあっさりと、俺の抵抗をものともせず、雑草を抜く感覚で、本当にあっさりと、ミカヤの胸を剣尖で貫いた。
ボォォォォッと言う、音がしてミカヤは発火し、本当にあっさりとフェーラルと同じように灰になって本当にあっさりと『死んだ』
「あはぎゃはははははははははははははっ!次はオマエだなああああっガキぃぃぃぃぃぃ」
狂ったパーシヴァルの笑いは俺の耳には届かなかった。向こうで驚愕の表情を浮かべているモルドレッド先生やカルゴ、アークの何か遠ざかって行くような気がした。
俺の視界が一瞬にしてフェードアウトし、思考までもが遠ざかって行くような気がした。
そして、俺の思考が何者かの思考に支配された気がした。
殺セ
たった3文字、それだけが俺の思考の全てを支配した。
(もう・・なんでも良いか・・・)
俺は完璧な自棄となり、俺の思考を支配した『何者か』に身を委ねる事にした。
「くククククククククク・・・アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
気がついたときには俺は狂ったように高笑いしながらパーシヴァルの足を切り落としていた。
「ぐ・・・・・ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」
パーシヴァルの悲鳴、そんなものを聞いても俺の・・・いや、俺の思考を支配した『何者か』思考は何も変化しなかった。気が削がれるワケでも、尚更気が高まるワケでも、無い。ただひたすら
殺ス
と思っているだけである。
「ァァァァァァァァァァァッ死ねェェェェェェェェェェ」
パーシヴァルの咆哮と共に大噴煙の剣は先程よりもさらに大きく、巨大化をし、最早剣どころでは無い形へと変化していた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!死ねえええええええええええええええええええええええ」
狂ったように叫び、パーシヴァルは大噴煙の剣を地面へ突き刺した。
ボォォオォォォォォンと言う爆音はなんだか面白く聞こえた。当たり一体を巻き込み、周りの者全てを溶かし、焼き、灰へと変えた。モルドレッド先生も、カルゴも、アークも、ライカもパーシヴァルの手下も、だ。
しかし
俺は死んでいなかった。いや、もはや死体と言っても過言では無い。顔半分と片腕は無くなり、両足はもう炭と言っても良い。それでも立っていた。それは俺の身体がどうとかでは無い。思考だ。このような状態になってもただ、ひたすら、純粋に
殺ス
の3文字を浮かべているだけである。寒気を覚える。この思考に。この寒けを覚える程強靭な『何者か』の思考は本当に『何者か』の思考なのか、それとも俺の本性なのか、疑問に思う。しかし、今はそんな事を考えている場合では無い。ただ、前の前の男を
殺ス
だけだ。
「ッア・・・何故ッ!?何故生きている!?何故立てる!?何故、何故、何故だぁぁっ」
俺の目の前で顔を真っ青にしているパーシヴァルを見据え、俺は歩を進める。一歩歩くたびに足に激痛が走るが、むしろそれが心地よく感じられた。
「ひぃぃっっ!く、来るなっ!」
ついに恐怖を表に出したパーシヴァルが後ずさりを始める。しかし、そんな言葉に耳を傾ける程俺は人が良く無いし、ヤツにそんな事を言う資格も無い。
「ひぃぃぃぃっ、ああ、来るなぁぁ!来るな!近づくなぁぁっ」
パーシヴァルは腰を抜かし、地面にへたれこむ。それでも、俺は歩を進める。そして、俺はパーシヴァルの目と鼻の先で止まるとゆっくりと、感情のままに言葉を紡いだ。
「我ガ領域ニ立チ入リシ敵ハ我ガ傷ノ完全治癒ト共ニ」
ここで一度俺が感情のままに紡いだ言葉を区切ると俺の身体をオレンジ色の光が包み、一瞬にして傷を消し去った。それを見届けたあと俺はパーシヴァルを見据え、先程の続きを紡いだ。
「死ヌ」
直後、俺の右手をドス黒い『何か』が包み、俺の右手を『悪魔の右手』へと変える。そして俺はその『悪魔の右手』を感情のままに振り下ろした。
パーシヴァルの断末魔と同時に当たり一面をドス黒い『何か』が包んだ。




