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渡り世の詭弁者  作者: 生意気ナポレオン
第一章:一先ず教字編
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第九話:変域

 ガチャン――背後でそんな錠が落ちる音が聞こえても、俺達は、いや、俺はなるべくあの場から遠ざかりたいと言う本能のまましばらく階段を駆け下りた。

「ちょっ! ちょっと待てい!」

 そう止められなかったら、俺はまだしばらくは降りていただろう。そして、一度止まった足は前に動く代わりとでもいう様に自分自身を小刻みに揺らし始めた。

 初めは意志で、しばらくして両手で、駄目だと分かるとそれを抑えるのを諦めた。

 素早く意志の投降を察した足は揺れ幅をどんどん広げ、はた目から見ても分かるほどにまで振れる。

 恐怖による震えだ。

「だ、大丈夫かぁ!?」

 震えが激しくなりいよいよ立って入れらない、手を繋いでる防人も道連れに俺は階段に倒れ込む。

 全身からは嫌な汗が噴き出、呼吸は浅くなり過呼吸気味に、奥歯がガチガチと鳴り実に耳障りだ。

「おい! 気を確かに、ゆっくりと深呼吸するのじゃ!」

「わたっわかかっ」

 了承の意を伝えようにも上手く返事が出来ない、ので俺はひとまず呼吸を整える事を優先し、言われたとおりに深呼吸を繰り返す。

 一度、二度、三度……両手の指を使い切る直前まで繰り返しようやく息が整う。

 そうして冷静になり、気が付いて見れば、すでに汗は引き、震えも大分収まっていた。

「……ありがとう」

 それでも出た声は予想よりもか細い物だった。果たして聞こえたか? などと考え、もう一度口を開こうとすると口を人差し指で塞がれ、

「例を言うのはこっちじゃ、私を連れて来てくれ――ありがとう」

 そう、防人は優しい笑みを俺に向ける。頬が熱くなるのが分かる、分かったので俺は"消無私(ザ・ベスト・ポーカーフェイス)"で即座に熱を冷ます。これから神と舌戦を繰り広げる者として弱みは握られる訳には行かないのだ。

「礼と感じるなら精々恩に来てくれ。実際には……」

 と俺が抵抗した理由を告げようとするのを、防人が続ける。

「父上の要求をそのまま呑むのが今後に影響するから、じゃろ? 分かっておるよ、反論せねば強気に出れば勝てると相手取る神に精神的猶予が生まれるからのう。しかし、それはそれ、これはこれ、じゃ」

 それはそれ、これはこれ。それを無理やりでも繋げて、相手に恩を売って、利益――今回の場合は証言だ――を引き出すのが交渉であり、舌戦だと俺は考えているのだけどな。

 全くこいつは……頭が良いが、対話にはとてもじゃないが向いてないな。

 内心ですら素直じゃない自分に苦笑を浮かべつつ、防人の言葉に俺は続く。

「まっ、結局は防人の母親……藍野さんに頼って逃げたから、最悪とまでは言わなくとも、あまりいい結果とは言えないけどな」

 はた目から見たら、相手の奥方に泣きついて逃げて来たと言われてもしょうがない。どんな間男だ、俺は。

「父上に対し、あれだけ暴言を、まぁ正論なのじゃが……何はともあれ吐いておきながら、生きているだけでよいと思え」

「それなんだよな……まさか、本当に殺しに来るとは思わなかった」

「何を甘い事を言っておるのじゃ」

 言葉と共に繰り出されるデコピンを首を傾け避ける。以外と痛いのだ、デコピンは。

「良く考えてみろよ。俺達は主神たる御神に犯神を追う役目を担わされてんだ。それをおいそれと殺したら大問題だろ」

 俺の世界に例えて言うなら警官殺しの様なもの。殺しの理由は、隣に立つ婦警を警察から離職させるため、そんな事件、聞いた事が無い。

「それはそうじゃが」

「幾らなんでも親馬鹿が過ぎねぇか? お前の親父」

「幼心にそれは感じていたが、何時頃からかそれをさらに強く感じるようになったの~。だが、今日は今まで一番じゃ。あのような父上……初めて見た」

「対して藍野さんの方とは距離感ある感じだったし」

 親子間の会話にしては、やや硬い気がした。

「あれは父上の溺愛が過ぎるから、変わりに厳しくなった、と私は認識しておるよ」

 そう言うと防人はさて、と言い立ち上がった。必然、手を繋いでいる俺はまだ地に付いているためバランスを崩すのかと思われたのだが、思いのほか防人の力は強く、むしろ俺はの方が急に立たされバランスを崩された。

 重力が掛かったのか良かったのか、俺は防人に尋ね忘れていた事を思い出し、それを口から出す。

「お前は何の神だったんだ?」

「父上が"武器の神"だとは言ったの?」

「ああ」

「そして、私の母上は"愛の神"。武器が愛に奉じられ、生まれた子には"守護"の二文字が与えられた。つまり、私は元"守護の神"であり、いずれ"守護の神"となるものじゃよ」

 のを抜けば守護神、か。およそ、回りくどい言い方をした挙句決め顔でいる此奴に"守護"の二文字は与えるべきでは無いと思うのだが。

「ふーん……それじゃ、行くか」

「自分から聞いといてお主は……! まぁいい、所で何処に行くのじゃ?」

「それを今から備品の確認ついでに御神に聞くんだよ」

 キョロキョロと周囲を見てみるが前の様に扉は無い。となると、ここから出る時みたいに……

『なんでしょう?』

「のわ! 行き成り頭に直接話しかけて来るなよ、非常事態でも無いんだからよ!」

『それは失礼、で、なんでしょう?』

「どうせ聞いてんだろ? 次に会う神様の情報と、"証言"を取る為の道具、蓄音機、ボイスレコーダー、ビデオカメラ……などなど何でもいいからよ」

「寄越せとはなんじゃ! 寄越せとは! お譲り下さいじゃろ!」

 隣の守護神の事は無視、頭に響く声に耳を傾ける、鼓膜は揺れないのだろうが。

『次に私が引き合わせるのは"文字の神"です。何故、その神と引き合わせるのか? それは自分で考えて頂くとして。道具に関しては安心してください、すでに持たせていますので。あっスイッチは常時オンになっていますので、気にしない様に』

 気にしない様に、御神がその部分をやや強調する。その意図を大体察し、了承の意を伝え、交信を終える。

「茂、それで? どれが録音用の道具なのじゃ?」

 どうやら守護神様には意図はさっぱり通じていなかったらしい、働く社会神としてそれはどうなんだ? あー、あのおやじの事だ花よ蝶よと育てられたんだな。

 容易に想像できる教育環境に一つため息をこぼし、俺は説明する。

「はぁ、気にしない様にって言ってただろう。録音ができてるっていう事実確認が出来りゃそれで十分、下手に意識して壊されたら不味いし、道具を見られたら相手の警戒心が高まるだろう? 必然、口数が少なくなる、それじゃ証言を引き出し辛い、オーケー?」

「お、おーけーじゃ」

「それじゃ、今度こそ行くとしよう」


◆◇◆◇◆◇


 三分程で俺達は扉の前に付いた。

 今までのものとは違い、扉には幾多の言語で装飾が成され、言葉に出来ない芸術的な物となっていた。

「言語で出来ているのに、言葉に出来ない……あんまり、上手くは無いな」

「何をブツブツ言っているのだ、開けるぞ」

 こちらの声を待たず扉は開かれる、開けた時に扉に「ぎぃぃ」と言う文字が浮かぶ事に、芸が細かいと思いつつ、俺は顔を中にのぞかせる。

「おお……」

 吐息が無意識に漏れる。周囲は今までと同じように殺風景な純白な物の、宙には扉と同じように幾つもの言語が漂い、ぶつかり合い、そして手を取り合っていた。

 そんな空間の中心に彼は居た。

 彼は片眼鏡(モノクル)を左目につけ、両の手に持つ万年筆で羊皮紙の様な物に、次々と文字らしきものを書き刻み、宙に浮く手首から先しかない手でキーボードを目にもとまらぬ速さで打っていた。

 彼はこちらに気付いたのか、全ての手の動きをピタリと止めると、ゆっくりと椅子を回しこちらを向いた。

 椅子が前へ動く。文字が彼の周囲から遠ざかり、過ぎ去るとまた元の位置に戻る。

「"文字の神"――この"字創(じづくり) 文字(ふみあざ)"、何か用かな? "神追者"の二人よ」

「"神追者"? それが今回事件を追う、私達の呼び名ですか?」

「その通り、読んで字の如く、神を追う者と書く。私としては、先頭に"虚"の一文字を付けさせてもらいたいがね」

「虚……つまり、犯神などは居ない、と言いたいのでしょうか?」

「うむ、犯神は居らず、事件など存在しない。全ては不幸な事故だった、私はそう考えている」

 まぁ、そう来るよな。事件性は皆無、そう言われても今はしょうがない、事件性を証明する、証拠も、"証言"も無いのだから。今回、御神がこの神と引き合わせた理由はそれ、事件性を証明する"証言"をこいつから得る為だ。確かに、それにはこの字創が適任だろう。だが、その"証言"を引き出すには、この神にある事を言って貰わなければならない、俺から言いだすことも可能だが……それは好ましくない。

 ここは彼女に頼むとしよう。

「ちょっと待ってください!」

 防人が声を張り上げる、目は真剣そのものだ。

「防人君……気持ちは分かるが、失敗は失敗として……」

 字創が理解者面して説教垂れる。良いぞ、その調子で舌を回し続けてくれ。

「私は間違いなく、この者が居たのとは違う世界へ送りました!」 

「だが、結果として君の世界は崩壊している」

「だからそれははめられて……!」

「それを皆は陰謀論と言うのだよ。分かるよ、理不尽な不幸に対してそう言いたくなるのは」

「信じてください……!」

「ふー……しかしだね、仮に、仮にだよ? 今回の事が事件だったとして――」

「字創さん。今言いましたよね、"仮に"今回の事が事件だったとして、と。だから私も"仮に"これが事件だったとして、貴方に聞きたい事があります」

 そう、まずはこれを仮でも何でも事件だという事で話を進める事に意義がある。それも相手からだったらより良い、それこそ仮に言いだした文字の神が

「ふぅ、仮にこれが事件だったとして、私に何を聞くと? 言い方は悪いが、一つの世界が崩壊したぐらいで私に何の利益が? 何の関係があると言うんです?」

「おや、関係ないとおっしゃる?」

「ええ、全く持って、ね」

「それはおかしいですね~」

 粘り気のある声。疑っているのを下手に隠し、相手をうかがうような声だ。

「何がだ?」

 棘のある声。誰にしろ、疑われて不快に思わない奴は居ない。疑うと言う行為は、警戒を抱かせ心に壁を作る、だがその壁は急造だ、突かれたら崩れてしまうような穴が出来やすい。だけど壁を作った事で、人は安心する、傍から見たら分かる穴に気付けない。

「だって、これが"仮に"これが事件だったとしたらですよ。我らが神の神"奉人成乃神"様が暗躍する犯神を故意にしろ、そうでないにしろ見逃したことになるんですよ?」

「そ、それがどうした。奉人成乃神様は数多の世界を監視する身、そう言う事もあるだろう」

 しどろもどろ。脆い、実に脆い。所詮は子供と思って甘く見てたのが透けて見える、その驕りと浅い嘘が大きな穴なんだよ。

「どうした? 本当に貴方そう思ってます? あのですね、私達はもう知ってるんですよ。神々が今二つの派閥に分かれてる事を、即ち"神の神"排斥派と"神の神"尊重派にね」

「……」

「となるとですよ? 今回の犯神の見逃しはおお~きな問題になります。だって、数多の世界を監視する"奉人成乃神"様には罪を犯すものを捕える事が出来ない事になるのですから。これはもう、神々全員に関わって来る大問題ですよ。それなのに貴方、私には関係ない、と? 失礼ですが、貴方それに気づかない程馬鹿なんですか? 違うでしょう。な~んで、嘘を吐いてまで事件との関わりを消そうとするんですか?」

「な、なんだ、君は私を疑っているのかね?」

「いいえ~。だけど形式として、伺っておきます、貴方、今回の事件に関与してます? ああ、勿論、直接的な意味でです」

「していない」

 当然、嘘だ。御神に引合されている以上、それは絶対だが、それでも自らで確認する事は必要だし、何より自信につながる。それはつまり、己の一言に対する信憑性が高まる事に繋がる、なぜなら他ならぬ己がその言葉を信じているのだから。

「と答えますよねぇ~。しかし、先程嘘を吐いてる貴方に説得力はちょっ~とありませんね」

 嘘を吐いたと言う事実。御神に話した内容を繰り返したのは、これを得る為だ。狼少年しかり、嘘を吐いた奴は信用できない、最も現代では三回どころか一回付いただけで信用がガタ落ちするのだが。

「だったら、どうしろと?」

 字創はそう言わざるを得ない、そうでなければ何時までも被疑者、よほど精神が図太くない限り枕を高くして眠れないだろう。

「簡単です、私が尋ねる事にどうか、正直にお答えください」

「断る」

 きっぱりと字創が言い切る。何か名案でも思い付いたのだろう、先程まで泳いでた目が定まり、引き攣っていた顔が僅かに緩んでいる。良い面してる、良い――馬鹿面だ。

「断る? それじゃ貴方の疑いは晴れないんですが~?」 

「無論、それは理解している。私が断ると言ったのは、疑問に無償で答えるのは断ると言う意味だ」

「無償? 疑いが解ける、それは立派な見返りだと思うんですが?」

「そうだな、ならば、訂正しよう、見返りが少なすぎる。何千年振りか分らないよ、此処まで不愉快にされたのは……! だからその損害賠償分として、疑問に答えるのには私に対して何らかの貢献を頂きたい」

 怒りをちらつかせて圧を掛けてくる。見え透いた仮面、裏に隠された本質が丸裸だ。焦りをハリボテの怒りで誤魔化す――精神的に惰弱なその本質が。

「と言うと?」

「私の世界の一つに、ちょっと厄介な問題が生じていてね、それを解決して貰いたい」

「どんな……問題ですか?」

「それは受けて貰わねば答えられないね」

「……分かりました。受けます、その取引」

「よろしい、では客室に案内しよう」

 自分の領域(ステージ)に移行できて、神の威厳を見せられて得意気な顔だな"文字の神"。だが気付いているか? 

 お前が"仮定"と言う虚の領域から、"交渉"と呼ばれる実の領域に踏み入れた、否、踏み入れさせられた事を。

 虚から実とした実感を噛み締める代わり、俺は背を見せる字創の後を追う。

 噛み締めていたら、交渉は始まらない。 

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