第十六話:ある昼下がりの日、大人達の謀、子供達の習い事
今回は若干長めにつき注意
大きな窓からやわらかな陽光が室内を照らす。
置かれた古時計が淀みなく時を刻む音が響く。その音と同じか、少し小さいぐらいの声が交わされる。
「……確かに、それならこの国の歪みを治す事も出来るかもしれません。しかし……」
「この国を転覆させる事にも成り兼ねない」
言い淀むモーンドの言葉に続けるようにして呟く。
少々の沈黙、互いに相手を伺うような視線を向ける。
「分かってます、分かってますよ。その危険が十分、十二分にあり得ることは」
策を立てた日から今まで約二週間、自らの策の危険性については全部理解してある……はずだ。
「だったら、私の言いたいことも分かりますよね? そんな危険な賭けには手を出せない」
組んだ手に顎を乗せ、モーンドが言う。
「保守的だと思いますか?」
「思います。しかし、私だって貴方の立場なら同じ事を言う。なんの因果かこんなことやってますが、私だって本来保守的な人間なもので」
「この前はあんなことを言っておいて?」
嘆く素振りを見せる俺にモーンドが薄い笑みを浮かべる。ダラダラと話をする訳でなく、かと言って余裕なく互いに要求を叩きつけるだけでもない。程よく緊張した、いい空気だ。
「ええ、だから気付くのが少し遅れました。保守的な人間は概ね多数派だ、人から外れるのを嫌う。失礼ながら貴方は人から外れている、けれど根本的な部分で慎重だ。そのバランス感覚があるからこそ今まで他の政治家から疎ましく思われながらも、敵とは認識されず、その一歩手前でここまで歩んでこれた」
「……買いかぶり過ぎですよ、シーゲル君」
「まーとにかく聞いてください、っと口調が乱れてますね申し訳ない。モーンド卿とは話しやすいもので」
「ははは、褒めても賛同したりはしませんよ。どうぞ、口調に関しては気にしないままお話ください」
「それでは失礼して……そう、だからこそ私は貴方が根っこでは具体的な改革案が出たらある程度危険でも乗っかってくれるだろうと思った。それで――」
「失敗した、そして今も失敗している」
口には変わらず薄い笑み、けれど視線はこちらを射抜くように鋭い。
対応を間違えたら交渉を打ち切られかねない……さて、どう踏み込むべきか。
秒針が動くか動かないかそれほどの時間で思考が過ぎ、口が開く。
「ぐうの音も出ないほどにその通りです」
参った参ったとわざとしく両手を上げ、口元には余裕の笑みを浮かべる。
「ただ……最後に私が成功を収める。貴方はこちら側に、言葉の戦場に出てこらざるを得ない」
「……ほう、随分と自信があるようですね」
「もちろん、でないとわざわざ時間を割いてもらった貴方に申し訳が立たない。どうかご安心をダラダラと話を続ける気は毛頭ありません――たった一言、それで貴方もこちら側だ」
笑みを吊り上げ、モーンドと目を合わせる。
「ではどうぞ、一言お願いします」
一切怯まず、モーンドは優雅な手つきで先を促す。
「では……」
静かに息を吸い溜めを作る、ここ一番に心臓の鼓動が早まっていく。
そして、言った。
「反乱起こしますよ?」
空気が固まる。国が転覆するのは不味い、互いにそういう認識があるという前提で話をしていたのだ、ここに来てそれこそひっくり返すようなことを言えばこうなるのは至極当然だ。
だが、それは大きな誤りだ。俺はまだ一言も不味いとか防がなければなんて言っていない、危険性は理解しているとしか俺は行っていない。
「ど、どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味ですよ、貴方が協力してくれなければ必要以上に扇動してこの国をひっくり返します」
「ば、馬鹿な! そんなことしたらこの国がどうなるか貴方もわかっているはずだ!」
「当たり前じゃないですか。内乱なんてしてたらこんな国、半年とかからず無くなるでしょうね、貴族も平民も皆仲良く平等に死ぬでしょう」
なるべく狂的に、目を大きく見開き、それも悪くないなどと思ってる素振りで――語る、騙る。
「そんなことになったら貴方も無事じゃすみませんよ!」
「前はこの国を変えたいだなんだとほざきましたが、本音を言えばどうでもいいでんすよね、そんなの。私の目的は別にあるので」
嘘は言っていない。俺の目的は"識字率を上げる為の法案、ないしそれに準ずるものを実行する事"なのだから、何しようとこの国の識字率を上げれれば無問題、国民が減れば――分母を減らせれば自ずとその目的は達成される。
防人にも言ってなかった策であり、一番最初に考えついた策、最も労力が掛からない策、そして、即座に却下した策だ。
倫理的な問題をおいても、この策は博打すぎる。内戦が早くに収まれば意味がないし、期限が決められている以上長引かれても困る、文字を教える暇もないだろう。
そして何より、内戦に乗じた他の国にこの国が取られたらそこで試合終了だ。
つまり、徹頭徹尾はったりだ。嘘はいってない、本気でやるとも言っていないからな。
だが俺達の事情など、モーンドは知って居るはずがない、察することもできないだろう。
となれば、断れば反乱というこの状況、手は二つだけだ。即ち、通報か要求を飲むか。
恐らく、モーンドは少なくともこの場はこちらを刺激しないよう要求を飲む。
なにせ通報しようとも証拠は何も無い。無論、目をつけられはするだろうが、ただでさえ不満が溜まっている国民を焚き付けるのがどれほど容易いことかモーンドは理解しているはずだ。
「わかり……」
「こちら側に来て頂く前に言っておきます」
だからここで釘を刺す。
「貴方なら分かっていると思いますが、ここで要求を飲めばもう私と貴方は一蓮托生です。私が去ったあと、他の方にこのことを話した場合、貴方にもそれ相応の疑いが、いえ、貴方も私と同じ目にあうようにします」
方法は幾らでもある。血判書、偽の指示書、嘘の証言……元々目をつけられてるモーンドはまず間違いなく国家反逆罪で首を切られる。
「いくら絶妙なバランスを感覚を持っていようと、綱を揺らせば人は落ちるんですよ、モーンド卿」
「そんなことは分かってる!」
「それは失礼、ではこの紙に判をお願いします」
胸元から出した筒から紙を差し出すと、勢い良くモーンドが立ち上がり机まで荒々しい歩調で進んでいく。
机から取り出した精巧な印は間違いなく、家を代表する者の印。
「してやられたよ、君がそんな人間だったとはね」
乱暴に差し出される紙を筒に収め、ニヤニヤと嫌な笑みで俺が答える。
「貴方も私も人のなりを見ぬくのは苦手なようで。お互いに苦労しますねぇ」
「白々しい……!」
「まっ、これでお小言ぐらいで済みそうです」
「……どういうことだ?」
怪訝な顔でモーンドがこちらを睨む。
「いや何、私に妻がいることはご存知でしょう? 彼女はなんというか……私と様々意味で逆でしてね。今日のことを話せば、成否にかかわらずまず間違いなく怒られますので」
「……ふ、ふふ」
「どうしました?」
「貴方は不思議な人だ、先ほどまで狂人のようだったかと思えば、自分の妻を恐れている」
疲れたような顔に笑みを貼り付け、再びこちらを試すような視線が俺に突き刺さる。
「うだつがあがらないダメ亭主なものでしてね」
対して俺は肩をすくめて軽口で答える。
「はぁ、本当にしてやられました……貴方、反乱なんて起こす気なかったでしょう」
「何のことやら」
「貴方が言った『反乱を起こす』というのは自分が先導して起こすのではなく、このまま改革を起こそうとすれば反乱が起きるという見立てを言っただけなのではありませんか?」
「勘違いですよ、急にどうしたんです?」
「まぁ今まで貴方が話しっぱなしだったんですから少しは聞いてください」
「そう言われたら、私としても何も言えないですね」
「失礼ですが、貴方も出来うる限りはのことはしていると思いますが、それでもちらほらと領地の不満の声は私の耳にも届きます」
「これは手厳しい。しかし、私も所詮は木っ端貴族、色々と柵が有るもので」
「そうでしょうね。だが私は幸運にも出自に恵まれた、だからこそこうやってありがたいことに領地民の方々にもそこまで嫌われずにすんでる」
「なんてたって"庶民派"ですから」
「だからこそ私を仲間に引き込みたかった、或いは私が仲間にならなか反乱が起きると思ったのでは?」
「失礼ですが自意識過剰とおもいますよその発言、貴方だけで民が抑えられるはずがない」
「ではそういう人物が他にいるならば?」
「……続けてください」
「貴方の奥方、貴方とは正反対と言いましたね?」
「はい」
「だったらもうこれ以上はないというほど、領地民の方々から好かれるはずだ」
「……」
あんまりといえばあんまりな一言に思わず閉口する。
間違いない、気づかれてるなぁ俺の考え。
モーンドを是が非でも引き込みたかった理由。最初は有力者からの支持、資金提供などと言ったバックを作るためだけの考えだった、だが今回は概ねモーンドが言った通りの部分が大きい、俺が焚きつけ役に徹し、防人とモーンドの二枚看板で国民の暴走を抑えるというところが。
「事実でしょう?」
「ノーコメントでお願いします」
「ふふ、まぁ良しとしておきましょう。奥方は今どこに?」
「彼女ならいま授業の真っ最中ですよ」
◆◇◆◇◆◇
三つの小窓から降り注ぐやわらかな陽光が教室内を照らす。。
手に持ったチョークが黒板を叩く小気味良い音がたどたどしく響く。その音と同じか、少し大きいぐらいの声で私は尋ねる。
「じゃー……ミシェル。これはなんて書いてある?」
黒板に書かれた文は『彼は小賢しい人間です』、若干の私情が混じっていることは認める。
「かれはこざか、しいにんげん、です?」
ミシェルが席から立ち上がり恐る恐ると言った表情で答えを口にする、自分にも身に覚えがある様子にやわらかい笑顔が自然と浮かぶ。
「正解だ、ミシェル」
不安な表情から一転、ミシェルがホッとした表情で薄い笑みをたたえつつ着席する。やはりその様子は微笑ましいが注意するべき所は注意しておく。
「だけどミシェル、答えるときはなるべく自信をもって答えるように。教える人が自信を持っていないと、相手に不安を持たせることになるからな」
「わ、分かりました先生」
厳しいことを言ってると自分でも思う。教室内にいる生徒は皆十五になるかならないかと言ったぐらいの子供だ、常ならばまだ自分が文字を読めるだけで十分な年だ。だがしかし、こちらの事情として早急に文字を読める様になり、大人に現状を伝えてもらう必要がある。
「まぁまだ教え始めて間がないから自信が持てないのもわかる。ただ、自信を持とうとする姿勢を持っておいてくれ」
それこそ自信を失ってしまわないよう、フォローも一応入れておく。
白に埋まりつつある黒板を消しつつ、比較的汚れていない左手を懐へと入れ、中にある懐中時計を覗き見る。
十一時五十五分、五分早いが一旦休憩を入れてもいいだろう。いや、休憩にはならないか。
苦笑を浮かべ、最後の一つ大きく黒板消しを動かす。
「よし、では昼休みに入る。今日の昼食はどうする、各自家で食べるか? それとも……」
「先生のご飯が食べたい! なぁみんな?」
私の言葉を遮り、天真爛漫な笑顔でローランが訴え後ろを振り返る。すると、うんうんと首を傾けクラスの殆どが同意する。
愛嬌のある笑顔を持つこの子が居なかったら、もう少し子供達とコミュニケーションをとるのには時間がかかったと思う。
「はは、いつも通りか。だけどその代わり……」
「分かってるって! 予習しておけって言うんでしょ?」
が、この小生意気な所はいただけない。内心で嘆息しつつ、目つきを尖らせ声色を落とす。
「ああ、その通り。でもローラン、貴方が聡明なのは分かるけど、いつも、毎回、常日頃から言ってるようにもう少し人の話を聞くように」
「は、はい先生。次からは気をつけます」
「次、じゃなくてたった今から気をつけるように」
「はい! わかりました先生!」
「全く、毎度返事だけは良いんだからな。じゃあ、昼食を作るから予習しておくように」
踵を返し手を払いつつ厨房へと向かう、今日の献立は小麦粉(の様なもの)で作った自家製麺によるうどん、ねぎ(もどき)はあったかななどと考えつつ。
「ほら、言っただろ?」
ローランの丼には唐辛子(らしき何か)をふんだんに使った特別製にしてあげようと心に決めた。
「水! 水! アベル水をくれ!」
「みんな、ローランの事は無視するように」
などと実に平和的であった昼食を終え、十二時五十分から始まる授業までの歓談が始まる。
「先生が作る料理ってこの辺りじゃみかけませんよね」
生徒の一人くせっ毛が特徴のフィリップが尋ねてくる。
「確かに見たことも食べたこともないような美味しい料理が出てくるよな!」
「ローラン、おべっか使ってもしばらくは水は出さないからな」
「だけど、本当に美味しいですよね。どこでこんな料理を?」
綺麗にローランを無視するフィリップ、実に良い対応だ。
「あー……本、だな。うん、運良く他国の料理本が手に入ってな。このことは内緒だぞ?」
おどけた表情で人差し指を唇に当てる、最近子供の頃のように表情が動きやすくなったような気がする。
「はい、分かりました」
答えるフィリップの表情は前よりも和らいで見える。
「…………」
それとは対照的にどこか沈んだ顔でチラチラとミシェルがこちらを見る。
「どうしたミシェル?」
「い、いえ、あの」
わたわたと狼狽えるミシェル、愛らしくはあるのだがこれでは良くない。萎縮しないように意識して、軽く叱責する。
「何か聞きたいことがあるならはっきりと言いなさい。無いなら無いと言いなさい、はっきりしない態度は相手に悪印象を与えるからね」
「はい……」
思ったよりもきつい口調になってしまいミシェルが目に見えて落ち込む、バツが悪いが言わないわけにもいかない。
「ほらほらミシェル、それがよくねぇんだって。ほれ、見ろお前に比べてこの俺のいくら怒られようともへこたれないこの頑強にして屈強、不屈にして不動の精神! ほら、ミシェル聞きてぇことあるんだろ? 怒られたら俺も一緒に怒られてやるから、まずは口に出してみろよ」
滑らかに言葉を紡ぐさまはどこかこの場にないあの男に似ている。本人に言ったらどちらとも怒るだろうが。
「ローラン、お前は少しは落ち込め。……ほら、水だ」
「やった、適当なこと言った甲斐があるー!」
やっぱ没収と言いたいところだったが、ミシェルの方が小さく震えてるのを見てやめる。
「ミシェル、何笑ってやがる。俺にとっては死活問題なんだからな?」
「五月蝿いぞローラン、水をやったんだから黙ってるように。でミシェル? 私に何を聞きたいんだ」
ビクリと肩が上がるが意を決したようにミシェルがこちらに顔を向ける。
「せ、先生はなんで先生なんですか? なんで、文字を教えてくれるんですか?」
少々早口ながらもはっきりとした口調、教え子の僅かなでも確かな成長に内心で笑みを浮かべる。
「教えたいから、じゃダメか?」
「で、でも貴族の人達はその」
うまく言葉にできないのか、もごもごと口を動かすもののこちらまで声が聞こえてこない。
何故文字を教えるのか、教えたいからだけが理由では無い。
だからといってこれ以上のことを言うのは不味い、人の口には戸は立てられない、ましてやそれが子供なら尚更だ。少なくとも今はまだ、話す訳にはいかない。
「ミシェル気持ちはわかるが……本当に教えたいだけだなんだ。なにせ私はどうも子供ができない体質みたいでな、この年でも子供が居ない。だから、な」
「せ、先生すい、ません」
「良いんだ、むしろよく尋ねてくれた。他にも聞きたい子も居ただろうから一々説明する手間が省けたというものだ」
明るく言ってみるが、ミシェルが再び落ち込んでしまっている。心が痛い、この歳も何も私は二十歳だし、子供なんてそもそも行為に……うん。
「先生、熱でもあるんですか? 顔が赤くなってますよ」
「大丈夫。ちょっと、熱いものを食べて体が温まっただけだよ」
何を考えてるんだ私はと胸の内で呟きつつ懐中時計を見る。
十二時四十五分、そろそろ授業再開だな。
「しかし、遅いなぁ」
思わずボソリと呟いたセリフを耳ざとくローランが捕らえる。
「遅いってもしかして、シーゲルか?」
「ハセガワ様だろ、ローラン」
フィリップが咎める。
「わーってるよ。それで先生、ハセガワ様がこっちに来るのか」
「まぁ我が家の構成上、執務室に行くにはここを通らざるをえないな。しかしローラン、私の夫に向かってその態度は褒められてものではないな。あまりこんなことを言いたくはないが、一応私たちは貴族なんだ、私の前はともかく夫の前では自重するように」
「……俺、今日もう帰っていいですかね」
「駄目だ。途中で帰ることは許さん。『途中で投げ出さない』文字を教える唯一の条件だったはずだ」
「そ、そうだよローランくん。確かにハセガワ様は少し恐い所があるけど悪い人じゃぁ」
「毎度毎度、厭味ったらしく先生を罵っておいてか? 先生の前で言いたくないけど、なんであんな奴と先生が結婚してるのかわからないね」
さすがにこれは不味いと口を開きかけた瞬間、狙ったかのように扉が開き尊大な声が室内に響く。
「分らなくて結構、子供に理解できるほど夫婦間の仲は簡単じゃない」
「シー……ハセガワ様、申し訳、ありません」
「謝らなくて結構、呼び方もシーゲルで構わんよ? ローランくん、私は子供のいうことで一々目くじらを立てたりしないからね。事実をありのまま喋れるのはいいことだ、子供の特権とも言い変えれるだろう。そう私は厭味ったらしく、お前たちでいう先生、私からみた妻を罵るひどい人間さ。ミシェルさんはもう少し人を見る目を改めたほうがいい、政治家というのは遍くして"悪い人"なのだから」
上機嫌だな、こいつ。大方交渉が成功したんだろ、わかりやすい。嬉々として子供虐めてるさまはまー見下げ果てたものだ。
「相も変わらず回りくどいセリフだな、シーゲル」
それぐらいにしておけよ、というセリフを裏に仕込みつつ声をかける
「相も変わらず教師ごっこかね? 我が役立たずの妻よ、そんな暇があったら養子の一人や二人を掘り出し来て欲しい物だ」
「なかなか私の眼鏡に叶う人間が貴族の子供には居ないのだよ」
「眼鏡の度があってないんじゃないかね?」
「…………」
何も言わず茂の目を見る、さすがに冷静になったのか目をゆっくりと逸らし『では、執務室で仕事してくる』などと言ってすごすごと逃げていく。
「よし、邪魔者も消えた所で授業再開だ。今回から朗読も取り入れつつ学んでいくぞ」
◆◇◆◇◆◇
「――とまぁ、そんな訳でこっちはうまく行った」
夕食後の熱いコーヒーを含みつつ互いに報告をする、こちらに来てからの日課だ。
「なるほどの」
「お前の方はどうなんだ? 子供達は、つったて二歳ぐらいしか違わねぇか。ともかく、上手く行ってるのか?」
「あの子たちはよくやってくれておるよ、実にな。元々自らすすんで志願するような子らじゃ学習意欲は高い」
「そりゃありがたい。時間的な余裕は皆無だからな、ギャーギャー五月蝿いのもいるようだしな」
ついつい今日もからかってしまった、あいつはともかくミシェルとかいう女の子には悪いことはしたものだ。
「ローランのことか?」
「おう、あの生意気な野郎は良い。政治の現状を知れば進んで改革をするタイプだろうし、何より俺に対するあの敵意がな」
「そのことじゃが、なんでお主はわざと悪印象を与えるような事ばかり言っておるのじゃ?」
まっ当然聞いてくるよな、理由を教えてもいいが、そうするとこいつ露骨に態度に出そうだからなぁ、誤魔化しておくか。
「保険、だな」
「保険?」
「お前とモーンド、二つのストッパーが効かなかった時の、な。まぁ現時点ではどうでもいいことだ。それよりも防人、なんでお前は教室とここで口調が違うんだ?」
「公私は分けるタイプでの」
「そうだったのか。……一応、私的な面を見せてくれるぐらいには認めてくれてんだな」
つい、そんな言葉がこぼれ落ちる。
「何を恥ずかしいセリフを言っておるのじゃお前は、私を赤面させようとしても無駄じゃぞ」
「かかか、見透かされてたか」
幸いからかおうとしたと勘違いしてくれたらしい、内心で動揺しつつカラカラと笑う。
平静を装える能力に感謝だなと思ったその時、甲高いチャイムが屋敷内に響いた。
「……誰だこんな時間に?」
「さぁの、まぁ儂が見てくるの」
コーヒーをソーサーに置き、防人が席を立つ。
記憶の中にある夜中に来るほど親しい人物を頭のなかでリストアップしていると、
「ど、どうしたんじゃお主その傷は!」
そんな只事ではない防人の声がこちらの耳まで届く。
慌てて掛けてあったコートに袖を通して玄関へと向かった。
「茂……」
青ざめた顔でこちらを見る防人の向こう、顔を大きく腫らした貴族の女性が幽鬼のように立っていた。
一ヶ月以上経ってのお届け、月一ペースで落ち着かせ無いよう頑張ります(汗)