第十五話:嵐の前の静けさ
新年明けまして申し訳ありませんでした。
今年もよろしくお願いしますm(__)m
「やっちまった……」
もう何度目かわからない呟きと共に体をひっくり返す、天井を仰ぐ。
結局、モーンドの説得は失敗した、失敗してしまった。
これからの動きをべらべらとしゃべった挙句、だ。
「あー帰りたい、帰ってしまいたい」
何処に? 帰る場所を無くしたからここにいるくせに、取り戻そうとして失敗してるくせに。
「はぁ……」
ソファーに体を沈み込ませ、頭を駆け巡るのは三つの"どう"
即ち、"どう"してこうなった、"どう"しよう、"どう"にかしないと、この三つ。
巡って巡って三十分、頭には何も浮かんでこない、思考が纏まらない。
もうすぐ防人が帰ってくる、今までが今までだから何を言われるか……想像するだけで恐ろしい。
ガチャリ、ドアノブが回る音に背筋が凍る。
思わずソファーから跳ね起き腰を浮かせるが、逃げたところでどうにもならないと思い直し再びソファーに腰を着く。
「今帰ったぞー」
普段通りの声色、いやむしろ声は明るい。
それがどうした、良い事だろ馬鹿が。
その事に心底で落胆していた自分を心中で罵る。罵った、のだが――
「悪い、婦人会でやってしもうた」
開幕一番、からっとした笑みで防人がそんな事を言い放った。
「いやはや、さすがにあのような行い元神として見過ごす訳には行かなくてのー」
「あのような行い? いやまぁそれは後で聞くとして、やってしまったって?」
「それはじゃの……」
「結局何か? お前はムカついたから<アンナ・ブリジット・エモニエ>に酒をぶっかけたとそう言う事か?」
「ざっくばらんに言うとの」
「――――」
開いた口がふさがらない、言葉も無い。あの有力者の? 一度目を付けられたら徹底して爪弾きにされると有名なあのアンナに?
おいおい、おいおいおいおいおいぃ!
「馬鹿かお前は!?」
この際自分の事は棚上げだ、とんでもない厄ネタを持ってきやがったぞこの女!
「まぁまぁやってしまったもの仕様があるまいて」
「なーんでお前がフォローする側に回ってんだ! あのな? 分かって無いようだから言っておくが……」
「分かって居る、あの娘っこが有力者の奥方という事はな」
「そうだよ! だったらなんでお前は焦って無いの? 能天気に笑顔なの? あとさっきからお前雰囲気変わってないか?」
「おろ、やはり分かるかのぉ?」
「止めろ、その髪型やら化粧水やら変えた女性みたいなリアクション! 頼むから反省の気配を微塵でもいいから漂わせてくれ!」 」
「いやはや、やっとお主の笑みが――反抗の快感とでも言おうかのう――が理解できたわい。これは病み付きになるのう」
「確かに病み付きになるよなぁ……じゃなくて! 何お前本当どうしたの?」
「なに、がちがちに取り繕ってた儂が馬鹿馬鹿しくなっての、お主の前では神らしく、他の神々の前では新神らしく畏まって身を低くして……いやはや、久方振りに気分爽快じゃわい」
「……まぁ楽しそうで何よりだ」
怒りつかれて、と言うよりその笑顔に飄々(ひょうひょう)とした態度に怒鳴っていたのがそれこそ馬鹿馬鹿しく感じてしまう。
何時しか内心にあった自責も溶けて消え……ちゃあ駄目だよね、うん。
「お前のその豹変ぶりはともかくとして、どうすんだよ本当に」
「時にお主、ここの政治形態は間接民主制――代表議会制じゃったよな?」
「話を聞けよ、頼むから……ああ、そうだぞ」
「という事は、形骸化してるとはいえ、形式的にとはいえ議員たちは"民衆によって選ばれている"という事じゃな?」
ぞくり、と来た。先程とは違う高揚感を伴う背筋の冷え、鳥肌すらする。
同時に自分の視野の狭さに呆れて苦笑、決戦期やらなんやら独自の政治形態に目捕われていた事に今更気づく。
「であれば、民衆の賛同を得ることが出来れば……」
「強制的に議員を動かす事が可能、か。民衆の意見丸々無視と言う訳には行かないからな」
「そう、だと言うのに民衆は動かないのは貴族の力が恐ろしいという事もあろうが、何より"知識"が足りない事じゃ」
「言葉なくして知識は得られる筈は無し、か。何が自分たちの為になるか、ならないか分からなければ口出ししようがないからな」
「そこに私達が正しい知識を教え込む、何人か厳選して文字を教え知識を学ばせ、それをさらに他の民衆に伝えて貰う」
「……間違いなく、他の貴族からは疎まれるぞ、暗殺すらされかねない……俺がな」
「儂はそこらの人間如きは今の状態でも倒せるからのぉ、まぁ儂が守ってやるわい」
「男としてそれはどうなのか……それはともかく、守ってもらうにしても四六時中一緒って訳にもいかないだろう? 分断される可能性もある」
「うぐ……やはり、駄目かのぉ」
「狙ってやってるのかお前は?」
「何の事じゃ?」
まじか、天然ものの上目使い頂きましたよおい。しかもその後、肩を落とす漫画の様なあの"がっくり"。
もうね
「いや、良い策だそれで行くぞ」
こう言うしか無いじゃない、リスクから目を逸らしてもしょうがないじゃない。
「エモニエと決裂した以上、策とてしてはベストに近い。俺に関してはなるべく人が居ない所に行かないようにしたりして警戒しておけばいいだろう」
もちろん、そう単純な警戒でどうにかなるとは思えない。
しかし、上目使い云々を除いてもこの策が効果的なのは事実、そして俺達には時間が無いのもまた事実だ、ぱぁと防人の顔が輝いたのも。
「そ、そうかの……ふふ」
まぁこの笑顔を見れたら死んでも良……くはないが少しは報われる。やれやれ、なんか手を考えておかないとな。
「して、お主はどうじゃったのだ? モーンド卿はどんな人物じゃった?」
あー……その前になんて言おうか考えないとな、うん。
「悪い、決裂した」
「うむ……どうしたんだ?」
「あのだな……」
「つまり何か? お主は現政治を転覆させる様な事を言ったうえで追い返されたとそう言う事かの?」
「まぁ、かいつまんで言うとな」
「――――」
開いた口が塞がる前に、言葉が放たれる前に。耳を塞ぎ、言葉を待つ。
「馬鹿かお前は!?」
「まっまぁやってしまったのは仕方ないという事で……」
「なんでお主がフォロー側に回っておるのじゃ!」
「真その通りでございます」
五体投地、地に伏せる俺。ここで開き直れないのが弱さなのか。
「追い返された程度で済んだのが奇跡じゃ、これ以上は無いと言う程のな」
「そうなんだよな」
「な、なんじゃ急に真顔になりよってからに」
たじろぐ防人を尻目に屋敷から出る時をさっと思い返す。
落ち着いた顔で退出を促すモーンド、彼は俺が出る際に『この事を誰かに話したりはしない』と言った。
嘘の気配は無かった。お陰様で失ったものはほんの少しの自信だけ、得た物は屈辱と再挑戦の切符。
モーンドは来ること拒む様子は無かった、どちらかと言うと『頭を冷やしてもう一度来なさい』そんな感じ。
気に喰わないが正論だ。その場限りのほらも悪くは無いが、それは先を見据えた策があってこその話し。
「防人、悪いが少しシンキングタイムだ」
返事も聞かず俺は思考の海に潜る。
婦人会での出来事、防人の策、己の考えてた策。
知が欲しい民衆、金が欲しい貴族、行き詰った政治。
不正の根絶、三期制の廃止、文字の普及。
無作為に情報が浮かんでくる。どれもがばらばらの気泡、今にも消えてしまいそうな空気。
海の中にあって俺は空気を求めて必死に気泡を繋ぐ。
泡はどんどん大きくなっていく。大きく、ただおおきく。それはやがて海と空の境界に近付き――
――弾けた。
「……これなら合格点貰えるかねぇ」
「何か思いついたのか?」
「思い付いたと言うか思い尽きたって感じだ」
「何を言っておるのだお主は」
「いやなに、考えるのは得意じゃないって話し。ともあれ、俺もお前も忙しくなるぞ特にお前はな」
眉を潜める防人に口元を少し歪ませる。
「今この時から文字の普及実現まで、一連の流れは"将棋倒し"。並べるのはお前、倒すのは俺だ」
「それ、私だけじゃないか苦労するのは」
「何を言う、倒す際の一押しで成否は決まる。責任重いのは俺だぜ」
――こうして後にこの世界において<改革の嵐>と呼ばれた政戦が幕を開く。