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渡り世の詭弁者  作者: 生意気ナポレオン
第一章:一先ず教字編
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第十三話:改革の法螺

THE 勢いで書きました。

 白を基調とした落ち着いたの洋式豪邸、俺二人分ぐらいの高さの門、やたらの重みのある金メッキの呼び鈴(断じて、純金だとは信じない)、鳴らすと出て来た老執事、通された待合室には軟らかいソファーに高そうな絨毯。どれもこれも俺の常識外、精神状態は既に降参一歩手前だ。

「お待たせいたしました、どうぞ」

「ふむ、ありがとう」

 落ち着いた物腰の老執事の後を追い、待合室を出る。窓から入る陽光に照らされた廊下は、時より庭から聞える鳥の鳴き声がするぐらいで、荘厳な雰囲気に満ちていた。一切の会話は無いものの、不思議とそこに気まずさは感じず、むしろ心地よい。ここの主人――"市民派"として有名な師匠筋に当たる(らしい)人物――"ディユー・ド・クラルテ・モーンド"氏とも、親しく話し合える様な気がした。

 だが、気を抜いてはいけない。このような緩みを狙う心づもりかも分らないのだ、不信すぎるも考え物だが純朴すぎるのはもってのほかだ、ただでさえ未熟な俺は、疑い過ぎるぐらいの方が丁度いいだろう。

「御主人は中でお待ちしております、どうぞ」

 静かに開けられた扉、その中で一人書類の山が積もった机で何事かの作業を行っていた。俺と防人が音を上げた量の数倍程の山を見て、口の中でうげっと声を出す。

「御主人様、お客様がお見えです」

「おっと、そうだった。いやはや、忙し過ぎてついさっき聞いたばかりの事も忘れてしまう、これも年の所為かなかなぁ、シーゲル君」

「いえ、その様な事は……」

「ああ、いやいや困らせる気は無かったんだ、すまない。フレデリック、この間貰ったコーヒーを二つ頼む、両方とも砂糖は要らない」

「承知いたしました」

 恭しく(うやうやしく)一礼をして、フレデリックと呼ばれた老執事が部屋を出る。無論、閉める時も不要な音は鳴らさずに。

「とりあえず、そこのソファーにでも腰かけてくれたまえ。この書類に目を通したら、すぐにそちらに行く」

「では、お言葉に甘えて」

 応接用なのだろう、書類が積まれた机からやや離れたところに二つ、美麗な装飾の施されたテーブルを挟んで、ソファーが置かれていた。邪魔をせぬよう音を立てないようにゆっくり歩いて着席る。身をゆっくりと沈めさせてくれるソファーは気を抜いたら、うっかり寝てしまいそうだ。

 かちこちと秒針の動く音だけが部屋に響き、長い針が一歩その歩みを進める。自分が程よく緊張しているのが分かる、脈打つ心臓からは力強さを感じる。

 接着剤を剥がす様に唇をなめる、静かな呼吸で酸素を蓄える、意識を沈め思考を回す。

 そして、長針が二歩目を歩む直前、モーンドがおもむろに立ち上がり。俺と対面となる、ソファーに腰かけた。

「お待たせして申し訳ない。何分、早急に片づけておきたい用件だったのでね」

「いえ、私の方こそ連絡もせず勝手に押しかけて申し訳ない」

 そう、俺は一切連絡を取らずにここに来た。俺がどこそこの家に行ったと言う情報が流れるのをなるべく遅くするためだ。

「まぁ、ならこの件はお互いさまという事にしよう。しかし、どちらにしても礼儀を重んじる君にしては珍しい事だな」

 埋め込まれた記憶との差、今後もこういう事は頻繁に起こるだろう。だが、俺はよほどの事が無い限り、自分を記憶に合わせようとはしない。人間いつかはぼろが出る、下手に誤魔化したり取り繕うのは下策だ。

 それよりも今は、第一声に何を言うかだ。世間話? 牽制期に関して? それとも本命の識字率引上げ? それとも……。渦巻く思考、最初から決めておけと人は言うだろう、だが俺は最後の最後まで悩んでいた。

 この世界を知って行くうちに俺は思っていた、本当に己の目的さえ達成できればいいのかと。識字率を上げる法案など、通したところで貴族と平民の格差は早々埋まることは無い事を、そしてその格差がどんな悲劇を生むのか分かって居つつ、俺には関係ないと言い切っていいのか。

 ――良い筈が無い。自然と結論はそこに落ち着いてしまう。全世界とは口が裂けても言わないが、いずれ神になる者として、世界を壊してしまった者として、通りがかった世界位は悲劇の一つや二つ、ぶち消してやる! と。だがそれは、どう考えても無理な話だ。たった十か月で革命を起こす? あほか! っていう話だ。でも駄目だ、昔から俺はそう、一度こうと思ってしまったら違うものに手を出しても集中できずに失敗する。だったら、やるだけやって失敗する方がまだましだ、失敗しなけりゃ大成功の上に、教科書に名前が載る、教科書にだ! 

 だから俺は第一声、この世界に来てから今まで、たった三日ほどしか考えていない、鼻で笑われてしまう位にちゃちな改革を実現する為の、一声を口から発した、半ば自棄で。

「いやはや何分、内密に、いや、本当なら公言出来るべき、と言った方が良いでしょうか。ともかく、そのような事を話しに参ったので」

 何の前置きもせず、不敬な態度で叩き付ける、叩き付けてしまった。内心に後悔やら自責やらが渦巻き、安全策を捨てた故の莫大な不安が俺を襲う。覚悟なんてしてない為、胃が痛くて痛くてしょうがない。

「ほう……どういう事ですか?」

 一転、モーンドの素振りは落ち着き、余裕を見せているがその目は違う、僅かに細まりこちらの腹を探る目つきをしている。いやはや、恐ろしい、でもここで怯むつもりは流石に格好悪い。そんな見栄と見当違いな羞恥心が俺の口を突き動かす。

「この国は、間違ってる。徹底的に、根本的に、いや、根元どころか種から、腐ってる。そうは思いませんか?」

「これはこれは、何時の間にそんな過激思想に、私が憲兵隊にでも突き出せば牢屋行きも充分ありえますよ?」

 柔らかにモーンドが冗談として受け流して窘める。大人な対応だ、実に人間が出来ている、今なら冗談で下で済まして貰えるかもな、絶対しないけど。

「それが間違ってる、と言ってるんです。何で思った事を口に出して行けないんですか? 政治とは本来、こうあるべきだ。王政と言う独裁を捨て、民主主義と言った形態をとったならば。自由にものを言えなければ、民主主義などただのハリボテ。大体、民主主義とすら言えない、政治に加わるのは全て貴族、市民には投票権しか与えられない。絶対的な格差、集まった権力、言語統制、面白いくらい独裁似だ」

「あまりに極論すぎやしませんか? 確かに現行、政治を動かしてるのは貴族だけです、ですがこう言ったらなんですが民の教養が貴族より遅れているのは事実、そのような者達に政治の舵を取るのは困難なのでは? 集権にしても言語統制にしても、それを防ぐための"政戦"では? 互いの論をぶつけ合い、権力を分割する……ね」

 それは分かって要るのだろう、モーンドは至極冷静にやわらかに否定して諭して来る。

 なにが"政戦"だ、ちゃんちゃらおかしい。実際には自党に利益を、もっというならば自分に利益を生む法案を通そうとするだけの醜い口論。そこに正当性など、あるはずねぇだろ!

「民の教養が遅れている? 失礼ながら、自分で言ってて恥ずかしくありませんかモーンド卿。"国民の無教養"それは、曲がりなりにも民の上に立っている私達の無能だと突き付けられてるのと同じなんですよ? 私達は人の上に立っておきながら、教える素養も無く目の前にぶら下がる餌に群がる豚だ、とね。いや、食物として役に立てる分、豚の方が何倍も上等だ。肥え太る貴族なんて毒にしかなりませんから」

 どう考えても館から叩き出されても文句は言えないレベル、こんなやり方では今後渡って行けようはずがない。だが今回に限って、あれほどの書類を抱えるほど熱心に国に尽くしている目の前の人物にだけなら、通じる……筈。

「言葉に気を付けろ、シーゲル君。今君はこの国全土の貴族を敵に回している」

 震える声が怖い。怒られてもしょうがない事を言ってるのは自覚しているが。

「言葉じゃ無く、背後に、でしょ。私は今何も間違った事を言っちゃいない、正論だからこそ背中から刺される、ここは今そんな腐った国になってる。まるで成長できていない餓鬼、何時までも教師の御小言に文句を言ってる餓鬼だ」

 挑発に挑発に重ねる自分、なんだ俺は相手を馬鹿にしなけりゃ気が済まないのか? 随分、人に嫌われそうな性格だ。

「正論だの教師だの、思い上がりも甚だしいな、君は。たかが一政治家が、国に教える教師だと? ……馬鹿も休み休み言いたまえよ」

「思い上がりは鼻から承知、"国を変えてみせる"これ位の大言も言えないなら政治家なんてするべきでないと思いはしませんか?」

 感情を抑えろ、顔に浮かぶ"笑み"を消せ。高揚する気を落ち着かせろ、増長に増長を重ねる快感に身をゆだねるな。そう自制してやっと気付く。自分がこの国に対する憤りよりも、国に、何か大きなものに対し反抗する言う事に酔っている事を。正義感なんて糞喰らえだ、俺はまだまだ反抗期、悪ぶるのが好きなお年頃だ。もはや此処まで来たら開き直ってやる、精々言いたい事言わせて貰うから覚悟しろ!

「……出て来たまえ」

 おもむろに立ち上がり、モーンドが出口を指差す。対して俺は、

「良いですよ、ただし、私が話を言い終えたら、ですが」

 と素知らぬ顔で言い返す。気分を害し、眉を寄せても尚、モーンド卿は冷静さを失わず、続けてやや語気を強める。

「良い加減にしたまえよ、先程から君はそれこそ童子の様に喚いてるだけだ、少し家に帰って落ち着きたまえ」

「まぁ待ってくださいよ、確かに今までは私もべらべらとほざくだけでした。しかしそれは、私がこれほどまでにこの国の現状を憂いていると伝える為です。モーンド卿、貴方も分かって居る筈だ、今この国は停滞して淀み、衰退の道を緩やかに、着実に歩んでいると。間違いなく、現状が続けば数量の多い市民が革命を起こし、我らは失墜し首が飛ぶ。それだけじゃない、革命が起きれば当然少なくない量血が流れる、そんなの誰でも御免でしょう?」

 それはかつて、中世と呼ばれる時代に起きた俺の世界の歴史。神様目線で言わせて貰うなら、通知表で『もっと他の人を労わりましょう、平等さを求めましょう』とでも付けてやる時代、余裕で欠点再試行きだ。

 適当な事を吠える内心とは逆に声を落とし、年相応の控えめな言動を意識する。俺の急な行動の変化に訝しみつつも、深く息を吐きながらゆっくりとソファーにモーンドが体を沈めて、こちらの目を見てくる。

「確かに、君が言う事の全てが間違いとは言えないだろう。だが、幾ら"市民派"などと言われていた所で私とて先祖代々財と歴史を積み上げてきた貴族、君の言う"間違いを正す"なんて行為に身を染める勇気は無いし、染めようとも思わない。寧ろ、君を止めたい、無謀な事は、無駄な事は止めろ、とね。所詮、君一人が声を挙げたところで何も変わらないのだから」

 諦観とか自分への失望とかそんな昏いものモーンドの瞳には映る。実に鬱陶しい、ぐちぐち言うなら行動しろと言わせて頂く! 心の中でな!

「確かに、モーンド卿、貴方が言ってる事は正しい。私一人、吠えてたところで何も変わりはしない。だけどそれなら話は簡単だ、人を増やせばいい、それだけだ」

「どうやって? そうそう君に賛同してくれる人物がいるとは思えないのだが」

「そうでしょうね、今はまだ」

 俺の何か含むような言い方に、モーンドの眉が訝しげに傾く。実際には何も含んでおらず、ぽやっとした考えにアドリブアドリブで誤魔化すつもりだけどな。

「今は、と言うと今後君に賛同する者が現れると?」

「ええ、正確には賛同せざるを得ない状況にする、と言った所ですが」

 さっきも言った通り実際には具体的なプランなどあろう筈が無い、幾つかほわほわと曖昧にアイデアが浮かぶのみだ、いやだって、来た当初はこんな流れにする筈じゃなかったし。まぁそれでも、ハッタリかました以上、確信した表情を繕ってみる、上手く行ってるかどうかは知らん。

「一体……」

 あくまではぐらかす俺にさすがに痺れを切らしたのか、やや大きな声をモーンドがあげようとする。それを手で制し、こちらもまたモーンドの目を見て、言った。

「あくどい事をやっている人間にはそれ相応の弱みがあり、人間は誰しも一度乗った高い場所からは降りたくない、という事ですよ」

 モーンドの顔が僅かに歪み、思索にふけって行く。まだ俺に協力してくれはしないだろう、だが興味さえ引けているならば十分。話しを聞いて貰えない事には、ほらも吹きようがないからな。

「……最初は"懇談期"、"牽制期"、"決戦期"なんてものを失くし、毎月国会を開けるようにするつもりです」

 モーンドが顔を上げ、目を見開く。我ながら無謀な事を言ってると思う、あーインパクトが大事かなと思ってほら吹きすぎたなぁ……。 と言って、後悔しててもしょうがないので、精々愚痴を吐き捨てる様に言う。

「腐った談合が行われる"懇談期"は論外として、そもそも国会が毎月開けないなんておかしいとは思いませんか? 世界は絶えず流動してるんです、その時その時に合わせた政策を打たなければならない。だと言うのに、国会が開けないから無理などとは……馬鹿馬鹿しいにも程があるでしょう」

「随分と気の長い話だな、そんな法案、通すことが出来るのは"決戦期"ぐらいのもの。いくら非効率であろうとも元の法案を変えるまではそれぞれの期のルールに従わなければならない」

「なら、一度の決戦期で期に関するものを一切合財変えてしまえば良い」

「なっ……!」 

「大規模な法案に関する討議は決戦期にしか行い、これは絶対です。なら、一月に二つでも三つでも法案を通してしまえばいい、別に決戦期に一つしか法案を討議しなければならない決まりなんてないんですから」

 防人が言ってた事を思い出す、防人は"一月ほぼ丸ごとが使われる"とは言ったが"一月使わなければならない"とは言って無かった、つまりそれは早急に討議を済ませれば、幾つでも法案を通すことが出来るという事。

「そんな事他の政治家が許すはずが……!」

「だからそうせざるを得ない状況に持っていく、そうでしょう? 旨みと弱み、飴と鞭、そして最後に美味いエサで釣ればいい……! さぁ貴方はどうするんです、モーンド卿!」

 俺の言葉を最後に再び秒針だけが音を鳴らす、一歩二歩と歩む針。長針が一歩踏み出す前、モーンドがゆっくりと口を開いた――

気付いた方も居られるかもしれませんが、なろうコン応募作品です。だからどうって話かもしれませんが(汗)、と、ともかくよろしくお願いします。

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