第十二話:知識の解法、或いは解の実効果
もし、十二話を待っていてくれた方などが居りましたら、お手数ですが八話から読んでいただく事をお勧めします。
タイトルと同じく、こっそり改訂などしておりまして、申し訳ない<(_ _)>
「うう……」
強い日差しが瞼越しに眼球に注がれる、眩しさもさることながら、その熱さに観念しゆっくりと瞼を開く。
目の奥まで貫く日光に慣れる為、何度も目を瞬かせ、ようやく周囲に目を配ると、
「やっと起きたか、この色情狂めが」
ベッドに立ち、こちらを見下ろす虚言癖持ちの女がいた。言われっぱなしでも悔しいから、眠いなりに減らず口を叩いておくことにする
「なんだ……サボり魔か」
「さ、サボり魔!?」
「あー面倒臭い事になりそうだから俺の負けで良いわ、俺が悪かったですーごめんなさーい、ハイ終了」
ぐぬぬ……と悔しそうな顔を寝起き特有のローテンションで見つめ、やっぱ顔を整ってなーなどとこれまた寝起き特有の無感動な感想を心中で述べる。
しかし日差しが強い、体も汗ばんで不快だ。時間が気になるので、今だ悔しそうに顔を歪めている防人に尋ねてみる。
「十一時三十六分。寝過ぎじゃ馬鹿者」、
「おうおう、良く寝た良く寝た。まー、寝たのも遅かったしこんなもんだろう」
防人の憎まれ口も朝の俺はさらりと受け流し、がみがみと怒鳴るおばあさん(夫は七十一歳、息子はもうすぐ還暦)の顔を思い出して苦笑する。防人がつまらなそうな顔をしているのが分かるが、無視だ。
「それじゃ、一先ず昼食でも食べながら昨日纏めた紙を見つつ、今後の行動方針を決めますかね」
防人が食パン、目玉焼き、リンゴ(どれも似たような物、だが)とそれなりなのに対し、俺は食パン一切れのみ。防人の名誉の為に言っておくと、これは俺が望んだことだ、朝はご飯が喉を通らない体質なのだ俺は。まぁ、言っても作ってくれなかった気もしないでもないが。
「さて、ちゃらっと纏めていくぞ」
「頼む」
「この世界での政治は時期によって活動が代わる。種類は三つ、それぞれ"懇談期"、"牽制期"、"決戦期"と呼ばれる、この説明は後でお前にやってもらうとして」
「ずー……うむうむ」
水を行儀悪く啜りながら防人が先を促す。
「俺はこの世界特有の政治形態。"政戦"に付いて纏める」
ここで喉を潤す為に口を水に含む。
「この国は俺の世界で言う間接民主制を採用しているが、政党は二つしか無い。二大政党による、互いにけん制し合ういわば対立政治が基本っていう事だ。これだけなら、変わってるようにも思えないが、面白い事にこの政戦は他党の議員の造反、その為の工作を認めている。と言うより、これこそが政戦の醍醐味と言って過言では無い。なにせ、相手の党から議員を引き抜いた場合、その票数は二人分としてカウントされる。対立した者を説得したという言い分でな。と言っても、投票の際は無記名投票、当然、誰が相手党に寝返ってるか分からない。現在、どう考えても純粋な説得で政治が動いてるとは思え無い、裏で何らかの金銭もしくはそれに類似する物取引が行われているのは間違いない」
「つ、つまり?」
一息に言ったせいか防人に顔には困惑が浮かんでいた、ので自分なり噛み砕いて短く説明してみる。
「資金力や地位の有無で政治が動いてて、それが法律的に推奨されてるって事。補足として、現時点で優先的に政治を動かしてるのは協民党、俺達はその相手側の並民党だから、結構面倒臭い――こんな感じかな」
何分、一介の高校生に人前で何かを発表する場などほとんど与えられない、上手く説明できた自身は正直ないな。
多少の歯がゆさを感じるが、時間が惜しいので、
「ほい、それじゃあそれぞれの時期についての説明宜しく」
と説明をバトンパスすると、コーヒーを啜っていた防人が慌ててカップから口を放し、気管にでも入ってのか、けほけほとせき込む。
「う、うむ。――先程お主が言った通り、時期は三つに分かれる。まず"懇談期"から話しをすると、お主の話しと合わせて見ると分かり易いのじゃが、この時期はその名の通り、後々の政戦の為の談合を行う時期で、一切の政治的会議は行われず、提唱する法案の選定や政戦の会議などに留まる時期じゃ。月で表すと、一月、七月、八月、十二月じゃな、今は七月じゃから何ともいいタイミングでこの世界に訪れた物じゃの」
「そうだな、お陰でこんなにゆっくり方針を整えられる。まぁ、出来るだけ早く行動を起こして少しでもコネを作りたい所ではあるがな」
言いつつ、手っ取り早くコネを作る方法を算段してみる。第一に金を使った繋がりは却下だ、多くない資金は使いどころを見誤ったらそこで即終了、こんな所で使うなんて論外だ。脳内のリストの中から金の文字を手早く消し、改めて防人の話に耳を傾ける。
「次に"牽制期"、これは他二つの間を繋ぐ期間で、多少の談合と小規模な法案の審議が国会で行われる」
「おいおい、それだけか?」
酷くあっさりとした説明に拍子抜けし、間抜けた声を挙げてしまう。
「ほ、他に何かあるのか?」
俺の突っ込みに対し、防人が狼狽える。その態度にうんざり、とまでは言わないが、少し先が思いやられる。俺も本職じゃないんだけどなぁ……。
「あのなぁ、頭の中の事言うだけなら誰だってできる、大事なのはその情報がどんな意味を持つのか考え、その意味を知ってどう動くか、だ。例えばお前の言う小規模な審議は自分の実力披露に最適なんだが……どうしてだと思う?」
考える頭を養うため、俺は生徒(防人)に問う。問うだなんて言うと偉そうに聞え引っ掛るのだが、実際そうなんだからしょうがない。
「失敗した時がまだましだから、かの?」
可愛く小首を傾げる生徒に屈することなく、若干声を刺々しくする。
「馬鹿、失敗した時から考えるんじゃねぇよ。確かにそれも多少はあるが、それでも失敗したら自分の評価は一気に下がるし、相手からも舐められる。大事なのは成功した時だ、これは仲間内からの評価が上がるのは勿論、『あいつは侮れない』と敵に対する"牽制"になる上、上手く行けば相手に反心を抱かせることも出来るかもしれん、『あいつについて行けば、旨みがありそう』なんて具合にな」
っと、ヒントを教える筈が何時の間にか全部説明してしまった。どうやら俺に教師は向いてそうに無い。教える立場になって初めて分かる苦労に、ふと自分の担任を思い出し同情の気持ちが沸き上がる。
「うう……」
何か反論したいようだが、己の不徳は分かって要るのだろう、防人はぐっと口を引き締めて眉間にもしわを寄せる。どうにもこいつは顔に感情やら思考やらが出やすいらしい。まぁ直ぐに行動に起こすのは美徳だし、俺も考える事は幾らでもあるし、思い出さないといけない事も沢山ある。
例えば、俺のこの世界での年齢、名前、出自などの個人情報。これは昨日の内にそれぞれ、五十三歳、シーゲル=ハセガワ、デパール(俺が居るこの都市だ)などと思いだしている。
ので、次に自分に近しい人物を思い出していく、仮想的にこの俺と友人、師弟、身内、何らかの繋がりを記憶に埋め込まれた人物を。同郷、盟友、兄弟子……そこそこ繋がりはあるようだが、まだまだ足りない。業績も無いとは言わないがいまいちパッとしない、となると……。
「よし、では"決戦期"について説明する!」
思考は意気揚々とした防人の声に遮られる。多少内心で顔をしかめるが、これは此奴の説明にも被ってくるところがあるし、問題は無いかと思い直す。
「決戦期は四月と十一月に行われ、大規模な法案を決定する議会が行われる。一か月ほぼ丸ごとが一つの法案の為の議論に使われ、この間の談合は禁止されているが相手党側への投票を禁止してはいない。つまり、談合を纏められずとも演説で巻き返す事が可能という事じゃ、無論、相手を納得させる説得力や間の保ちかたなど話術がいるじゃろうから簡単な話では無い」
「なるほど、"決戦期"その意味は把握した、それでどう俺達は行動すればいい?」
「平民の識字率引上げ、どう考えてもこれは決戦期で話し合うレベルの法案、現状を考えても容易には通らぬ。じゃから……」
ここで一間、考えを纏めているのだろう、あまり長い事なら問題だが自分の考えを纏めていくのは大事だ。要領を得ぬ話は、聞き手の関心を集められない、引いては支持の低下に繋がるのだから。
「じゃから、この儂達に与えられた十か月を目いっぱい活用する。七月から十か月と言えば丁度決戦期の四月、そこで決着を付ける。まずはこの七月、八月で仲間内での儂たちの立場を確立、同時に情報を得て引き込めそうな者に目星を付け、可能ならば引き抜いたいが、まだこの時点では大した実績も残しておらぬからほぼ引き抜くのは不可能と言っていいじゃろう。よって、牽制期の九月、十月で先程小癪にもお主が教えてくれた通りに、両陣営問わずに「今までとは違う」そう思わせ、毒にも薬にもならぬと言う虚な記憶を打ち破り、敵には猛毒に、仲間には良薬になるという事を思い知らしめ、十二月、一月の懇談期で再度支持を集め、二月、三月でそれを確固たる物とし、四月で決戦……どうじゃ?」
したり半分不安半分、といった表情。伺いたてる様な表情は、やはり自分が上から見下す様な口調をしていたと感じて罰が悪い。ただし、個人的に一つ疑問があったので、なるべく威圧的にならないように問うてみる。
「十一月の決戦期はどうする?」
「様子見、じゃ。下手に勝負を打ちこけたら取り返しがつかん、見に徹し場の雰囲気を読み取る」
「成程……これは誤解の無いように言っておくんだが、別に俺はお前の判断が間違っているとは思わない」
「うん? という事はお主、勝負に打って出るつもりなのか? それはちと無謀じゃないかのう」
「まぁな……」
そう、確かに無謀だ。いわば俺達はこの世界に知識だけ埋め込んで生まれた赤子、泣く代わりに言葉を覚えた赤ん坊。揺り籠の中から大人を見ておいた方が、落ちもしないし怪我もしない。
だけど、痛い目を合わなければ痛いとは気付けず、世界は何時までも揺り籠が全てになってしまう。
「けど、お前の言う安全策で本当に本命の法案が通るかが怪しい。この世界は……少なくともこの国に置いては、中世における貴族と平民の格差が未だ存在するような所だ『平民に文字を教える』なんて事でに同意する奴はそう多くない、下手したらゼロだ。間違いなく文字を読めない事をいい事に平民をこき使っている所があるだろうしな」
「ううむ……それでは、そもそも識字率の引き上げなど不可能ではないか?」
「いやいや、字が読める人間が増えるという事は広い目で見れば大きな利益につながるんだ、意思疎通が容易に行えるようになる分、多くの意見が集まりより良い物、良い社会が出来やすくなる。読み書きの教育はある程度進んだ社会をさらに発展させるために必須と言ってもいい。ただし、これは教育という事業に全般に言える事なんだが、初期投資は莫大になるし、あくどい事をやってた奴にとっては都合が悪いだろう、潰しに掛かられるのは目に見えてる。要は俺の言った利益を周囲が理解してくれればいいが……」
「儂達が言っても信用してくれる可能性が少ない、と」
「ああ、だから一度何かしらの大きな功績――できれば歴史に残るほどの偉業を成し遂げる必要がある。となれば必然、決戦期は勝負に打って出る必要がある……んだが、お前の言う事も御もっともで、分の悪すぎる賭けだからなぁ、正直、俺もどうしたもんかと思ってる。この事については後回しにせざるを得ないな」
「はっきりと決めておきたい所じゃがのう……だがしかし、当面やる事がいくらでもあるかの。一先ず、どうやって儂たちの地位を確立するか、口では言うたもののこれも二か月で行うとはかなり無理が……」
「その事なら、少なくとも切っ掛けは思いついてある――会食だ」
「何を名案の様に……ただ食べながら話すだけではないか」
「おいおい、食事を甘く見るなよ。人間の三大欲求、食欲・睡眠欲・性欲の内の一つなんだぞ? その上、食欲、食べる物は国ごと、地域ごと、各家庭ですら違うんだ、世界が違えばどれほどかけ離れてる事かさっぱりわからん、未知の領域だ。全く未知なる物を提供できる、と言うのは思ったよりも大きなアドバンテージだ、『他の人が知らぬものをこの人は与えてくれる』と体に刷り込むことが出来る。そうでなくても、美味しい物を飲み食いすりゃ口が滑りやすくなる」
裏には誰にも分からない物ならば、そこそこの物を作らせるだけだから、安くて済むだからと言う理由もあるのだが。
「ぬう……確かに言ってる事は正しいかもしれぬが、どうやってこちらの素材で料理を再現するのじゃ? そもそも出来るのか? と言うか、お主作り方を知っておるのか?」
「ぬぐ、痛い所を的確について来るな……だが俺は言った筈だ、思いついた、と。出来るとは言ってな」
「じゃあ、言うなと」
防人が今までのお返しと言わんばかりに厳しく畳み掛けてくる、言ってる事は正しいので甘んじて受けるが悔しい。
「じゃが、捨てがたい策でもあるのう。なんとか儂がやってみるか」
「え、何、防人お前料理できるのか?」
「母上から教わってるから、多少はの」
「じゃあ、早く言えと」
「い、言うタイミングが無か」
「いや、そもそも自分が料理作れるなら早々に納得して言い出せと、俺はいま声を大にして言いたい。子供染みたやり返したいって気持ちが透けて見えるっていうか、透け透けだ」
「う、五月蠅い! いいじゃろう、少しぐらい!」
防人が顔を真っ赤にして手を振る。子供っぽいだろ? こいつ俺より年上なんだぜ?
「はいはい、それじゃこれからはお前に毎日の食事がてら料理を作って貰うとして……俺はあれだな、一先ず親しい(という事になっている)人たちの所を回ってくる、人となりを確かめたいしな」
と、言った所で気が付いた、俺と一緒に住んでるこいつはどういう立場なんだ?
「なぁ、防人お前のここでの設定はなんなんだ?」
「言いたくない、これが答えじゃ」
「あー成程、だけど名前は教えといてくれよ、人前で妻の名前を間違えるなんて出来ないからな」
「妻というな! 妻と! なんで、儂がこんな奴と結婚してる事に……!」
「こんなってお前な……まぁいい、それだったらお前には別口からのアピールが可能だな」
「何をさせる気じゃ貴様……!」
自分の体を抱き寄せる防人。なんだか酷い誤解を受けている様な気がするが、そこに突っ込むと話が逸れそうなので気にしない事にする。
「お前には妻という立場を利用して政治家連中の奥様方から攻めて貰う」
「な、何をやらされるかと思えば……了解じゃ」
露骨にほっとする防人を見て、無性に何をやらされると思ったのか問い詰めたくなったが、我慢する。
「気を引き締めて行けよ、下手したら俺よりもキツイんだから」
俺の言葉に防人がごくりと喉を鳴らす。別に脅したわけでは無い、口喧嘩は女性の方が強いのは明らかだからこう言ったまでだ、統計は取ってないが。
「か、覚悟はしておく」
「ほいほい、そんじゃまっ、当面の方針はそんな感じで。いやはや、疲れるな」
「こんな事を世界を渡るたびにやるのか……?」
げんなりとした表情を浮かべる防人。否定どころか慰めの言葉も出ない、俺自身目を逸らしている事実だからだ。
異世界で二人、だらしなく背もたれに身を預け、天井を仰ぎ見る。
話す事に夢中で朝食を食べきって無い事に気付くのは、もう少し後の話だ。




