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Chasing as …  作者: かわ
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tryst の数年後。やり取りの終着点

「君は、ほんとうに嘘ばかりだね」

 響いた声音に一瞬、まるで木偶のように体が硬直する。

 聞き違えるはずのないその声にまさかと思い、同時に疑念が浮かぶ。何故今この場所にいるのか、あの日以外には一度として姿を見せなかったと言うのに、何故。

 驚いて振り向いた先には見誤るべくもない、あいつが、いた。

 翳した手さえ見えない深い闇の中、やはり淡く体を発光させ俯いた様を露わにするあいつに俺はゆっくりと近付く。

「君は、ひどい嘘つきだ」

 俺を素通りする全く威力のない言葉を投げつけられながら、それでも俺は言葉を返さずにゆっくりと一歩ずつ距離をつめていく。

 いつかも同じように近付いた、湧き起こる既視感。けれどあのときと違い、あいつは俯いたまま後退りはしなかった。

 一歩、また一歩と確実に歩を進める。しかし一向に縮まらない距離に自然と早足になり、それでも全く進む気配のない暗闇にだんだんと焦りが募るのが嫌でもわかった。

「ときが来たら受け取ってくれると言ったじゃない。なのに」

「受け取るなんて一度だって言ったことねえよ」

 そんな俺など気にも留めず放たれた言葉にいらついて乱暴に返した俺に反応し、ようやく俯いた顔をあげた。

 久々に見るその顔に浮かんだ表情に、渦巻いた苛立ちが引いていくのがわかった。

「だって」

「俺は死に際まで受け取らないと言っただけだ」

「それは!…」

 らしくなく途中で止められた言葉。

今日はらしくないことばかりだ。突然目の前に現れたり、こうして言葉を断ち切ったり。理由を模索するうちに、そう言えばここはどこなのかと疑問に辿り着く。この暗さはどこかの室内だろうか。けれど家を出てからどこか建物へ入った覚えはないが…。

「君にはわからないよ」

 考えを読んだかのようなタイミングで言われたそれに、思わずあいつをまじまじと見つめる。

 辛そうな表情で、けれど屹と差し出された手。小さく震えるその手に握られているのはあの箱だろうか。

「これが!君をそこに引きとどめてるんだ…っ。これがないと君はどちらにも行けないんだよ。だから、お願いだから…っ」

 小さく呟かれた声は届かなかった。けれどそれが何かなんて考えるまでもない。何故ならそれは幾度会っても飽きずに投げかけられる言葉だろうからだ。

 泣き崩れ、蹲ったあいつを馬鹿だと思う。そんなあいつに執着し続ける俺の方がもっと愚かだ。それでも、

「何度言われても俺は俺を通すぜ」

 あいつにとっては無情だろう言葉を、変えることなく投げ放つ。

 何度言い募られようと俺は同じ応えだけを返す。そんな俺に、あいつは決まって傷ついたような苦しいような、複雑な表情をする。

 そうしてしばらく口を噤んでは諾々と主張を呑み込むのだった。それがこれまでの一種決め事のような流れのはずだった。

 けれど。

 本当に、らしくないことばかりだ。

 俯くことなく、傷つくでもなく向けられたその表情は、なん、だろうか。

「わかった」

 静かに立ち上がったあいつは、引き寄せていた拳を再び差し出す。その目に映るのは、

「君が君を通すなら」

 それは――

「僕もそうさせてもらう」

 言葉と同時に開かれた掌からソレは勢いよく飛び立ち、俺を飲み込んで彼方へと飛んでいく。

「こ…っ!」

「さよなら、ときわ」

 飲み込まれたまま駆けるソレに為す術はなく、もがいた所でその速度すら落とすことは叶わない。

 さよなら、と。そう言ったあいつの表情も、その後囁かれた言葉の端も、意識をなくしつつあった俺には何一つ確かめることは出来なかった。


 通い慣れた道も間が空けば息切れの一つもする。ましてろくに動くことすらしてなかった体なら尚更だ。

 ゼイゼイ息を喘がせて、それでも止まることはせず俺は目的の場所へ向かう。杖をつきながら整地を施されていない道を歩くのに、再び多量の時間をかけた。

 俺のしていることは無駄なのだろう。けれどそれがわかっていても尚、持て余すこの感情が俺を突き動かすのだ。

 水が形を求めるように、枯渇した個が拠り所を求めるように、そうしないではいられないのだ。

 還された感情ではない。これは、喪って培った感情だ。

 辺りは暗く足場の悪い道に何度も転倒するが、休むことなく歩き続ける。やがて見えてきた見覚えのある何の変哲もない景色に、けれど現実を目の当たりにして足を止めた。

 毎日は叶わずとも、この日、このときだけは僅かながら約束された邂逅、だった。

「嘘つきはお前だ」

 ゆっくりと、いつもあいつが立っていた辺りに向かう。

 同じ場所に立って、あいつがしていたように空を見上げる。それでも俺にはあいつが何を見て、思って、感じていたのか、少しもわからなかった。

「あれから、嬉しいと感じたことなんて、一度だってない…っ」

 埋まったはずの空洞は、新たに生まれた空虚へと塗りつぶされて行った。


 いつか不変のものはないのだと思った。

 かつて体感を経て達したその答えに、もしまた行き着いたとしたら。

 そのとき、この空虚さえもが埋まるのだろうか。

 あいつへの執着が断ち切れない俺には、まだその答えを、見つけられない。







(2007/4/10)

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