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Chasing as …  作者: かわ
1/3

tryst

 はしゃぎざわめく人並みを外れて、俺は一人校庭の隅に移動する。

 既に日が落ちた広い校庭は、それでも夜とは思えない明るさに照らされていた。

 何の変哲もない学校の変わり映えのない月末の夜。本来ならばとうに下校時間を過ぎている頃合いだが、この高校の唯一の特徴とも言える校風のためにこの騒ぎは容認されている。

 この私立校を建てた主は幼い頃から海外で育ったらしい。成人する頃にはもうこちらへ戻ってきて久しかったようだが、三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。刻み込まれた生活習慣は年月を重ねても消えずに残り、帰国してからずっと窮屈な思いを強いられてきた影響か、ここの校風には彼の愛する自由とやらが大きな顔で蔓延っている。

 そしてそれを助長しているのが交換留学生の存在だ。一学年で高等部では十人前後、中等部でも五、六人もいる彼ら彼女らによって持ち込まれた母国の風習は、刺激に飢えている在校生のかっこうの遊びとなったのだ。クリスマス然り、バレンタイン然り、ハロウィン然り…。

 中等部の頃はそれなりに楽しめもした。聖堂のステンドグラスもパイプオルガンの音色も、キューピッドの仮装をした滑稽な生徒の催しも、高等部に進学した今、目新しさはない。けれどそれとは別に参加すらしなくなった理由が俺にはあった。


 元々騒ぐよりもそれを傍観している方を好む性質だと自覚はあった。一緒に行動をする仲間たちからも常に一歩退いてなりゆきを見ていた。勿論それを悟られないよう、調子を合わせもしていたが。

 けれどたった一人、そんな俺の偽りを見抜いた奴が、いた。

 そいつは他の奴らのようにただ青いだけの眼ではなく、光の加減でうっすらと紫を帯びたように見えることがあった。そのほかにこれと言った特徴の浮かばない、おとなしい奴と言った認識だった。いや、おとなしいどころではない。陰気で根暗な奴だと思っていた。そいつが俺以外の誰かと話をしているのを、ただの一度も見た覚えがなかったからだ。 はじめのうちは互いに何の興味もなかったはずだ。俺は当然のように面白みの欠片もない奴に目も合わせなかったし、奴も俺の知る限り常に俯いて呆とするばかりであったはずだ。知り合うきっかけとなったのはほんの些細な、けれども俺たちにとって何物にも代え得ないできごと。

 それを境にあいつは姿を消した。

 正直、それが俺にどれ程の衝撃を与えるのだと侮ってさえいた。限られた僅かな時間のみ同じ空間に存在していた。たったそれだけの相手が突然いなくなったとしても、それは中等部の頃から体験してきたことだ。違うのは代わりとなる人間が現れなかったことだけ。

 そんなことは今までとて気にしたことはなかった。個が変わろうが全体は何も変わらない。俺の周りにさえ影響がなければ仮面を繕い、一人高みに立って周りを観察し続けることに何の影響もなかったのだ。

 なのになんだ、この、感覚は。

 仲間同士で話していても、他の誰を観察してみても満たされない。

 脳の一部が、感覚が、備わっていた機能の何かが欠如してしまったかのような、そんな心地悪さが絶えず襲ってくる。

 ソレを持て余すようになった俺は徐々に不快感を募らせた。何をしても、何をされても満たされない。水を欲してやまないのに、目の前に大きな湖があるというのに、今一歩のところで手に入らない。手に入れて口に含んだとしても、とたんに肉体が消失して骨だけの体になって受け止める臓器をなくしてしまったような。

 欲しい。なのに手に入らない…。

 俺は初めて執着と言う衝動を覚えたのだ。


 明かりをそれていく俺を気にかける存在はない。いつの間にか消えてその他の一部になってしまっていた。

 けれど俺にはもう、どうでもいいことだった。求めているのはそんなものじゃない。ソレは、この先にこそいる。

 ソレに引き寄せられるように足を進める。もう光も届かない、暗闇の跋扈する植え込みを越え、その更に奥にある中庭を目指す。

 間違いなくそこにいるはずだ。他でもない、今日この日だからこそ、いないはずがない。

 本来人が通る場所ではないため雑多な草の生い茂る道を苦労して進む。行く手を遮る枝を手で払い、幾歩も行かず立ち止まる。

 見間違える筈がないその場所に確かに目指したものを見つけたそのとき、俺の中に今まで味わったことのない、体が震えるほどの衝動が駆け巡った。


「久しぶり、だね…」

「…」

「…怒っている、の?」

「…」

「だって、元は君が悪いんじゃない」

 こいつにしては勇ましいセリフだが、震える語尾が怯えていることを示す。

 俺は言葉を返さずに、ゆっくりと一歩ずつ距離をつめていく。

「できるものならやってみろって。でなきゃ何をするかわからないって、そう脅しつけたのは君でしょう…?だから」

 俺が進むに合わせて後退していた背中が木に触れて止まる。

 すかさず残りの距離をつめて奴の逃げ場を奪うと、声音同様に怯えた眼が俺を映す。辺りは暗く、外灯さえない中でそれがわかるのは、こいつ自体が淡く光を帯びているからだろう。

「だから証拠を見せたんだろう?俺の感情の一部を切り取って」

「…悪かったと思ってるよ」

「そんなことはどうでもいいね。それより何故いなくなった?俺の一部を持ったまま俺の前から消える必要まではなかっただろう?」

「…」

 俺の代わりに黙り込んで、視線すら外した奴に、俺はイライラを逃がすように盛大な溜息をつく。するとびくりと肩を揺らしてボソボソと言葉を落とした。

「本当に、悪かったと思ってるよ。脅かされたからってやっていいことじゃなかった。これは返すから、お願いだからもう怒らないで」

 そう言ってあげた手のひらの上にちょこんと小さな箱のようなものが乗っていた。一見してなんでもない箱だが、それには開け口も切り目も無く、薄っすらと光を帯びて見えた。

 あの時俺から切り取られた感情の欠片。確かにそれは俺の内面を映し出したような歪んだニビ色をしていた。

 俺が失って、身も背もなく求めたもの。

 伸ばした手は箱を通り越して奴の青白い首筋を掴む。

「お前、こっちに戻ってくるのか」

 問いかけた声に返されるのはただ戸惑うばかりの視線。

 構わず続けた声に今度こそ言葉が返ってきた。俺が望む、

「もう、戻れない」

 是とは逆の応えが。

 どこかで予想していた応え。けれど予想外の衝撃を齎す応え。

「…それならそれはいらない。煮るなり焼くなり好きにしろよ」

「そんな、駄目だよ!受け取ってくれなきゃ困る…!」

「俺の望みが叶わないのに、お前の望みを叶える義理はないね」

 口元だけを歪めて言い放つ俺に、奴はヒクリと喉をつめる。

 それをみて、確かに俺の中に何かが浸透していく。

「俺は死に際まで、絶対受け取ってやらないからな」

 広く浸透して行くもの、それは決して悦びではない。それは、俺の歓喜は奴の手の中に収まっている。

 だからこれは支配欲だ。

 求め求めて、いつしかすり替わってしまった求めるものを手に入れたいと願う感情。

 元々青い顔から更に色が消え、涙すら浮かべたこいつは、余程のことがない限り俺に箱を返すまで消えて逝くことは出来ないだろう。それは少なくともこの一年で立証されている。

 期限はおおよそ一年。その間に奴に新たな未練を植え付けてやればいい。

 俺が未知の感情を手にしたように、きっとずっと変わらないものなんて何一つ無いのだから。







(2007/4/9)

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