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僕のおうじさま

作者: にも

きらきらきら


御堂光みどうひかるくんは名前とおりの男の子。

 

明るくて、無邪気で、やさしい男の子。


きらきらきら


みんな光くんが好きなんだ。




「もしもし?」


10年ぶりに聴いた幼馴染の声だった。


「ひ、光か?」


上ずった声が出た。恥ずかしいじゃねえか。


え、え、と電話の向こうでも変な声がした。


分かるわけないよな、初めて電話したんだから。


「俺、藁下鷹道わらしなたかみち分かるか?」


すんっ、と光が息をのむ音。


「鷹道くん?」


おう。


たかみちくんっ。


思わず受話器を耳から離した。


「今、耳キーンってしたぞ」


「ご、ごめん。でも、どうしたの?うわあ、何年ぶり?」


トーンの上がった光の声。

嬉しいなあ、電話してくれたんだ。


無邪気な光の反応がさっきまでの緊張を吹き飛ばしていく。

それにしても、声高すぎ、今年で二十歳はたちだろ。


光と過ごした夏、どこまでも広がる青空。

子供時代が蘇っていく。あのころは本当も嘘もなかった、すべてが真実だった。


「・・・鷹道くん、なんかあったの?」


なんかないと電話しちゃいけないのかよ


言えなかった。10年ぶりだ、何かあったのかって思うのが普通だろう。


実際何かはあったのだ。

俺はカバンひとつで見知らぬ駅にいるわけだし。

目的地なんてどこでもよかったんだけど、ここにたどりついた。

光の住む町に。


「あの、あのな・・・」


「うん・・・?」


「今東京駅にいるんだけど」


いるんだけど、どうしよう


「いくっ」


「わっ」


だから・・・

お前声高いんだからさ

大声だすなよ


「すぐいくから、ぜえったい動かないでねっ」


ぜったいだよ



自販機で買ったお茶を飲みながら、駅の入り口をぼんやり眺めた。


平日の昼だというのにすごい人だ。

駅に隣接するビルからサラリーマンやOLが流れ出てくる。

ランチタイム、みんな財布片手に歩いていく。


人、人、人。

都会だなあ、光。



光と俺は幼稚園からの幼馴染だ。

小学校4年の時に光が母親の実家のある東京に引っ越すと決まったのは急なことで、それからはあっという間だった。別れを惜しむまもなく、光の母親は荷物をまとめて光と幼い兄弟をつれて出て行ってしまった。

家庭の事情というものらしい。


しばらくして、手紙が届いた。


「 わらしなたかみちさま 」 「 みどうひかる 」


幼い字が白い封筒の上で踊っている。

光はマメな奴だった。


年に何回か手紙をよこして近況を報告しあった。

とはいっても、あたりさわりのないもので、筆マメじゃない俺の手紙なんかそっけないものだったように思う。

ずいぶん前にもらった手紙の中で光が携帯電話の番号を教えてくれた。


「なにかあったら是非かけてください」


その機会はなかなか訪れなかった。



そう、今まで。



すぐいくから だって、

まるでヒーローみたいじゃん


ほとんど思いつきで東京まで来てしまったが、まさかこんなあっさり光に会えると思っていなかった。

この電話だって駄目もとだった。




すべてが嫌になってここに逃げてきた。

恋人も友達も自分も、どうにも価値のないように思えて、すべて置いてきた。




カバンの中から封筒を取り出す。

恋人といくはずだった旅行のチケット、バイトして貯めてやっと手に入れた。

楽しい一週間が待っているはずだった


はずだったのに


何が「タっくんと南の島にいきたいの」だよ


誰でもよかったんだよ、お前


俺だって伸也のぶやだって


「換金してバカなことに使ってやる」


帰ったって何もない。無くなってしまった。

恋人も親友も自分の居場所も。


もう、ない



俺がポカンと口をあけている間にも、人はどんどん流れていく。

みんな一応に急ぎ足。どれくらいたっただろうか、ブルブルという振動で携帯をポケットから出した。



「あっ、鷹道くん、動いてない?」


電話の向こうは騒がしかった。かすかにアナウンスが聞こえる。


「光、俺今気づいたんだけど」


お前、小学生のころの俺しか知らないよな・・・

光とは写真の交換はしていない。


どうやって見つけるんだよ




「やーっぱり、鷹道くんだっ」




肩に置かれた自分以外のぬくもり。

振り向くと、携帯電話を手にした二十歳の光がいた。


「そうかなって思ってたんだけど、違ったら嫌だなって思ってね」


きら きら きら


「電話したら、出たからやっぱりって」


きら きら きら


「鷹道くん、目つき、変わんないだね」


にっこりと笑った笑顔が、なんというか眩しかった。


子供のころの光は明るくて無邪気な子供らしい子供だったけど、


今俺の前にいるのは綺麗な男の子だ。


10センチくらい低い目線。細くて華奢な体つき。少し長めの髪。

顔も、中世的で、スッと通った鼻筋とか小さな口元とかは女性的といってもいい。


でかくて、目つきの悪い俺なんかと並ぶと余計繊細にみえる。


こういう奴をなんていうか知っている


世間じゃあ、「美少年」というのだ。



「み、御堂光?」


「はい、藁下鷹道くんですよね?」


「光」の頬が少し赤い。走ってきてくれたのか・・・


「10年ぶり、会えてうれしいよ、鷹道くん」


うれしいよ


「・・・久しぶり、よく分かったよな」


クスクスおかしそうに笑う光。

二重の綺麗な目が優しいカーブを描いて俺を写している。



「鷹道くん、変わんないんだもん」


「そうか?背だってのびただろ?」


「いくつあるの?高いよね、運動やってた?」


「180、高校の頃バスケットやってた。今でも時々やるぜ。」


「負けた~。僕身長170ないんだ。」


とりとめのない会話。

10年離れてたってのに意外にスムーズにできるもんだな。


幼馴染ってこんなもんなのかな。


光と一緒に駅を出ると、人だかりをぬって歩き出した。

俺はカバンひとつだけだし、光もリュックサックをしょっているだけ。

しばらく懐かしい会話に花をさかせていたが、光がご飯でもたべにいこうよ、と言い出したので時計を見ると2時前だった。


「光、呼び出して悪かったな。学校だろ?」


光は気まずそうにこっちを見ている。


「帰るとかいわないでね」


「いや、俺、なにも考えなしで来ちゃったからさ・・・」


「鷹道くん、帰らなくちゃいけないの?」


せっかく会えたのに


「いや、帰らなくちゃっていうか・・・」


帰りたくない


目の前の美少年・もとい光の目が不安そうに揺れている。


帰らないでよ そんな心の声が聞こえてきそうだった。


まっすぐな光。俺に会えたことを喜んでいる光。


ちょっぴり疲れていた俺の心の中にすっと入ってきてしまった。


なんともいえない暖かな気持ちが広がっていく。


久しぶりに感じた必要とされている、という感覚だった。



僕のうちにおいでよ



俺はうなずいてしまった。


並んで歩きながら、光はうれしそうだ。




最後に会ったのは10歳の時だった。


それから10年。光からの手紙が年に数回、マメじゃない俺も2回に1回くらいはかえしたかな。


紙の上でしか存在しなかった光が俺の横を歩いている。


こんなことでもなければ、1回だって押すことのなかったかもしれない電話番号。




「俺、親友も恋人もいなくなっちゃってさ」



いや、同情を引きたいわけじゃなくて、言葉がすべりでてしまった。


一瞬光の驚いた顔。表情がじわりじわりと溶けていくとさっきまでの優しい目になった。



「うん、そうか」



大変だったね


でも、でもね。



「大丈夫だよ」



元気だせよっと、バシっと肩をたたかれた。


「僕がいるもんっ、ねっ?」


「いってえなあ・・・」





昔からみんな光が好きだった。


明るくて、無邪気で、


やさしい男の子。




「鷹道くんをつれてきたいとこたくさんあるんだっ楽しみにしててよね」


「お前ち、いきなりお邪魔して大丈夫なのかよ」


「ヘーキ、ヘーキ。お母さんだって喜ぶって」


鷹道くん、うちのお母さんのタイプだよ、絶対。


内緒だよ 人差し指を口元にあてるしぐさ。


男のくせに、しっくりきすぎだろ。


「あ、ちょっと待ってお手洗いいってくるから」


「おお?」



ちょっとまあて



「・・・何?鷹道くん」


つかんだ光の腕の細さに驚いた。なんちゅーか、柔らか。


いやいや、そうじゃなくて。


「お前、そっちは女子だろ」


しっかりしろよ、冗談じゃすまされないぞ。その歳で。



「・・・うん?」



「・・・え?」



「・・・えって、


なんで男子の方に入らないといけないの?」



女子トイレの前で見詰め合う、いかつい男と美少年はやたらと目立つ。

ちりちり感じる視線も、俺には気にならなかった。



いや


その、えーと 


くっだらねえ冗談



「何ソレ、笑えねえ~」


すると、目の前の光もぶっと噴出した。


「ほんと、笑えないよ、それ」


「お前が言ったんだろ、どこが女なんだよ」


確かに綺麗な顔してるけどなあ



「えっ」


「・・・え?」



さっきまでケラケラ笑っていた光がじっと俺を見ていた。

その瞳の中に、だんだんと不信の色が広がっていく。



「う、うそっ


冗談だよね、鷹道くん」



なんだよ、しつこいな、たち悪いぞ

急いで出そうとした言葉は光の一言にかき消された。





「僕、女だよ」




ざわめく駅のトイレの前。

俺たちはただただ立ち尽くしていた。


20はたちになった幼馴染・光と再会をした。

何もかも無くした気分で故郷を飛び出して

カバンひとつで、見知らぬ町にいる自分がひどく滑稽こっけいだと思っていた。


けれど



光がカバンから出した学生証を片手に、俺は頭を抱えた。



「女」



今の自分だけじゃなくて、過去の自分にも言ってやりたい。



「・・・この大馬鹿野朗」




にっこりと笑った光の笑顔がとても綺麗でどきりとした。

























ここまで読んでくださってありがとうございました。


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