第一章 : ノクスと使い魔契約②
「……お願いします。」
そう言うと、ノクスはすっと座り直した。
「よし!」
レイさんが軽く手を叩く。
「じゃあ始めるね」
透明な液体を指に取って、結ちゃんの手の平に一滴落とす。
ひやりとした感触。
「それ、自分の魔力通しやすくするやつね」
次に、ノクスの額にも同じように一滴。
「さて、と」
レイさんは一歩下がる。
「結ちゃん、手出して」
言われた通り右手を差し出す。
「そのままノクスに触れて」
言われたとおりにゆっくり、手を伸ばしノクスの頭に触れる。
ふわっとした毛並み。
「じゃーさっき教えた呪文唱えちゃおっか!」
「はい。」
私は一呼吸し、唱える。
「結の名においてこの者と契約す、シムバシ。」
その瞬間。
「……っ!」
体の中を、何かが走った。
昨日感じた“魔力の流れ”とは違う。
もっと強くて、もっと鮮明で、それでいて暗い。
「今流れてきたのがノクスの魔力、結ちゃんも自分の魔力をノクスに流して。」
レイさんの声が遠くで聞こえる。
助言通り、魔力を流すため意識を集中する。
お腹の奥、そしてそこから流れるものを、手へ。
ノクスへ。
「みゃ……」
小さく鳴く。
でも、嫌がってはいない。
むしろ......
「……受け入れてるねぇ。」
レイさんが楽しそうに言う。
その瞬間、円が光り、赤い粉が淡く発光し、線が浮かび上がる。
「……!」
視界が一瞬、白くなる。
次の瞬間、真反対の色である黒色に視界は覆われていた。
けれど不思議と怖さは無かった。
上を見てみると、そこには満天の星空が広がっていて、遠くの方には壊れた神殿のようなものも見えた。
その時。
「結。」
低く、静かな声がした。
振り返るとそこにいたのは、黒髪の青年だった。
誰だろうと思ったが、すぐに気づいた。
だって、瞳が琥珀色に光っていたから。
「……ノクス?」
「そう名付けてくれたな。」
軽く肩をすくめる。
「え、え、え……?」
頭が追いつかない。
「なんで、人……?」
「少しだけ、異空間を展開させてもらった。」
淡々とした説明。
でも、意味が分からない。
「結。」
名前を呼ばれる。
それだけで、少し空気が変わった気がした。
「お前、俺を拾っただろ。」
「……うん。」
「......感謝してる。ありがとうな。」
「それ、ここに呼び出してまで言うことですか?」
思わず突っ込む。
ノクスは少しだけ口元を緩めた。
「まぁいい。」
一歩、こちらに近づく。
「この風景に、見覚えはあるか?」
「ここに……?」
ノクスに言われ、もう一度見渡してみる。
「特に何も......。」
そう言いかけた瞬間、心臓が、少し強く打った。
さっきまでは何とも思っていなかった壊れかけの神殿に、なぜか強く懐かしみを覚えた。
「......!結、泣いてるぞ、お前......。」
気づいたら目の前が見えなくなっていた。
何故ここまで悲しさを覚えるのだろうか。
「ふふ......何でもないです。なんででしょうね、あの神殿に酷く懐かしさを感じるんです。」
その言葉にノクスは少し目を見開き、言葉をつまらせた。
「......そう、か。なにか光景が浮かんだわけじゃないならいい。泣かしてしまって申し訳ない。」
「いいえ。ありがとうございます。」
そうした少しの沈黙の後、私は気になっていることを問うた。
「そういえば、なんでノクスは私の元へ?」
ノクスは少し遠くを見てから答える。
「お前を......結を、見守るために。」
その顔は、真っ黒な彼に似合わないはずの、慈愛に満ちた顔だった。
けれど、私はその顔に妙な安心感を覚え、気づいたら笑い返していた。
その直後、視界が白く弾けたと思ったら元の小屋に戻ってきていた。
「結ちゃん、大丈夫!?」
その言葉に、意識が現実に引き戻されたように思えた。
「いきなり黒いものに覆われたからびっくりしたよぉ~。ノクスの魔力量が思ったより大きかったのかな?まぁ、何はともあれ成功しているようでよかったよ。」
目の前のノクスを見ると、額に契約紋が浮かんでいた。
「みゃあ」
彼は普通に鳴いている。
でも、さっきのは確かにノクスだった。
そんな私の葛藤をよそに、レイさんはにやっと笑う。
「さ、これでノクスは結ちゃんの使い魔!」
「おめでと~!」
そうして、無事にノクスは私の使い魔となった。




