第一章 : 週1里帰り③
あれから私は、本当に夕方までテレビだの雑誌だの新聞だのに出続けていた。
とあるテレビ番組では両親と共演で、案の定親バカ具合が発揮されていた。
「うちの娘可愛いですよね!!もう家帰ってきたら絶品の食事が沢山作ってあって。けど時間的に全然会えないんですけど、会えた時にはもう頭凄くなでなでしちゃうんです!」
「俺はもうバラエティーで行った先々でお土産とかたくさん買っちゃうんですよ!」
「お父さん、お母さん、もう恥ずかしいよ......。」
「「別にいいじゃないの / だろ」」
収録中ずっとこんなんで、本当に恥ずかしかった。
他にも多くのメディアに取材いただいて、30分のものもあれば2時間のものもあった。
今はニッチクーロンVRTVというテレビ番組の控室に鵜飼さんといる。
時計を見ると、針は15時48分を指していた。
「もう16時......ロケ弁?食べれたのはよかったけど、8時間は長い......。」
「結さんお疲れ様でした。初めての芸能界でここまでハードなのは大変ですね。本日は夜ご飯に三ツ星シェフを20時より予約しておりますので、それまではゆっくりしてください。」
なんだろう。
凄く至れり尽くせりだ。
これが救世主というものなのだろうか。
「あの、学校に行ってもいいですか?居なかった間の状況を聞きたくて。」
そう言うと、鵜飼さんは落ち着きのある笑みで答える。
「大丈夫ですよ。夜ご飯までは自由ですから。学校までお送りいたしますね。」
鵜飼さんの車に乗って、私は学校へ向かった。
夕方の街は、少しだけオレンジ色に染まり始めている。
車の窓から見える景色は、つい数日前まで当たり前だったはずなのに、どこか懐かしく感じた。
「……なんか不思議ですね。」
私がぽつりと言うと、運転席の鵜飼さんがミラー越しにこちらを見る。
「何がでしょう?」
「数日前まで普通にこの街で生活してたのに、今はテレビとか雑誌とかに出て……。」
私は窓の外を見る。
「なんか、別の人生みたいです。」
鵜飼さんは少しだけ微笑んだ。
「結さんは元々注目されやすい方だったんじゃないですか?」
「え?」
「学校でも人気者でしょう?」
思わず苦笑する。
「……まぁ、ある意味、否定はできないですね。」
しばらくして、車は学校の前に止まった。
すでに放課後の時間で、校門のあたりには学校帰りの生徒がちらほらいる。
「では、私はここでお待ちしています。」
「ありがとうございます。」
車を降りて校門をくぐる。
その瞬間。
「……あれ?」
「え、ちょっと待って。」
「……結じゃない?」
ざわっ、と周りが一瞬ざわついた。
私は軽く手を振る。
「久しぶり。」
すると。
「えええええええ!?!?!?」
近くにいた女子たちが一斉に叫んだ。
「結!!!」
「生きてた!!!」
「てかテレビ出てたよね!?!?」
一瞬で人が集まってくる。
私は苦笑しながら手を振る。
異世界行く前はここまで馴れ馴れしい人はいなかったんだけどな......。
「はは......生きてる、よ。」
「テレビで救世主とか言われてたじゃん!?」
「なにそれほんとなの!?」
質問が一気に飛んでくる。
その時。
「調子乗っちゃって、気持ちわるい。」
「偽善者を異世界でも展開するなんてアホらし~。」
後ろから聞き慣れた声がした。
「……あ。」
振り向く。
そこには、いつものクラスメイトたちが立っていた。
その中の一人、いわゆる1軍女子と呼ばれる風貌の女子が腕を組んでこちらを見る。
数秒、沈黙。
そして。
「……おっそ。」
そう言って、にやっと笑った。
「何日サボってんのよww」
私は少しだけ笑う。
「サボりじゃないよ。」
そうしてお互い30秒ほど見合った後、向こうはふんっとどこかへ消えていった。
「そういえば、私がいない間大丈夫だった?」
そう聞くと、みんな笑顔になって話し出す。
「大丈夫だったよ!ご両親のことが公になってからあの子たちも居場所がないみたい。」
「結のビジュに嫉妬してただけでしょ~。」
「そうそう!こうなんか...癒されるって言うか、神々しいって言うか!」
皆の私を見る目には、今までよりも強く羨望や尊敬のまなざしが混じっている。
「まぁ......みんなが大丈夫ならよかったよ。」
そんな会話をしていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
「旭月~ちょっと職員室来い。」
そう呼ぶのは担任の先生だった。
連れられるがままに職員室へ行く。
「どうしたんですか?先生。」
「あぁ、進級が約束されるということは、大学に行く可能性があるだろう?だから、授業を短縮して受けたらどうかと思ってな。」
なるほど、学校は色々とサポートしてくれるようだ。
私は少しだけ考えてから答える。
「短縮、ですか。」
先生は腕を組みながら続けた。
「お前の場合、今は普通の生徒とは状況が違うからな。救世主やメディア対応やら何やらで学校に来られない日が多いだろう。」
確かにその通りだ。
それを懸念して総理には進級を認めてもらったわけだし。
「例えば、主要科目だけ帰ってきたときに出席する形にして、あとはレポートとかで知識を補うとかだな。」
先生は机の上の書類を軽く叩く。
「学校としても、なるべくお前の将来の選択肢は残しておきたい。」
私は少し驚いた。
ここまで配慮してくれるとは思っていなかった。
「……ありがとうございます。」
先生は少しだけ照れくさそうに咳払いする。
「それで、どうする?短縮版、受けるか?」
異世界でやらなければいけないことも多いだろうし、大学までに終わらせられるかもわからない。
けれど、学校側がここまで考えてくれているのに断る必要もないだろう。
「……できれば、短縮版を受けたいです。」
先生は少し笑う。
「お前らしいな。」
そして書類をまとめる。
「分かった。じゃあ短縮版を受けられるよう教員でも共有する。ただし無理はするなよ。」
「はい。」
「救世主、頑張れよ。」
職員室を出ると、廊下にはもうほとんど人がいなかった。
大抵の生徒が帰路についたか部活に行ったのだろう。
窓の外を見ると、空はすっかり夕方の色になっている。
オレンジ色の光が校舎の床に長く伸びていた。
その時。
「やぁやぁこんにちはぁ旭月結さん?」
突然名前を呼ばれ、急いで振り返るとそこには猿のような人が立っていた。
「だ、誰ですか。」
「俺は~花丸野新聞所属の記者、仁藤健斗と申しますぅ。」
「何故、なんの用でここに?」
仁藤は、にやにやとした笑みを浮かべたまま一歩近づいた。
スーツは着ているが、どこか着崩れていて、手には小さなメモ帳とボールペンが握られている。
「いやぁ~用って言うほど大したもんじゃないんですよぉ。」
軽い調子で言いながら、メモ帳をぱらぱらとめくる。
「ただちょーっとだけ、旭月さんに聞きたいことがありましてねぇ。」
私は一歩だけ距離を取る。
「……テレビとか新聞の取材なら、担当の人がいます。」
鵜飼さんの顔が頭に浮かぶ。
「勝手に学校まで来るのはどうかと思いますけど。」
すると仁藤は、肩をすくめて笑った。
「いやいやいや、公式の取材じゃないんですよぉ。」
「じゃあ余計にダメじゃないですか。」
即答すると、仁藤は一瞬きょとんとしてから、吹き出した。
「ははっ、結構ハッキリ言いますねぇ救世主様。」
「それで、何ですか。」
私は腕を組む。
仁藤は少しだけ声を落とした。
「旭月さんってぇ、本当にあの二人の子どもなんですかぁ?」
「……何が言いたいんですか。」
仁藤はメモ帳を閉じた。
「旭月さん。」
にやっと笑う。
「あなた、純白の奇跡、そのほかに何て呼ばれてるか知ってますぅ?」
「……は?」
「ま、知らないならまだ説明するには早いってことかもしれないですねぇ。」
少しだけ目を細める。
「俺ぇ明日から海外出張なんですよ~。なんで、2か月後、この名刺に書いてあるところに連絡貰えますぅ?」
そう言って名刺を渡してくる。
「世界中が興味津々なんです。貴方に。」
そして、軽く手を振る。
「まぁ、くれぐれも気をつけてくださいねぇ救世主さん。」
「貴方に言われたくないです。」
そう言うと、ははっと笑った。
「それじゃ、またそのうち~。」
そう言い、軽い足取りで階段を降りていく。
廊下には、夕日の光だけが残った。
私はしばらくその場に立ったままだった。




