序章:地球 ---“優しさの代償”②
昇降口を出ると、雨は一段と強くなっていた。
アスファルトに落ちる大粒の水滴が、しぶきを上げて弾ける。
私と助けた男子は並んで歩き出した。
彼の名は桜庭琉。
琉はタオルで髪を拭きながら、何度も「ありがとう」と小さな声で呟いた。
そのたびに、胸の奥がちくりと痛んだ。
――こんなふうに素直に感謝してくれる子がいるのに。
どうして私は“偽善者”なんて呼ばれなきゃいけないんだろう。
駅までの道は、雨に煙って薄暗く、
通り過ぎる車のライトだけが一瞬だけ琉
水たまりを避けながら歩いていると、琉がぽつりと呟く。
「……ごめんね。僕のせいで、また言われちゃったでしょ」
「ううん違うよ!私が勝手にやってるだけだから」
そう言った瞬間、自分の言葉に少しだけ胸がつまった。
本当に“勝手に”だろうか。
それとも――ただ放っておけないだけの、弱い性格なんだろうか。
誰かを助けるたびに、私は自分を疑ってしまう。
優しさって何なんだろう。
正しさって、どんな形をしていたっけ。
道端の街灯が反射した光が、水面で揺れている。
それがまるで自分みたいに、不安定に見えた。
男子と別れたのは、駅前の横断歩道だった。
「今日は……ほんとにありがとう。僕、嬉しかったよ」
男子は深く頭を下げ、走って雨の向こうへ消えた。
その小さな背中が見えなくなった瞬間、
胸の奥に残っていたぬくもりも同時に消えた気がした。
私はそっと息を吐く。
――どうして私は、こんなにも疲れているんだろう。
頬に触れる雨粒が、涙なのか分からなくなる。
傘の骨から落ちてくる雫が、心のどこかを打ち抜くみたいに冷たい。
ふいに、背後から声がした。
「あれぇ? さっきの“偽善者タイム”終わったのぉ?」
振り返ると、さっき嘲笑していたクラスメイトの三人がいた。
友達と並んで、わざとらしく笑っている。
「ほんとすごいよねwああいう子の味方するなんて、無理ぃ〜」
「てか、優しいアピールもういいから。ウケるんだけどwww」
笑い声が、雨音よりもはっきりと耳に刺さる。
「そんな風に誰かを卑下して何が楽しいの。自分の格を下げるだけだよ。」
「なっっ!そっちこそ一人だけ大人ぶっちゃって何が楽しいの!」
「そんなんだから独りなんだよ!」
そう言って三人は帰って行った。
私は一刻も早くこの場から離れたくて、早歩きで帰る。
歩幅を速めても、心の痛みは追いついてくる。
誰かを守るために前へ出るたび、私はひとつずつ孤立していく。
そんな感覚が、今日もまた胸を締めつけた。
家が近づくにつれて、雨脚はさらに強まった。
世界がぼやけて見える。
街灯が滲んで、ゆらゆらと揺れる。
――まるで、私の居場所はこの世界にないみたいだ。
そんな考えが、ふと頭を過った。




