序章:地球 ---“いざ、異世界へ”④
「こんにちは。旭月さんのマネージャーとなりました、鵜飼と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
深く頭を下げたその人は、年齢のわりに表情が柔らかく、声のトーンも穏やかだった。
スーツ姿なのに、どこか“現場慣れ”している空気がある。
「旭月です。よろしくお願いします」
一礼してから、私は続ける。
「早速で申し訳ないのですが……鵜飼さんに、いくつか買ってきていただきたいものがありまして。よろしいでしょうか」
「もちろんです。必要なものはすべて、こちらで手配します」
私は簡単なメモを渡す。
・筆記用具一式
・紙のノート(できれば無地)
・丈夫な紐と布
・簡易救急セット
・懐中時計
・保存のきく食料品を2週間分
・調味料
・モバイル充電3つ
・あとは……必要そうだと思ったものを、鵜飼さんの判断で
「……意外と、アナログですね」
鵜飼さんが苦笑する。
「向こうで電気があるか分からないので」
そう言うと、彼は「あぁ確かに。」と納得し、「承知しました」と静かに答えた。
準備を任せ、私は一人、街に出た。
異世界へ行く前に、どうしてもやっておきたいことがあった。
学校へ向かう道は、驚くほどいつも通りだった。
コンビニの前で笑う学生。
横断歩道で信号を待つ会社員。
空は高く、雲はのんびり流れている。
世界は、何も変わっていない。
なのに私だけが、
もう後戻りできない所へと足を踏み入れている。
校門をくぐると、何人かの視線が一斉に集まった。
昨日の会見は、当然のように知れ渡っている。
ヒソヒソとした声。
好奇の目。
期待と、疑念と、少しの羨望。
それらを全部、私は受け取らないことにした。
担任の先生には、職員室で事情を説明した。
「……大変なことになったな」
先生はそう言って、頭を掻いた。
「正直、教え子を思う気持ちからしたら、止めたい気持ちはある。でも……総理も絡んでるって言うし、なによりもう決めたことなんだろ?旭月は行動力がある。その行動力のおかげで学園の何人もの生徒が助けられてきた。そのことに、先生一同はとても感謝しているからな。そんな旭月なら大丈夫だろう。胸張って異世界救って来いよ。」
私は、ただ頷いた。
「学園に籍は残るし、進級も保証されている。困ったことがあったら、必ず戻ってこい」
「はい。週に一度は戻ってきますので、その時に、顔を出すようにしますね。」
「あぁそうしてくれ笑」
先生はそう言って私の背中を押してくれた。
教室には入らなかった。
代わりに、お昼時の静かな廊下を歩く。
あの日、雨の匂いがしていた昇降口を通り過ぎる。
すると、そこにはいつぞやに助けた男子生徒がいた。
「あ、旭月さん!よかった。 ここに居れば会えると思って。」
「どうしたの?桜庭君。」
「おめでとうを言いたくて。あと、僕たちを守っていてくれて、ありがとう。」
なんて律儀な子なんだろう。こんなにいい子を助けられていたのなら、良かったのかななんて少し心が軽くなった気がした。
「......ううん。全然。もしなんかあったら週1で帰ってくるからその時に教えてね。」
「ありがとう!じゃあ、お昼ご飯食べなきゃだから、これで!」
そう言って桜庭君は走り去っていった。




