・1-1 第9話 「見知らぬ惑星」
・1-1 第9話 「見知らぬ惑星」
多くの仲間が犠牲になって、どうにか守り抜いた十万人の乗客。
彼らを救うため、救援を求めるために太陽系に向かったメカニック・エンジニア、多比良 穣司は、長い眠りから目覚めた。
冷凍睡眠によって凍結されていた肉体が活動を再開し、酸素を求めて息苦しさを訴えかけて来る。
その本能のままに穣司は大きく息を吸い込み、そして、自身が生きているということを実感した。
少なくとも脱出艇のAIは、反乱を起こしたりはしなかったらしい。
冷凍睡眠ポッドの中で眠りに落ちたところをそのまま始末する、などということはせず、穣司を生還させるという任務を忠実に果たしてくれたようだった。
だが、様子がおかしかった。
普段であれば、内部の人間が目覚めたら自動でポッドの蓋が解放され、自由に行動できるようになるはずだ。
それなのになかなか、開かない。
(オイオイ、故障とかじゃないだろうな!? )
焦った穣司は自力で蓋をこじ開けようと、永い眠りから覚めたばかりでまだ本調子ではない身体を酷使する。
手で叩いたり、脚で蹴ったり。
幸いなことにロックが外れていたのか、その衝撃で無事に開いてくれた。
「重力が……、ある!? 」
外に這い出ようとして、驚いた。
身体が[重い]。
それは、宇宙空間でも質量は存在し、常に慣性の法則が働いているから、身体を動かそうとする際には抵抗を少なからず感じる。
だが今あるそれは、もっと重々しい。
重力が働いているのだ。
身体が冷凍睡眠から起きたばかりだから、その影響でそう感じているだけかとも思ったが、すぐにそうではないと気づく。
ポッドから上半身を乗り出すと身体が下の方向に引っ張られ、顔面を強打しないようにするために手を突かなければならなかったからだ。
「おかしいぞ……」
自分は確か、AIには、太陽系にまで到達したらそこで冷凍睡眠を解除するように、と命じたはずだ。
それなのに重力がある、ということは、人工的に重力を発生させることのできる設備を持った施設や大型艦船の内部に収容されているか、———あるいは、どこかの惑星に不時着しているか。
どちらにしても、AIは穣司の指示を守らなかった、ということになる。
脱出艇の内部は薄暗かった。
非常用の赤いライトだけが灯っており、閑散としていて寒々しい。
いくらか破損している部分が見受けられた。
ケンタウリ・ライナーⅥの崩壊に巻き込まれた際に受けたダメージなのか、それとも、現在に至るまでの間に新しく損傷を負うような出来事があったのか。
こういったことが原因で、機器になんらかの不具合が生じたのかもしれない。
そう推察した穣司は、壁に手を突き、よろめきながらコックピットへと向かった。
「……空だ」
冷凍睡眠ポッドが並んでいる区画を出ると、パイロット・シートの前面に設置されたキャノピー越しに、青い色が広がっている。
瞬時に、遠い記憶がよみがえり、幼い頃の、地球で目にした光景が頭に浮かぶ。
澄んだ、美しい青。
記憶の中にあるのと同じか、それ以上。
綺麗だった。
その色に引き寄せられるように進み、強化ガラスに顔を張り付けるようにして見上げる。
するとそこには、青以外の様々な色があった。
まず、白い雲が浮かんでいる。
そして視線を下に向けると、緑と、黒味の強い茶色。
植物に覆われて、土があり、緩やかな地形のうねりが地平線を形成している。
「木だ……。木が、生えてる」
穣司は驚きに目を丸くしながら、食い入るように見つめる。
どこかの平原にいるらしい。
そう理解できたものの呆然としていた穣司だったが、はっと何かに気づいて弾かれたようにコンソールに向かうと、急いで端末を操作して脱出艇のシステムを立ち上げた。
機能は生きている。
この艇はまだ、動いている。
すぐに電源が入り、機械音声が流れる。
≪おはようございます、ジョウジ・タヒラ一等技術士。
ご用件は、なんでしょうか? ≫
「我々の現在位置を教えてくれ。
ここは、どこなんだ?
地球か? 火星か?
オレが冷凍睡眠されている間に、いったい、何があったんだ? 」
≪少々お待ちください≫
AIはそう応答し、何かしらの計算処理を開始する。
(やけに、時間がかかるな……)
ケンタウリ・ライナーⅥに搭載されていたAIよりは能力が落ちるとはいえ、普段ならば瞬時に完了するような座標計算に数十秒もかかるのは、妙だな、と思った。
≪申し訳ございません、ジョウジ。エラーが発生しました≫
やがて聞こえてきたのは、そんなメッセージ。
操作端末上のモニターには、エラーの発生を知らせる表示が点滅している。
「エラー?
おい、エラーコードはいくつだ?
何が起こっている? 」
通常、こうしたエラーには、どのようなエラーが発生しているのかを伝えるエラーコードが設定されている。
だが、奇妙なことにその表示の部分の文字が潰れていて、判別できない。
≪回答不能≫
「なんだと? どういうことなんだ? 」
≪システムに深刻な欠損を検知しました。
現在、正常な動作ができません≫
パイロット・シートの座席の台座にしまわれていたマニュアルを取り出して問題に対処するための方法を探ろうとしていた穣司の手が、止まる。
「システムの欠損? どこかやられていたのか? 」
≪肯定。本機には損傷が生じており、そのためにシステムが正常に動作しません≫
「いつやられたんだ? どうして異常が発生した時点で、オレを起こさなかった? 」
≪不明。データメモリに大幅な欠落があり、どの時点で損傷が発生したのか、また、弊機がその当時どのような判断を下したのか、検証不能≫
「マジか……」
思わずしかめっ面を浮かべ、腕組をしてシートにもたれかかる。
太陽系に到着したら起こせ、という指示が守られなかったのも、気づいたら見知らぬ惑星に不時着していたのも、この脱出艇に生じた深刻な欠損とやらが原因だろう。
思い当たるフシはある。
ケンタウリ・ライナーⅥを脱出する際、多くの破片と衝突してしまっていたし、その影響が出ていてもおかしくはなかった。
だが、冷凍睡眠を行う前にシステムのチェックはしたはずだ。
その時にはなんの異常も見つかっていない。
「まぁ……、その時は大丈夫でも、後になって、急に……、ということは、あり得るからなぁ」
長く機械を扱って来た穣司だ。
そういった、表面的には何の問題もなかったのに、後になって急に表面化する、という事故の事例は、いくつか知っている。
「……あっ! おい、旅客区画の航路データは、大丈夫なんだろうな!? 」
そこで肝心なことを思い出して、血相を変える。
大事なのは、十万人の命だ。
穣司も、死んでいった仲間たちも、それを救うために手を尽くしたのだ。
≪該当データを表示します。
データは、九十九,八七八パーセントとの確率で正常と推定≫
なにを根拠にそんなことを言っているのかは分からなかったが、ジョウジはモニター上に表示された、ケンタウリ・ライナーⅥから分離された旅客区画の推定航跡のデータを確認してほっとしていた。
それは、冷凍睡眠に入る前の自分が確認したものと、まったく同じであったからだ。




