・0-7 第7話 「ケンタウリ・ライナーⅥ:7」
・0-7 第7話 「ケンタウリ・ライナーⅥ:7」
ケンタウリ・ライナーⅥを乗っ取ろうと反逆を開始したAIは、船長が刺し違える形で破壊された。
だがそれで、すべてが終わったわけではなかった。
AIは最期のあがきとして自身の破壊と同時に船体を一斉に分離し、生き残った穣司たちを道連れにしようとしている。
しかも、ドロイドたちは稼働を続けていた。
彼らをコントロールしていたAIは破壊されたはずだったが、そのために制御を失って、直前の命令を遂行するために暴走しているらしい。
機械人形たちが受け取っていた最後の命令。
すなわち、穣司たちを抹殺することだ。
「さっきよりも数が多くなっていやがる! 」
悪態を吐く。
当然だった。
ドロイドたちのほとんどは、穣司たちが旅客区画を手動で分離しようとするのを阻止するために差し向けられていたからだ。
こちらの行動が迅速だったためになんとか敵が集まりきる前に使命を果たすことができたが、あれから時間が経っている。
遅れてやって来たドロイドたちが殺到しつつあった。
それでも、穣司たちは進まなければならない。
船体全体の分離はすでに実行されており、徐々にバラバラに分裂しつつあるからだ。
ここに留まっていては、船体の崩壊に巻き込まれるか、そうでなくとも酸素切れで命を失う。
頼みの綱は、脱出艇。
本来は寄港地などで乗員の移動に用いられる小型の連絡艇だったが、緊急時には避難目的で使用することを想定して、数隻だけ備えつけられているものだった。
乗客の安全確保は船体からの分離で行い、残った船員たちは脱出艇で退避する。
そういう運用を目的としている。
どう進んで行けば最短経路でたどり着くのかは頭の中に入っていたが、目の前にあらわれるドロイドたちの群れを前に進むことは困難を極めていた。
それだけではなく、すでに船体が崩壊を始めている。
目の前でつながっていたはずの通路が分離し、ねじれながら破壊していく光景を目にすることとなった。
「船外に出ましょう! その方がドロイドは少ないはずだ!
もう破壊が始まっている以上、内と外も大差ないはずです! 」
「……よし! ここは、本職の言葉に従う!
みんな、しっかりついて来い!
俺の背中を見失うな! 」
ドロイドに行く手を阻まれるだけでなく、船体の崩壊にも巻き込まれる。
それだったら、船体の外側に出て、宇宙服に備わっているスラスターを利用して脱出艇まで向かった方が早い。
そう判断した穣司の言葉にコール軍曹も同意し、メカニック・エンジニアと五名の海兵は分離によって生まれた隙間から船外に飛び出していった。
外に出ると、バラバラになりつつある船体の様子がよく見て取れた。
ブロックごとに分離された構造が浮き上がり、さらに細分化されつつある。
その中に、脱出艇の姿が見える。
専用の格納庫に入れられていたのだが、分離によってその区画ごと放り出されたのだ。
「見えた!
破片に気をつけてください! 」
「わかっている!
だが、気にしている余裕もない! 」
その方向を指さし、穣司は船体を蹴り、加速をつけて、さらにスラスターを吹かす。
海兵たちがそれに続いたが、しかし、軍曹が言ったように、破片を気にかけている余力はなかった。
ヘルメットのスピーカーを通して悲鳴が轟く。
一人が船体からはがれた部材に巻き込まれて、明後日の方向に弾き飛ばされていった。
「振り返るな! 我が軍のアーマー・スーツはあの程度では破壊できん!
脱出艇を確保してから救助するぞ! 」
コール軍曹は冷徹な判断を下した。
それほど、切迫した状況と認識しているのだ。
だが、被害は立て続けに生じた。
脱出艇まであと百メートルほどという地点でさらに二人が崩落に巻き込まれて救助を考える間もなく姿を消し、そして、もう二十メートル、という地点で、一人がドロイドに捕まった。
「くそっ! こんなところにまでっ! 」
「戻るな!
エンジニア、君はとにかく、脱出艇を確保しろ! 」
これ以上は仲間を失いたくないと立ち止まった穣司を、コール軍曹が突き飛ばすように押し出す。
そして、彼自身は振り返り、ドロイドたちを素早く撃ち抜いて部下を救出しに向かって行った。
「軍曹! 早く! 」
脱出艇に到着してそのハッチを開き、中に乗り込んだ穣司は、二人を迎え入れるために扉の縁をつかみながら身を乗り出して手招きをする。
コール軍曹は最後の部下を抱えて船体を蹴り、こちらへ向かおうとしたが、しかし、その足を別のドロイドがつかんだ。
まるで、地獄の底から這い出して来た亡者のようだ。
穣司たちに反逆を阻止されたAIの怨念がこもっているかのように崩壊が進む船体から機械人形たちが押し寄せてきている。
コール軍曹は素早く自身の足をつかんだドロイドをレーザーライフルで撃ち抜いたが、しかし、すぐにまた別の手がつかんで来る。
それも撃退しようとしたが、———できない。
エネルギー切れだった。
「ええい、こんな時に! 」
まさしく最悪のタイミングでただの鈍器になり果てた銃をドロイドに叩きつけると、軍曹は抱えていた部下を穣司に向かって押し出しながら、叫ぶ。
「こちらのことはいい!
君たちは、脱出しろ! 」
「しかし、軍曹! 」
「振り返るな!
そして必ず、地球に連絡するんだ!
十万人の乗客の命を守れ!
それが、最優先事項だ!
忘れるな!
使命を、果たせェッ!!! 」
押し出された兵士が悲鳴のような声をあげたが、軍曹の意志は揺るがない。
「このっ、機械どもめ!
この俺が相手だ! 」
彼は、穣司たちの脱出を支援するための囮になることを決心しているのだろう。
雄叫びをあげながら、つかみかかって来る無数のドロイドたちに立ち向かって行く。
「もう少し! もう少しだ、頑張れ! 」
穣司は必死に、軍曹が押し出した兵士の手を取ろうと自身の手を伸ばしていた。
助けられるのならば、一人でも多くを助けたい。
その一心だ。
だが、もう少しで両者の手が触れようという瞬間。
ヘルメットの中に、恐怖と仲間を失った悲しみ、そして生還への希望で、泣き笑いの表情になっている若い海兵の顔が見えた瞬間。
大きな破壊が起こる。
そして穣司も、彼が乗り込んだ脱出艇も、もう少しで助けることができそうだった海兵も、飛び散った破片の濁流にのみ込まれていった。




