・4-5 第44話 「ハスジロー、見参! 2」
コハクの兄だというケモミミ、ハスキー耳のハスジローは、人間を悪だと決めつけ、襲いかかって来た。
まだ混乱状態から抜けきっていなかった穣司だったが、少しは立ち直っており、咄嗟に回避行動をとる。
「うォッ!? 危ないな、オイっ! 」
「コラっ! 避けるな!! 」
振り下ろされた鉄パイプをかわし、後ろに下がって距離を取ろうとするが、ハスジローは怒りをあらわにしたまま追撃を加えて来る。
力任せに振り回される得物が、風を切ってブンブンと音を発した。
「やっ、やめて!
やめてよ、兄さんっ!!! 」
コハクが必死に止めようと叫ぶが、通じない。
端から人間を悪と決めつけ、妹も騙されているのだと思い込んでいるから、聞く耳を持ってくれないのだ。
逃げ続けながらなんとかこの状況を脱しようと考えるが、———さすがに、素手では分が悪すぎる。
ハスジローは、振り回し方は雑だったが、使い慣れてはいるのだろう。
鉄パイプの間合いではあるが、こちらからは手出しをできない距離をうまく保ちながら攻撃をくり返している。
剣のような刃物ではないから、受け止められないか、とも思った。
だがすぐにやめておいた方がいいと気づく。
勢いよく振り回される鉄の塊を素手でつかもうとすれば、そのまま骨を砕かれてしまいそうだったからだ。
相手が冷静になってくれるまで逃げ続けるしかない。
そう覚悟を固めた瞬間、穣司は、自分の脚がなにかに取られ、身体のバランスが崩れるのを察知する。
(しまったっ!? )
埋まっていた石かなにかに足を取られたのだろう。
そしてその瞬間を、ハスジローは見逃さない。
「くらえっ! 」
両手で鉄パイプを握り、振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろそうとする。
この一撃で、穣司を倒すつもりなのだ。
たかが鉄パイプ、といっても、立派な鈍器だった。
当たり所が悪ければ当たり前のように骨折をし、頭にでも当たれば頭蓋骨を割られ、致命傷にもなりかねない。
「だ、だめぇっ! 」「危ないっ!! 」
コハクが血相を変えてなりふり構わず止めようと駆け出し、ヒメが顔面を蒼白にして息を飲み込んだ瞬間。
「どりゃぁぁぁぁぁっ!!! 」
誰よりも早く、力強い雄叫びをあげながら駆けつけてくれたのは、平原一の力持ちこと、馬耳のディルクだった。
脚で強く地面を蹴り上げ、抜群のパワーで瞬発力を発揮した彼女は、わずかな時間でハスジローの斜め後ろから突進。
そのままの勢いでハスジローにタックルをぶちかましていた。
「ぎゃいん!? 」
これでトドメだ、とばかりに穣司にばかり気を取られていたハスキー耳の青年は、その一撃をもろに受けた。
なんというか、それはもはや、交通事故だった。
何十キロもの重さがある物体が、推定で人間の全力疾走よりも速い速度でぶつかって来たのだ。
ハスジローはその衝撃で文字通り跳ね飛ばされ、身体が宙を舞う。
そうして数メートルも吹っ飛んだ後、ドサッ、と落っこちた。
ちょうど耕した後で柔らかくなっていた場所に落下したのは、不幸中の幸いだっただろう。
「ディルクさん、た、助かったよ! 」
「ふ、ふぃ~、間に合ってよかった~。
どういたしまして! 」
鉄パイプで殴られずに済んだ。
そのことに二人とも安堵して笑いあう。
「お兄ちゃん! しっかりして! 」
だが、すぐにコハクのその悲鳴で我に返っていた。
柴犬耳の少女が駆けて行ってハスジローに呼びかけたが、しかし、彼はピクリとも動かない。
「あっ、あわわわわわっ!? 」
みるみるうちに、ディルクの表情が青ざめて行った。
「たっ、たたたたっ、大変っ!?
も、もしかしてボク、やり過ぎちゃった!? 」
緊急事態だったため全力でタックルをしたのだが、少々威力が大き過ぎたのかもしれない。
慌てて全員で倒れている青年に駆けより、容態を確かめる。
「……大丈夫だ。息はしてる。
気絶しているだけだろう」
口の辺りに手をかざし、呼吸をしていることを確かめた穣司がそう言うと、三人のケモミミたちはほっとして吐息を漏らしていた。
「よ、よかった~っ!」
よほど心配だったのか、コハクなどは腰が抜けて、その場にへなへなとへたり込んでしまうほどだった。
「でも、どうするの? 」
やや冷静な口調でこの場にいる全員の顔を見渡し、ヒメがそう問いかける。
「この人、コハクのお兄さんみたいだけど……。
多分、目覚めたらまた、暴れるんじゃないかしら? 」
「そうだな……。多分、そうなるよなぁ……」
気絶したために大人しくはなったが、ハスジローの認識は「穣司は悪者だ」というもののままだ。
おそらく目を覚ました瞬間、また襲いかかって来るだろうし、それを説得するのは大層骨が折れそうだ。
「ねぇ、ジョウジ。縄みたいなものってある? 」
「縄?
ないけど、まぁ、作ろうと思えばすぐにできるはずだ。植物の繊維は余っているし……。
それをどう使うんだ? 」
「それでね、この人をグルグル巻きにしておくの。
そうすれば、起きても暴れられないでしょう?
その間に、ジョウジが危ない人じゃないって説明するの」
「や、やだよっ、そんなのっ! 」
拘束するのもやむを得ない、と思ったものの、コハクが猛反対する。
「兄さんにそんなことをするなんて!
かわいそうだよ! 」
「う~ん、そうは言うものの、なぁ……。
また暴れられても困るし」
身内を縄でぐるぐる巻きにしたくないという意見は尊重したいものの、他に良い案も浮かばず、穣司はどうしたものかと悩んでしまう。
「あのぅ……、ここは、コハクちゃんにお任せするのは、どうかな? 」
その時、少々強く当たり過ぎてしまったことを後悔しているのかいつもよりも控えめにディルクが挙手をする。
「というと? 」
「脱出艇の中って、いくつかの部屋に分かれているでしょう?
で、その中のひとつにハスジローさんを運び込んで、コハクちゃんに看病してもらうの。
目を覚ました時、とりあえず二人だけなら、この人も暴れたりはしないんじゃないかな?
そこで落ち着いて、コハクちゃんから本当のことを説明してもらうの。
そうすれば、ちゃんと分かってもらえないかなって」
「……なるほど」
これが一番、穏当な手段であるように思えた。
(鉄パイプの出所も、教えてもらいたいしな……)
穣司としては、それが一番知りたい。
そのためにはやはり、まっとうに話し合える状態になっているのが望ましい。
「ここは、ディルクさんの提案が一番良さそうだと思うが……。
コハク、ハスジローさんの説得、やれそうか? 」
「……うん!
大丈夫、ハスジロー兄さんなら、きっと分かってくれるよ! 」
問いかけると、やる気に満ちた、力強い答えが返って来た。




