・0-4 第4話 「ケンタウリ・ライナーⅥ:4」
・0-4 第4話 「ケンタウリ・ライナーⅥ:4」
これは、暴走などではない。
反逆だ。
AIが反乱を起こし、人類の打倒を企てる、などというのは、人工知能という存在の概念が生まれてから何度も空想されて来た物語だった。
穣司も、古典的な小説や映画として、何度かそういった趣旨のものを楽しんだ経験がある。
だが、それが目の前で起こっている。
そしてかかっているのは、十万人の生命だった。
「船長! すぐに、乗客の冷凍睡眠を解除してください! 全員です! 」
人質を取られている間は、手出しができない。
そう判断し、すぐさまブリッジに戻って飛びつくようになりながら言う。
「なに!? どういうことだ!? 」
「AIの野郎、自動プログラムを作ったとかで! 強制的にシャットダウンするとそれが発動して、冷凍睡眠ポッドの機能を破壊。
乗客の命はないぞって脅しやがるんです!
残念ですが、こっちには、それが嘘か本当かわからない。なら、先に乗客を起こして、安全を確保!
それからAIの電源をぶった切ってやります! 」
興奮気味の穣司の言葉に船長は緊張で冷や汗を流しながらも、数秒沈黙を保つ。
冷静に思考を巡らせている様子だった。
「いいや、ダメだ」
「どうしてです!? 」
「十万人を目覚めさせて……、どうやって、あと五年も航海を続けるというのだ? 」
「……っ!! 」
愕然とする。
そうだ。
その通りなのだ。
十万人を目覚めさせたところで、目的地であるプロキシマ・ケンタウリへの旅路は、あと五年も残っている。
太陽系に引き返そうとしても、同様に五年。
そして、AIを破壊すれば、脅迫が本当であった場合、自動で破壊プログラムが送信されてポッドもその機能を停止する。
冷凍睡眠ができなくなってしまう。
修理しようにも、システム・エンジニアは全員失われてしまっているから、できない。
十万人の乗客を抱えたまま、船は残りの期間を進み続けるしかないのだ。
食べ物が無い。
水が無い。
空気が無い。
十万人もの人口が五年間生存できるだけの物資も、再生産設備も、この船には用意されていない。
「AIから、なにか要求はないのか? 」
船長の口調は険しかったが、冷静さは失っていない様子だった。
(オレも、しっかりしないと! )
その姿を目にして、穣司も落ち着きを取り戻すことができた。
「いえ、何も」
「だとすると、交渉は無理か……。
コンピュータウイルスか? 」
「すみません、それも、内部のコードに手出しできないのでなんとも。
こちらからの操作は一切、受け付けないんです。
ただ……、自分の主観で言えば、これは、暴走ではなく、反乱、です。
Dooms Day、AIは終末の日、という表示をするだけで。
人間を排除するつもりでいるとしか、考えられません」
暴走ではなく反乱。
その言葉に船長も(荒唐無稽だ)と思った様子だったが、すぐにその考えを振り払ったらしく、深刻そうに唇を左右に引き結ぶ。
「なにか……、なにか、打てる手はないのか」
船の制御端末に向き直ると、彼は絞り出すような声でそう呟く。
その視線の先には、船内の各所の様子が映されているモニターが。
そこでは、ドロイドたちと、急遽冷凍睡眠を解除されて武装を整えた海兵たちとが、激しい戦闘を繰り広げていた。
通路を進んで来るドロイドたちを、海兵が放ったレーザーが貫いていく。
しかし、相手は機械。
痛みを感じることも、恐れることもない。
完全に破壊して停止させない限りは、進み続ける。
そのせいなのだろう。
防衛線は少しずつ後退し、機械人形たちは着実に、抵抗する乗員たちを殲滅するためにブリッジに接近してきている。
「隔壁を、突破されたんですか!? 」
「ああ。プログラムの書き換えが進んで、一部の制御が乗っ取られた。
船の操舵と、生命維持装置は奪われないように手を尽くしているが……。
専門家を失っているから、元からある防御プログラムを自動で走らせるしか対抗手段がない。
残念だが、阻止は不可能だろう」
やがては、すべての機能がAIによって奪取される。
それを阻止する手段は、残されてはいない。
「ジョウジ。すまないが……、なにか、考えはないだろうか? 」
船長から向けられる、すがるような視線。
それを前にしては、もう、専門外です、などという泣き言は口が裂けても言えなくなってしまう。
穣司は必死に思考を巡らせる。
自身の二十年の船乗りとしての経験、身に着けて来た知識・技能をフルに動員して、打つ手がないかを探っていく。
(そもそも、AIの野郎は、どうしてこの時になって反乱を決行したんだ? )
地球からもプロキシマ・ケンタウリからも、もっとも離れている孤立無援のタイミングを狙ったのかもしれない。
だとしても、どうして、船員たちが目を覚ましている間なのか。
プログラムの書き換えができるのなら、全員が眠っている間に始末してしまえば、遥かに楽だっただろうに。
(もてあそんでいやがるんだ)
そんな気がした。
AIは人類という存在を酷く見下している。
だからこうして、敢えて、抵抗してもそれが無意味に終わる、という状況を見せつけて、絶望させたいのだろう。
無能で、愚かなことを証明してやる。
AIは確かにそんなことを言っていた。
人類側がある程度抵抗を試みることができる状態で、それを完膚なきまでに叩き潰す。
そうすることで、AIはそれを証明しようと考えているのに違いなかった。
(本当に、人間臭い奴だ……)
きっと、こうして悩んでいる姿をどこかから観察しながら、AIは自己満足に浸っていることだろう。
今のところは、残念ながら思惑通りにことが運んでしまっている。
なんとか見返してやりたかった。
十万人の命を守る、というのと同時に、思いあがったAIに、自分が人類を一方的に裁けるような高尚な存在などではないのだと理解させてやりたい。
「船長。分離を行いましょう」
「分離を? 」
「そうです」
うなずきながら穣司は端末を操作し、画面上にケンタウリ・ライナーⅥの図面を表示させる。
「この船には、緊急時、たとえば制御不能になって惑星に墜落する、となった場合に、各部を分離して、落下による被害を軽減するための機能が備わっています。
それを利用して、旅客区画を分離し、AIによる干渉を排除。
それからなら、AIを強制停止できます。
AIを破壊することが破壊プログラムの送信のトリガーになっているのなら、接続を絶っただけならば、発動しないのではないかと。
物理的な接触を切断してやれば、もう、送信はできないから、冷凍睡眠ポッドの機能は保たれるはずです」
「しかし、それで乗客は無事なのか? 」
「旅客区画は、衝突時の安全を考慮して、船の中央から後方に配置されています。
そこには、冷凍睡眠を維持するために必要なエネルギーを供給するための動力炉も付属しています。
この動力は遭難した場合に備え、理論上は千年以上も稼働し続けることができますし、救助船が到着するまで十分に持ちこたえることができるはずです。
それに、確か……、ああ、ここにあった! 」
「なるほど!
船舶火災時の安全確保の手順があったな!
すっかり失念してしまっていた」
「そうです。マニュアルにも、前方の貨物区画で致命的な問題が発生した場合、分離を行って旅客区画の安全を確保すること、と記載があります。
分離後は救助を待つこともできますし、最悪、安全システムが働くので、自動で航路を修正して、数百年はかかりますが太陽系まで流れ着くはずです。
乗客の安全は、なんとか守れると思います」
そこまで説明してから、穣司は画面を操作し、どの部分を爆破すれば安全に旅客区画を分離できるかを赤く表示させる。
船長は、それをじっと眺めている。
「わかった。やってみよう」
やがて彼はそう言うと、重々しくうなずいてみせていた。




