・2-2 第21話 「腐葉土を探せ」
・2-2 第21話 「腐葉土を探せ」
水分を与える量を増やしたことで、作物の成長の度合いは格段に改善されつつある。
カブも、中身がスポンジのようにスカスカだったのが、瑞々しい実が詰まって、ひとつひとつが重くなってきている。
だが、まだまだ十分とは言えなかった。
携帯情報端末のセンサーを使って栄養価を調べてみると、内容はほとんど水分で、食べてもあまり腹の足しにならないし、美味しくもない。
水は必要なだけ与えている。
日照時間は十分にあるので、日光も不足はしていないはずだ。
だとすれば、穣司が思いつくのは、後は土壌を改良する、ということだけだった。
植物の成長には土壌に含まれる様々な栄養分が必要になる。
チッソやリン酸、カリウムなどの成分が適切に含まれていなければ、うまく成長してはくれない。
この辺りの土壌は瘦せていて、そういったものが乏しかった。
どうやら作物だけでなく他の植物も成長が早いらしく、土中の養分の消費が激しいためになにも手を加えていないとどんどん状態が悪化していくようなのだ。
一見豊かに植物が生い茂っている草原に見えるのだが、そういう痩せた土地でも育つものが生き残っているだけで、決して農耕に適した土壌ではかった。
穣司が欲している、食用になって、しかも美味しい作物を育てるためにはもっともっと、工夫をしてやらなければならない。
そのために思いついたのは、腐葉土を畑に加えることだった。
落葉広葉樹林が毎年落とす葉が堆積し、土中に暮らす虫や菌類などによって分解、発酵されたそれは、今、畑の作物が欲している養分を豊富に蓄えている。
それを十分な量与えてやればきっと、しっかりと実が詰まっていて、栄養豊富で、しかも美味しい作物を育てることができるはずだ。
「ふようど? それって、なぁに? 」
「ああ。それはね……」
腐葉土を探しに行こう、と提案するとコハクは首を傾げたので簡単に説明してやると、思い当たる場所があるのか、彼女はすぐに笑顔になってうなずいてみせた。
「うん!
それなら知ってるよ~!
森に行けば、たっくさん、手に入ると思う! 」
この辺りにも林は点在しているのだが、どうやらそこでは十分な量は手に入りそうになかった。
木々の数が少な過ぎて堆積する落ち葉の量が足りないのか、あまり質の良い腐葉土はない。
だが、豊かな、深い森であればきっと手に入るだろう。
そしてその森の場所に、コハクは心当たりがある様子だった。
そのことにほっとしつつも、———穣司は一瞬、躊躇する。
以前、森の場所をたずねようとしたら、彼女にはずいぶん警戒されてしまったからだ。
なぜなら、そこに住処があるから。
危険かもしれない人間には、教えられない。
そういうことがあったのだ。
「それで、その……。
コハク、オレを森まで、案内してもらえるかい? 」
迷いはしたものの、結局はそうたずねていた。
食料の安定した生産体制を確立しない限りは、遭難している十万人の乗客を救うという使命を果たすことができないからだ。
「えっ?
うん、いいよ~? 」
返って来たのは、あっさりとした答え。
むしろ、なんでそんなに聞きづらそうにしているの? と、怪訝そうにコハクは首を傾げている。
「いや、だって……。
前に聞いた時は、すごく、怒っただろう? 」
「……あ!
あ~、あの時はごめんね~、ジョウジ。
でも、もう大丈夫だよ!
だって、ジョウジはいい人間さんだって、ちゃんとわかったから! 」
どやらコハクはすっかり警戒心を解いてくれているらしい。
そのことに安心し、嬉しくなった穣司は、「それなら、そういうことでよろしく」とうなずいて、二人で手分けをして遠出の準備を始めた。
「なぁ、コハク。森まではどのくらいかかるんだい?
今日中に往復できそうかな? 」
「うん! できると思うよ~。
朝に出かけて歩いて行けば、太陽が一番高いトコロに登るよりも少し早くにつけるから」
(だとすると、片道で三、四時間、というくらいか)
朝を六時か七時ごろだとして、正午より少し早くに到着できるとすると、コハクの家がある森と穣司の脱出艇がある場所の間は、三から四時間で歩いて行ける距離に違いない。
ケモミミの無理のない歩行速度が人間と同じで時速四キロメートル程度と仮定すると、十二から十六キロメートルほど離れている、ということになる。
(なるほど。ここからだと見えないはずだし、往復するのが大変なはずだ)
いろいろと合点がいく。
穣司も脱出艇の周囲をいろいろ探索し、半径数キロメートルほどの範囲の探索は済ませているが、それだけでは森までは届かない。
平原といってもまっ平ではなく緩やかな地形のうねりもあるから、地平線に隠されて森を発見することができなかったのだろう。
そして、歩いて行くのは不可能ではないが、けっこう遠い、というか手間だ。
コハクがしばらく家に帰らず、この辺りで野宿していた理由だろう。
「なら、久しぶりにコイツの出番か」
少なくない距離を歩く。
しかも、帰りには腐葉土をたっぷりと背負って帰って来なければならない。
そのことを知った穣司は、この惑星に不時着した時に脱ぎ捨てて以来、今の自分にできる簡単な修理だけをして保管していた宇宙服に手を伸ばしていた。
生存のために気密を保つ必要などなかったが、それには動力がついている。
いわゆるパワードスーツというもので、これがあれば何キロメートルも楽に歩くことができるし、生身では持ち運べない量の腐葉土も持ち帰ることができるだろう。
「うわっ、なにそれっ!?
に、人間さんの、毛皮っ!? 」
ラックから取り出されたメカメカしい、人間の形をした物体を目にしてなにを勘違いしたのか、コハクが表情を青ざめさせて怯える。
思わず、吹き出すように笑ってしまった。
「ぷっ、あっはっは!
これは、宇宙服さ。人間の毛皮なんかじゃないよ」
「うちゅう、ふく? 」
「……えっとな。宇宙だと空気が無くて、息ができないから、こういう宇宙服を着なくちゃいけないんだ」
「へ、へ~?
な、なんだかよくわからないけど、す、凄い、んだね? 」
まだ若干表情を引きつらせてはいるものの、とりあえず道具の一種で他の人間からはぎ取ったものではないのだと理解してくれたらしい。
「まぁ、見てなって。
すっごい役に立つんだから」
そんな彼女に不慣れなウインクをして見せると、穣司はさっそく、宇宙服を着用した。




