・1-8 第16話 「なにしてるの? 」
・1-8 第16話 「なにしてるの? 」
この惑星には、自分以外にも知的生命体がいる。
外観は、ほとんど人間。
だけど、可愛らしいもふもふの耳と尻尾が生えている。
柴犬耳のコハクと出会ってから、数日が過ぎていた。
そうなるといいなとは思っていたのだが、どうやら彼女から一定の信頼を勝ち取ることができたらしい。
あれからも度々、姿をあらわしてくれていた。
「ねぇ、人間さん。
今は、なにしてるの? 」
いつの間にかやって来ては、興味を持ったことについてそうやってたずねて来る。
それに答えてやると、満足して遠ざかっていく。
だが、近くにはいる。
穣司のことを危険な存在とはもう考えてはいない様子だったが、人間、という存在についてはまだ、信じ切れていないらしい。
距離を取って、どこかからじっとこちらの様子をうかがっている。
そうして、興味を持った事柄があると姿をあらわして、「なにしてるの? 」とたずねて来るのだ。
警戒心と独立心が強いが、同時に、好奇心もかなり強い。
そうやって会話をくり返す内に、新たに分かったこともある。
まず、コハクたちは、自分たちのように動物的なふさふさの耳と尻尾を持った獣人のことを[ケモミミ]と通称している、ということ。
そしてその種類は多様なものであり、柴犬耳もいれば、別の種類の犬耳もいるし、猫耳だとか、馬耳だとか、さまざまなケモミミたちがいる。
「会ってみたいなぁ」
「う~ん……。難しいと思うなぁ。
だって、やっぱりみんな、人間のことを怖がってるから」
もっといろいろな話が聞き出せるかもしれないし、第一、他にもこんな風に可愛らしい獣人がいるのなら、仲良くなってみたい。
そう思ったのだが、コハクは残念そうに首を振るだけだった。
人間は、怖い存在。
そのイメージはケモミミたちの間に根強く浸透しており、相変わらず避けられているらしい。
コハクは、彼女自身が望んだ時は割と近くまで寄って来てくれるようになったのだが。
今のところは、それだけが唯一のケモミミたちとのつながりとなっている。
ちなみに、スキンシップについては断固拒否、といった具合だ。
一度近くまで来てくれた時に思わず頭をなでようとしてしまったのだが、激しく威嚇され、その後しばらくはまた用心深く距離を取るようになってしまった。
「なかなか、うまくいかないもんだなぁ……」
つかず離れず、慣れ合わず、といった具合のコハクの気配を今日も感じつつ、穣司は農作業にいそしんでいるのだが、あまり成功しているとは言えなかった。
収穫してみたら実がスポンジみたいにスカスカだったカブに続いて、ジャガイモ、ニンジンと、外見は成熟した様子だったのだが、どちらもうまく行っていない。
ジャガイモはビー玉くらいの大きさでしかなく、ニンジンはやせ細ってひょろひょろ、食べられる部分があまりにも少なくて、しかも味が悪い。
「あっ。柔らかい。
いつも食べてるのよりは、美味しいかも」
それなのに、意外なことにコハクには好評だった。
焚火をして調理をしている所にいつものように「なにしてるの? 」とやってきた彼女に、自分で食べ物を作ろうとしていること、そしてこれは料理をしているのだと教えた後、「よかったら、食べてみるかい? 」とゆでたジャガイモを分けてみたら、こんな反応が返って来たのだ。
「そうなの? これ、美味しいの? 」
「うん。ほくほくしてて、柔らかくて食べやすいし」
「コハクさんたちって、普段はなにを食べているんだい? 」
「辺りに生えてる、食べられそうな植物とか、木の実とかだよ? 」
「どんな料理とかするの? 」
「りょうり? りょうりって、な~に? 」
「こうやって、火を使って熱を加えたり、いろいろ味付けをしたりして、もっと美味しく食べられるようにすることさ」
身に着けている衣服だけは、妙に文明的なのに。
まさかその辺りで採集したものを生のまま食べているのかと思ったのだが、どうやら本当にそうらしい。
料理、という概念どころか、火を使う、という発想さえ持っていないらしかった。
「へ~! 人間さんって、凄いことするんだね! 」
火を使って熱を通すことで大抵のものは柔らかくなって食べやすくなる、と説明すると、コハクは感銘を受けた様子で目を輝かせていた。
「今度、わたしもやってみようかな~」
「あ、でも、気をつけないとダメだぞ?
なにかに燃え移ったら、火事になっちゃうからな」
「うん、知ってるよ~。
前にね、森が火事になって、大変だったから」
「へ~。森があるのか。
どっちの方角? 」
「うん、えっとね。……あっ!
ダメダメ、教えないよ! 」
にこやかに世間話をしていたつもりだったのだが、ケモミミの少女は急に怒り出す。
(ははぁん、なるほど……)
おそらく、以前から秘密にしているコハクの家、というのはきっと、森にあるのだろう。
だからその方角を隠しておこうとしているのに違いない。
そのことに穣司は気づいたが、黙っている。
せっかくこうやって気軽に話せるようになってきたところなのに、また、変に警戒されるようになってしまうのは嫌だったからだ。
コハクはこの惑星で初めて対話可能になった貴重な住人である、というだけではない。
脱出艇のAI以外とはまともに話し相手さえいない、たった一人の孤独な生存の中で、こうやって話ができる相手がいることは穣司にとってありがたいこと、救いであったからだ。
「そっか~。残念だなぁ~。
それより、ホラ、もうひとつ食べるかい? 」
「う、うん。もらう」
自分はまだまだの出来だと思うのだが、喜んでもらえるのなら嬉しい。
そう思ってもうひとつゆでたジャガイモをスプーンですくって差し出すと、少し申し訳なさそうな顔になったコハクは、それでも遠慮することなくそれを頬張った。
「あっふ、あっふ」
少し熱かったのか口の中で覚ましながら咀嚼し、こくん、と飲み込むと、少女はしばらくの間じっと、穣司のことを見つめて来る。
「なんだい? もうひとつ欲しいのかい? 」
「えっと、ち、違うよ! もう、十分にもらったから」
まだ食べ足りないのかと思ったが、違うらしい。
ブンブンと首を大きく左右に振ると、コハクは躊躇いがちにたずねて来る。
「ねぇ、人間さん。
もしかして、人間さんって、いい人間さんなの? 」
「えっ? オレが? 」
そのストレートな物言いに、きょとん、としてしまう。
———数秒して、穣司は吹き出すように笑い出していた。
「ぷふっ! はははっ!
そうさ、オレはいい人間さ!
やっと分かってくれたのかい? 」
するとコハクは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「まだ、信用したわけじゃないんだからね! 」
ツン、とした態度。
それでも確実に距離感は近づいている。
そのことを実感できて、穣司は嬉しかった。




