・1-5 第13話 「未知との遭遇:1」
・1-5 第13話 「未知との遭遇:1」
今日の昼食にと用意してあった非常用の携帯食料。
それが、なくなっている。
代わりに聞こえてきたのは、カリカリ、カリカリ、と、何かをかじっているような音。
ちょうど、なくなったブロックタイプの携帯食糧を食べる時も、そんな音がする。
何者かが食料を盗み食いしている。
この場合は、自身の昼食を奪われたことよりも、[何者か]がいる、ということの方が重要であった。
この星に、多くの生命体が息づいていることはすでに確認している。
だが、奇妙なことにこれまで出会ったことは一度もなかった。
周辺を探索していた時も、植物を採集していた時も、畑を作っていた時も。
見える範囲で動く動物などを見かけたことがない。
脱出艇のセンサーは確かに、動く物体が複数存在していることを検知しているのに。
まるで穣司のことを恐れ、避けているかのように、少しも姿を見せないのだ。
その、謎に満ちたこの惑星の生命体。
それと初めて遭遇することになるかもしれない。
期待と、興奮。
怖れと、不安。
そういった感情を胸に抱きながら、銃を素人なりの恰好でかまえ、ゆっくりと脱出艇を回り込んでいく。
そして、そっと顔を出してみて、———驚いた。
そこにいたのは、一人の、人間の少女に見えたからだ。
(いや……、ちょっと、おかしい、か? )
だが、すぐにそう思い直す。
なぜなら彼女には、ふさふさとした獣耳と、尻尾があったからだ。
だから、誰か、ではなく、[なにか]。
その存在をどう呼んでいいのか、まだわからない。
(柴犬……? )
地球で暮らしていたころ、養育施設で飼育されていた愛嬌のある家族のことを思い出す。
キツネを思わせる明るい茶色の髪の中からピンと立った角の丸い三角形の耳。
そして腰のあたりにはくるんと丸まった、ふかふかとしていていかにも触り心地が良さそうな尻尾が生えている。
見た目は、少女。
衣服まで身に着けている。
しかし、その身体には柴犬を想起せざるを得ない特徴が備わっていた。
(ケモ度、レベル一、っていうくらいか)
穣司は、冷静にそう目の前にいる存在のケモ度を分析し、思わず銃口を下ろしていた。
なぜならその未知の存在からは、まったく、危険性を感じなかったからだ。
相手はこちらの接近にまるで気がついていない。
背中を向けている、というのもあるのだが、どうやら携帯食料を食べることに夢中な様子。
「おいしい……! おいしいおいしい、おいしいっ! 」
感極まった感想が漏れ聞こえて来る。
(言葉が、通じる……? )
それが自分でも知っている言語、宇宙開発時代に突入した人類社会でもっとも頻繁に用いられていた共通言語のひとつであると瞬時に理解し、戸惑う。
おかしいのだ。
とても地球とよく似た、だが、地球とは思えない、まるで文明が発達しなかった世界線の、異世界のような場所で。
見たこともない、ケモミミの少女が。
自分も[知っている]言語を話している。
あまりにもちぐはぐで、意味が分からない。
(やっぱり、ここって地球なのか? )
まさか、と思いつつも、そんなことはないだろう、と切り捨てて考えていた可能性がまた頭をよぎった。
———その時だ。
穣司の足元でバキッ、と物音がする。
どうやら無意識のうちに足が少女の方に向いていて、不用意に踏み出した瞬間にそこに落ちていた植物の茎かなにかを踏んづけてしまったらしい。
こちらに背中を向けていた少女が、ハッ、として顔をあげる。
耳がピクピクと、せわしなく動いている。
どうやらどこから物音が聞こえたのかを必死に探っている様子だった。
(視覚よりも、聴覚なのか)
ますます、犬っぽい、
犬は嗅覚が特に優れていることで有名だったが、聴覚も人間より優れているという。
その代わり、視力はそこまで良くはない。
だからああして、不審な物音を探知すると、耳を使って状況を探ろうとする。
彼女が自発的にこちらに気づくのを待とうかとも思ったが、穣司は口を開いていた。
この惑星で初めて出会った、しかも意思疎通の出来そうな存在と、早く話をしてみたいと思ったからだ。
「あの」
「うわっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!? 」
声をかけた瞬間、悲鳴が上がる。
ケモミミの少女は文字通り飛び上がり、それから音のした方を、つまりは背後を振り返って、そこに穣司が立っていたことを認識して身動きを止めた。
固まっている。
よほど驚いたのだろう。
食べかけの携帯食料を握りしめたまま、呆然とした様子でじっとこちらを見つめて来る。
穣司も彼女との遭遇に驚いていたが、やや冷静だった。
その姿からはやはり敵意とか危険といったものは感じなかったし、なにより、愛らしいと思ってしまったからだ。
(やっぱり、柴犬っぽいな~)
ミディアムほどの長さで毛先の跳ねた快活な印象の髪は、表側が茶色、裏側が白というツートンカラーで、柴犬と同じ。前髪の一部に白い斑点があり、太い眉毛のようになっているのが可愛らしい。
見開かれた双眸は優しそうでもあり、勇敢そうでもある印象だ。
身長は百六十センチメートル前後。
年齢は、人間で言えば十代の半ばくらいだろうか。
二人はしばらくの間、身動きを止めたまま見つめ合う。
動くに、動けない。
そんな感覚だ。
動けなくなってしまったのは最初、驚いて咄嗟にどう反応して良いのか分からなかったためだった。
だがすでに最初の衝撃は薄れ、互いに相手の出方をうかがっている、というフェーズに移行している。
もし、どちらかが動きを見せれば、一気に状況が変わる。
先にこの膠着状態を破ろうとしたのは、穣司だった。
「初めまして。オレの名前は」
「こっ、来ないでっ! ……く、来るなッ!!! 」
まずは自己紹介をしてこちらに危害を加えるつもりがないということを明らかにしようとしたのだが、あからさまに警戒される。
柴犬耳の少女は叫ぶように言うと、やや姿勢を低くし、手を前に突き出し、犬歯をむき出しにして穣司のことを睨みつけながら唸り始める。
「うぅぅぅぅぅぅぅ~っ!!! ぐるるるる~っ!!! 」
それ以上近づいたら、容赦なく襲いかかる。
そういった態度だ。
だが、妙に緊張感がない。
おそらくは、この期に及んでもしっかりと食べかけの携帯食料を手放さずに握りしめているからだろう。
(食い意地が張ってんな)
自分の獲得した食べ物を返したくないから威嚇はするが、本当に戦いたいわけではない。
そういうところだろう。
「まぁまぁ、落ち着いてくれって。別に、取られた食べ物を奪い返したいわけじゃないんだ」
銃口は下げたまま、空いている方の手もなにもするつもりがないと示すために手の平を向けながら、一歩を踏み出そうとする。
「来るなって言ってるでしょ! 来たら、噛みついちゃうからねっ!!! 」
しかし少女はより一層、警戒心をあらわにするだけだ。
もしこのまま近づこうとしたら、本当に襲いかかってくるかもしれない。
(ふむ。……花より団子、といこうか)
その様子を観察していた穣司は、一計を案じる。
「よぅし、わかった! これ以上は近づかない」
「そうだよ! そのまま動かないで! 」
「ついでに、お近づきのしるしに、もう一本、携帯食料をあげよう」
「……。えっ? 」
「その手に持っている奴と、同じ奴を、もう一本」
「……。くれる、の? 」
少女はその言葉に揺らぎながらも、そんなに美味しい話があるものか、と疑っている様子で、ちらちらとこちらの顔色をうかがっている。
(もう一息だな)
そのあまりの素直さというか、ちょろさに内心で苦笑しつつ、穣司は左手の指を三本、立てて見せた。
「特別サービスだ! 三本あげちゃう! 」
「……っ、本当に!? 」
「本当、本当。オレ、嘘つかない」
「わ~いっ! やった、やったぁっ!!! 」
歓声があがる。
柴犬耳の少女は、食い気に忠実だった。




