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だって、お金が好きだから  作者: まぁじんこぉる
第一章:さぁ旅に出かけよう

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第03話:お手紙、届きましたよ

「どうやら早馬が来るみたいだな」


 そう呟いたタルワールは、街道沿いに止めておいた荷馬車を心配そうに見つめている。どうやら早馬が荷馬車の横を駆け抜けられるかどうか心配しているみたいだ。


 大丈夫だって、タルワール。私みたいな旅慣れた商人は、ちゃんとそこまで考えて荷馬車を止めてるんだから、安心しなさいって!


 自信をもって、私は心の中でそう伝えたものの、それは心の声だから、タルワールに伝わるわけないんだけどね。


 私がそんな一方通行の心のやりとりを楽しんでいる間にも、蹄の音はどんどん近づいてきて、私の荷馬車の前で急停止する。


「私の名はウォルマー。こちらにリツさまという女性はいらっしゃいますか?」


 どうやらこの早馬、私に用があるみたい。


 たっぷりと汗をかいた馬の上で、焦燥感に満ちた表情を浮かべる痩身の中年男性を見たタルワールは、不安そうに私を一瞥する。そしてその男を丁寧にもてなして、川辺で佇む私に向けて指をさす。するとウォルマーは、その指先の向こうに私の姿を見い出して、「ほっ」と安堵の表情を浮かべ、速足で私の方へと歩いて来る。


 ちなみに、ウォルマーは最低限の装備しか身につけていない。その姿は初夏の陽気中でも清々しく、見ているだけで涼を感じさせてくれる。まったく、見ているだけで暑苦しい、全身甲冑で固めたタルワールとは大違いだ。


 私は「どうどう」と、おびえた様子のキャロルに声をかけ、こちらに向かって来るウォルマーを静かに待つ。するとウォルマーは真剣な面持ちで、荷物の中から二つの丸めた羊皮紙を取り出して、それを左手に持ちながらこちらに近づいてくる。


 どうやら私宛てに届いた荷物は、手紙か証書、どちらかのようだ。


「リツさま。先日コーネット様に依頼のあった契約の件、無事締結することができました。証書に書かれた内容をご確認ください」


 私は、ウォルマーのよそよそしい丁寧な言葉遣いに思わず肩をすくめたものの、言われた通り差し出された二つの証書を手に取って、すぐに目を通す。


 どうやらコーネットは、タイトな日程にもかかわらず、私の要望を一つも漏らすことなく、契約までこぎつけてくれたみたいであった。


 だから私は、その完璧な契約書を見て胸をなでおろし、小さく丸い息を吐く。


「ありがとう、ウォルマー。すぐにサインをするから、少しここで待っていてくれない?」


 そう言いかけた私の言葉をウォルマーは、すぐに遮った。


「リツさま。サインをいただく前にコーネット様からご伝言があります。その顔はそれを聞いた後にしてもらえませんか?」


 コーネットにお願いしていた契約があまりにもうまくいっていたので、どうやら私の顔は緩みきっていたみたいであった。そう指摘されるまで気がつかない私も私で間抜けではあったものの、ウォルマーだってそんな顔しなくてもいいじゃない。


 そんな小さな不平を心の中で呟きながらも、あわててすぐに神妙な顔を作り、「もちろん」と短く答えてみせる。しかしウォルマーは厳しい顔を崩すことなく、じっと私を睨みつけてくる。


「本契約はコーネット様の名ですでに締結済のものです。今回お持ちした契約書は、本契約をリツさまに譲渡する役割を果たすものです。つまり、ここでリツさまがこの契約書にサインをしなかったとしても、コーネット様が支払った契約金は返ってきません。その辺りをちゃんと理解してください、とのことです」


 それは契約時に必ず交わされる商人同士の定型句。


 不愉快な夏の熱さの中でそれを聞かされたものだから、私は正直うんざりしてしまう。そしてそれを隠す事も忘れ、「わかったわ」とついつい生返事をしてしまう。その瞬間、私は「しまった」と後悔したものの、もう遅い。この生返事、ウォルマーの心情に影響を与えていなければいいんだけれど……。


 そう考えた私が、恐る恐る上目遣いでその表情を確認したものの、ウォルマーはそんな私の思いを知ってか知らでか、不機嫌そうな顔を崩すことなく、私の瞳をじっと見つめてくる。


「それともう一つ伝言があります。『黙ってこれにサインして、無事に木材を運んでシルヴァンに帰ってくること。お説教はその時たっぷりと……』とのことです」


 あぁ、やっぱりコーネット怒ってる――でも、あんな無茶なお願いをしたんだから、当然と言えば当然よね……。


 だから私は天を仰いで、「了解しました」とウォルマーに言葉を返す。


 ま、いずれにしろ、今、そんなこと考えても仕方がない。どうせ世の中、なるようにしかならないし、結果がでるまで未来は分からないものだしね。


 そんなことを考えながらショルダーバッグから羽ペンとインクを取り出すと、私はキャロルの鞍を下敷きに、手渡された二枚の証書にサインをする。


「確認させていただきます」


 そんな私に気を使うこともなく、ウォルマーは淡々と証書の中身を慎重に確認してゆく。そしてしばらくの後、大きく頷いて、安堵の表情を浮かべる。


「リツさま、ありがとうございました。これで問題ありません。一枚は私が預かりますが、もう一枚はリツさまがお持ちください。――それでは私は失礼します。リツさまとシルヴァンで再会できること、楽しみにしております」


 そう告げてウォルマーは、私に右手を差し出した。


「そうね。シルヴァンでまた会いましょう」


 それに応じて私も右手を差し出して、ウォルマーと強い握手をする。もちろんその時、少額ではあるものの、その手のひらにチップを入れておくことを私は忘れてはいなかった。


  ウォルマーが手のひらの感触を確認したかどうかは分からなかったけれど、ウォルマーは「ありがとうございます」と言葉を残し、私を一瞥して、足早に自分の馬の方へと戻ってゆく。そして寸暇を惜しむかのように慌てて馬にまたがると、あっという間にギャンジャの森の中へと消えていった。


 そっか、すぐに戻らないと夕方前にシルヴァンに着かないものね……。


 そんなことを考え始めたその瞬間、「おーい、リツ。俺たちもそろそろ出発しないと危険だぞ!」というタルワールの声。


 だから私は大きく手を振って、「そうね、私たちもそろそろ出発しましょうか」と笑顔で応えてみせた。


 もちろんその声は、乙女らしい小さな声で……。

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