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だって、お金が好きだから  作者: まぁじんこぉる
第一章:さぁ旅に出かけよう

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第02話:そろそろ出発しませんか?

 六月上旬だというのに真夏のような肌を刺す陽射し。昼にもなっていないのに全身が火照るような暑さ。


 そんな不愉快極まりないこの天気に、私は、心底うんざりしていた。


 神はいったい何を根拠に夏という季節を創造したのであろうか? 私に何か恨みでもあるのだろうか? そんな行き場のない怒りを私は持て余していた。


 天に浮かぶ大きな入道雲は、空と雲の境界線をくっきりと映し出し、その存在感を強く主張していたものの、私に容赦なく注がれる陽の光を遮ることはない。だから私は針のように肌をさす強い陽射しに耐えなければならない――ほんと嫌になっちゃう。そんな言葉をブツブツ呟きながら、私はアラス川の畔に座り込み、ひとときの涼を取っている。


 でも、今日の気候を暑いと感じるのは人間だけじゃないみたい。


 私の愛馬キャロルでさえ、この暑さは堪えるみたいで、たてがみに薄っすらと汗を浮かべながら、小川の水をおいしそうに飲んでいる。そんなキャロルを「ぼー」っと眺めながら、私は小川に足をつけ、バタバタとそれを動かしながら水の感触を楽しんでいた。


「おーい、リツ。そろそろ出発しないか?」


 そんな清らかな水の香りを打ち消すかのように、陽気で武骨な太い声が私の耳に届く。


 せっかくいい気持ちで涼んでいたというのに、なんて空気が読めないのかしら……。


 心の中でそう悪態をつきながらも、私は、満面の笑顔を浮かべているその声の主へと視線を向ける。


 その男はタルワール、スムカイトで雇った旅の護衛だ。この陽気の中、甲冑で身を包んでいる暑苦しい男だ。


 ほんと、あの格好でこの暑さに耐えられるのが不思議でたまらない。私なんかこんなに薄着だというのに、このじりじりとした暑さに耐えられないというのに……。


 って、まぁ、それ以外は気さくで一緒にいて楽しい男だ。彫りが深く、整ったその顔立ちは私の好みでもあるしね。


「ごめんタルワール、キャロルがもう少し休みたいって」


 もちろんこれは嘘。なんとかタルワールから少しでも休憩時間を勝ち取ろうとする私のかわいい嘘。キャロルには申し訳ないけれど、ここは協力してもらおう。


 とにかく私は疲れているのだ。


 朝早くスムカイトを出発し、ノンストップでここまで来た。道中、のんきに惰眠を貪っていたタルワールと違い、私はここまで荷馬車を御して来たのだ。


 もし道中、私がうたた寝をしようものなら、馬車は道なき道を切り開き、車輪が沼や窪みにハマって身動きが取れなくなっていたかもしれないのだ。


 つまり、ここまで馬車を導いてきたのは、私の偉大なる功績であって、タルワールはもう少し功労者に理解を示すべきなのだ、もっと私を労うべきなのだ。


 しかし、いまだに屈託のない笑顔で見つめてくるタルワールに、私の気持ちを理解しろと求めるのは酷かもしれない。


 だって、人は他人の考えを理解しようとしないじゃない。


 例えば、私が今まで出会った男性諸兄は、私の歳が二十二歳だとわかったとたん、少女扱いしなくなる――って、いやいや、私って童顔だし、見た目が少女なら少女として扱ってくれていいと思うんだけど……、じゃなくて、二十二歳は立派な少女でしょ? そんなの常識でしょ? でも、そこら辺って全然伝わらないのよね……。


 まあ、万事が万事こんな感じなので、いくら言葉を尽くしたところで、人の気持ちというものは分らない人には分らないものなのだ。


 今回もきっとそれと同じ話。


 分かろうとしない人への言葉を尽くした説得は徒労しか生みださない。つまりここは、馬の言葉が分かる少し変わった少女のフリをして、それとなく休憩を継続させてもらうことこそ、ベターな選択なのだ。


「そろそろギャンジャの森に入らないと間に合わなくなるぞ」


 優しさの中に、少しの焦燥を言葉に込めて、そう告げるタルワール。


 なるほど、私が一番弱い「時間の概念」を使って催促してきたというわけね、なかなかやるじゃない。


 でも残念、私の決意はこの程度では揺るがない。


 私が、じゃなくて、荷馬車を引くキャロルが疲れている。これは仕方がないことなのだ。もしここでキャロルに無理をさせ、ギャンジャの森で潰れてしまったら一大事、それこそ命に関わる大問題だ。


 私はそこまで考えて判断しているというのになんと浅はかな……。


 そう考えた私は心の中で思わずムッとしてみせたものの、そんな私がタルワールに向けたのは満面の笑み。


 いや、なんというか、商人というのは営業スマイルが習慣になっていて、とっさに出る表情はいつも笑顔になってしまうだけで……。ほんと、悲しい習性なのよね、これ……。


 まったく、私が笑顔を安売りする商人じゃなかったら、この笑顔に金貨何枚かの価値が生まれたかもしれないというのに、この男、それを分かっているのかしら?


 そんなお小言を心の中でグチグチと愚痴りながらも、私は、それがまったく無意味であることもちゃんと理解していた。


 ま、とにかくここは正攻法で、もう少しだけ休憩をおねだりしてみよう、っと!


「ごめん、タルワール。もう少しだけ休ませてくれない?」


 そう言いかけた瞬間、遠くから馬のいななきが聞こえてくる。私とタルワールも、その音の方向に視線を向ける。


 どうやらシルヴァンからの早馬がギャンジャの森を抜け、こちらに向かってきているようであった。

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