第17話:図々しくないかしら
「その依頼、俺が引き受けよう。ただし、報酬は銀貨百二十枚だ」
ガヤガヤとざわつく店内に、甲高い金属音が突き刺さる。その直後、空気を切り裂くように重く響く男の声。
慌てて私が声の方へと振り向くと、その先に立っていたのは、鎧を着た一人の男。甲冑越しでもわかる鍛え抜かれた肉体に、精悍な面差しを持つ男。その姿を見た私は、思わず息を呑む。
「と、突然なんですか。人の商談に割り込んできて……」
私は、ドギマギしている気持ちを無理やり押さえこみ、できるだけ冷静にそのカッコいい男に返事をする。
「嬢ちゃん、これから旅するにあたって護衛を探しているんだろ。よかったら俺を雇ってくれないか?」
「雇うって、そもそもあなたは何者なんですか」
「俺の名前はタルワール。騎士をやっている」
ちょ、ちょっと待って、そういう質問じゃないから……、これ。
というかこの男、自分がカッコいいことをいいことに、人の言うこと聞かなくてもいいと思ってるんじゃないの? 普通、そんな勘違いしないでしょう。
的外れな答えをしたその男に、私は少しムッとしたものの、イケメンだからって許しちゃいそうになる自分に気づき、ちょっと悔しくなる。
いやいや、そうじゃない、そうじゃない。とにかく今日は、この男と呑気におしゃべりしている暇なんてないのよね。だって、早く木材を買いつけにいかないと間に合わなくなっちゃうもん。
でもちょっと悔しいな、今日じゃなければずっと話していたいけど、一緒に食事してあげてもいいくらいではあるんだけれど……。
でも、今は仕方がない、ここで失敗したらすべてが台無しになってしまう。ここはなんとか断らないと……。
「ごめんなさい。私、銀貨十枚でこの依頼を受けてくれる人を探しているの。私のような駆け出しの商人では、銀貨百二十枚なんて大金、とても払えないの。他を当たってもらえると嬉しいんだけど……」
精一杯の申し訳なさを言葉にこめ、節々に未練をタラタラと漏らしながら、私はゆっくりと席を立つ。うーん、お金と時間のせいで諦めなきゃいけないなんて、ほんと、もったいない。
「待て待て、俺の話も聞いてくれ」
「もう勘弁してください、呼び止めないでください!」
色々なイライラが積もりに積もって、思わず私は声を荒げてしまう。自然に心臓がドキドキしてしまう。
私だって迷ってたんだから、もうこれ以上、心をかき乱さないで! そう憤りながら、睨みつけるように振り向くと、そこにあるのはタルワールの不敵な笑み。
「明日から護衛が必要なんだろ? しかもギャンジャの森を抜けるんだって? あの森は危険すぎる。狼も出るし、山賊も出る。そんな命をかけた危険な任務、銀貨十枚程度で引き受けるヤツがいると思うのか? 銀貨三百枚でも微妙なところだ。だから諦めて俺を雇いな。いつもなら銀貨百五十枚のところ、嬢ちゃんに免じて銀貨百二十枚にまけてやる」
その瞬間、「うっ」という声にもならない吐息が漏れる。
確かに、銀貨十枚で命を賭けてくれる人なんていないかもしれない。そもそも命の値段を金銭に置き換えて、危険な任務を受けてくれる傭兵みたいな人がすぐに見つかるとは思えない。ドミオン商業ギルドの組織力ならと思ったけれど、その期待はさっき裏切られたばかり。
不安が喉をカラカラに乾かしていく、心配で心が満ちてゆく。そして目の前にあるのは、タルワールの自信ありげな、確信に満ちた強い瞳。
ちょ、ちょっと、そういう目をするのやめてくれない? いい男にそんな目をされてしまったら、私……。
「申し出は本当に嬉しいのだけれども」
感情を押し殺し、理性を必死に優先させながら、途切れ途切れに話を紡ぐ。
「申し出は本当に嬉しいのだけれども、私はあなたを雇うことはできないの……。なぜなら報酬が高すぎるのよ。あなたは知らないと思うけど、私は二日前までここの酒場で月給銀貨十枚で働いていたの。そんな私に、銀貨百二十枚なんて払えるわけないじゃない」
「お金の話が断る理由であるのなら、それはそれで仕方がない。ない袖が振れないことは俺にでもわかる。しかし、銀貨十枚じゃ護衛のなり手がいないと思うんだが、それはどうするつもりなんだ? 狼や山賊に襲われた時、どうするつもりだ? 一人で対処するつもりなのか?」
「大丈夫、直近二カ月で死んだ人は一人もいなかったはずよ」
「確かにそうだ、さすがによく調べている。聞いてた通りの性格だな……」
私の反論に、またもや少しズレた言葉を返すタルワール。ほんとこの男、私の話をちゃんと聞いてるのかしら?
「しかし嬢ちゃん、よく考えた方がいい。確かに、今まで山賊に襲われた商人は全員無事だった。それは嬢ちゃんの言う通り。しかし、これからも大丈夫だという保障はどこにある? いやそれ以前に、嬢ちゃんは命さえ助かれば、荷物はどうなってもいいと考えてる商人なのか?」
これはタルワールの言う通り、ぐうの音もでないとはまさにこのこと。
私の場合、命よりお金の方が大切まである。山賊に襲われた時、素直に荷物を諦めている自分を想像することさえできやしない。死んでもいいから荷物を守っちゃいそう……。
でも、そんな素直に死んであげるわけにもいかないし……。これは悩みどころよね……。もしこのまま護衛が見つからなくても、私の性格なら、お金が儲かる可能性がある方向に突っ込んじゃう。
つまり、一人で森に入ってしまう可能性が高いのよね。でも、さすがにそれはマズイと思うのよね……。山賊はともかく、狼の対策はちゃんとしないといけないわけだし……。
うーん、どうしよう。
昼までに護衛を見つけないとメンドクサイことになっちゃうし、この男、思い切って雇うか。銀貨百二十枚は論外だとしても、カッコいい男に言われるのなら、私も素直に言うことを聞きそうだし、無謀なことをしなさそうだし、そもそもいい男に会える機会を逃すのももったいないし……。
よし、決めた! この男を雇おう。あとはどれだけ契約金を落とせるかが勝負!
「わかった。あなたも困っていそうだから私が雇ってあげる。但し、銀貨八十枚。それも成功報酬で渡すという形でね」
「おいおい、さすがにそれは強欲すぎるだろうに……。荷物が奪われたらタダ働き。しかも三割以上もまけろとか、通るわけがないだろう」
私の提案に、タルワールはすっかり呆れ顔だ。でもまぁ、ご指摘の通りではあるのよね……。って、どうでもいいけどこの男、計算早いわね。
「確かに、タダ働きになってしまうのは申し訳ないから、半金を最初に支払って、残りは成功報酬って形なら譲歩してもいいわよ。値段はもちろん銀貨八十枚ね」
「譲歩するのは、半金だけかい?」
私の目をじっと見つめながら、タルワールは、いたずらっぽく口角を上げる。その瞳には、私のすべてを見透かしたかのような光が宿っている。なるほど、この男、銀貨八十枚で譲歩する気ゼロってわけね。
「わかった、ならば銀貨九十枚。私の一カ月分の給料を足すからこれで契約してくれない?」
そう言い終わるより早く、私はタルワールに右手を差し出した。しかしタルワールは私の手を取ろうとしない。
「いやいや、それではさすがに契約できない。銀貨百十枚、これでどうだ。嬢ちゃんの一カ月分の給料を値引きしといてやったぞ」
「ならば」
そう言って、私はタルワールの右手をむんずとつかみ、強引に握手をする。
「お互い、私の給料二カ月分譲歩するということで銀貨百枚、これで決まりね」
するとタルワールは大きくため息をつく。そして、すぐにその顔に微笑みを浮かべると、握られた右手にしっかりと力をこめた。




