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だって、お金が好きだから  作者: まぁじんこぉる
第二章:はじまりの日

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16/24

第16話:ご契約は計画的に

「リツ様、五番カウンターへどうぞ!」


 意識の外から聞こえてくるのは私の名前。だから私はハッとなり、思考の大海から現実へと帰ってくる。


「あれ? ちょっと早すぎない?」


 そんな独り言を呟きながら、ゆっくりと椅子から立ち上がる。すると気になるのは周りの視線。え? もしかして、私、独り言ですまされる以上の声で呟いてた?


 いやいや、気のせい、気のせい。


 今の私の声、小さかったから、小さかったから……。ちゃんと乙女らしく、恥じらいのある呟きだったと思うから――って、でも、周りの視線が痛い、じゃなくて、視線が集まるのは私のかわいさのせい。そう、きっとそう、そうに決まっている。そういうことだと思うし、そういうことにする。もう決定だからね! これ。


 そんな誰にも聞かせることのない言い訳を並べながらも、私は紅潮した顔をぶらさげながら、指定されたカウンターへ向かう。って、あれ、これ真ん中の席じゃない? 困ったなぁ……、これじゃあ私の声、周りの人に筒抜けじゃない、こんな席じゃ、気軽に儲け話の一つや二つもできないじゃない!


 でも……、まっいいか。さいわい今回は、そんな事とは無縁の話をするだけだしね! てことで、まずは笑顔、笑顔っと。


 そう、商人の基本はとにかく笑顔。


 私みたいなかわいい女の子は、この笑顔一つで難しい仕事が簡単に済んでしまうこともあるらしい。だから今日こそは、そんな恩恵が得られる展開になってほしい。いや、そうなるに違いない!


 心の中でそんな図々しいことを強く念じながら、精一杯の笑顔を正面の男に向ける。


「おや、リツ様、お珍しい。今日は先物証書の件でご相談ですか?」


 えぇ、またその話……。


 心の中で私は大きなため息をつく。まったくドミオン商業ギルドの人たちって、私の顔を見るたびに先物証書、先物証書って……、もう! 私の顔に先物証書とでも書いてあるのかしら? でも、おあいにくさま。今日はその件ではありません、ごめんなさい、っと。


「えっと、申し訳ございません。今日はその話ではないんです…‥」


 私は、私ができる愛嬌をマシマシにして、にっこりと微笑んでみせる。しかし、カウンター越しに座る初老の男の表情は冴えない。


「そうなんですか……。なにやら急ぎの用事とのことでしたので、てっきり、先物証書の件だと思い期待をしていたのですが、そうですか、残念です」


 あ、なるほど。私の順番がやたら早く回ってきたのはそういうことね。


 つまりクロリアナは、先物証書の件で焦っているドミオン商業ギルドの心理を手玉にとって、私の順番を早めてくれたというわけね、なるほどね……。


 でもクロリアナ、これはさすがにひどくない?


 確かに、私は急いではいるけれど、こんなことされちゃったら、イケメンがいいって言いづらくなっちゃうじゃない。って、だめだめ、いつもの悪い癖を出しちゃダメ。今はこの商談に集中しなくっちゃね!


「ごめんなさい。今日は二つ用件がありまして、まず取り急ぎお願いしたい件からお話をさせてもらってよろしいでしょうか?」


 そう言いながら、私はショルダーバッグから封蝋された手紙を取り出すと、これを何とか今日中にシルヴァンのクテシフォン商業ギルドに届けてほしいとお願いする。


「今日中にですか……」


 手紙を受け取った初老の男は、封蝋した部分を軽く手でなぞりながら、困った表情を浮かべている。


「リツ様、わざわざ蝋で封をしていらっしゃるからには、これが大切な手紙であることはわかります。であるのなら、自分が所属するクテシフォン商業ギルドのスムカイト支部から出した方が安全ではないでしょうか?」


「私もそうしたかったのですが、クテシフォン商業ギルドが使える早馬の枠が今日はもう無いみたいでして、ここならばなんとかなるかもしれないと紹介されてきたのです。こちらで引き受けてくれると助かるのですが……」


 申し訳なさそうにそう嘆願すると、初老の男は「うーん」と腕を組み、少し困った表情を浮かべながら考え始める。しかしそれも一瞬のことで、すぐに笑顔を取り戻し「わかりました、条件次第で引き受けましょう」と返事をくれる。だから私は「条件とは?」と聞き返す。


「そうですね、時間的な余裕はあるにはあるのですが、問題は私たちの早馬に空きがあるかどうかなのです。最大限の努力はしますが、間に合うかどうかは分かりません。また、他の手紙の輸送を遅らせる無茶をしなければならないかもしれません。だから料金は少し余分にいただきます。それでよろしければ引き受けましょう」


「ちょ、ちょっと待ってください。間に合わなかった場合も割増料金って、それはさすがに……」


「さすがに?」


「いえ、なんでもありません」


 凄みの効いたその声に、私が返せたのは愛想笑い。


 でもこんな条件、納得できるわけがない。でも、これは商売なのだ。弱みを見せたら負けなのだ。隙を見せたら最後、相手に有利な条件を飲まされるのだ。そんな当たり前のことを私は痛感する。


「ところでリツ様。もう一件の依頼というのも聞かせてもらえないでしょうか?」


 初老の男は、私から受け取った手紙を他の事務員に手渡しながら話を続けてゆく。


「えっと、もう一つの要件はですね、明日から三日間、護衛をしてくれる人を探しているというものなのですが……」


「護衛、護衛ですね。わかりました。それで、護衛の内容はどのようなものになりますでしょうか。行先とか経路とか、詳しく教えてもらえないでしょうか?」


 そう問われた私は、今回の旅の目的を、護衛が必要となる理由を、必要最低限の情報に絞って話はじめた。つまり明日から三日かけ、ここスムカイトからギャンジャの森を抜けてシルヴァンに木材を運ぶこと。そしてギャンジャの森を抜けるとなると危険を伴うので、身を守るために護衛が欲しいということ。この二点のみを正確に伝えてみせた。


「わかりました。ギャンジャの森を抜けるための護衛ですね?」


 その言葉に私は大げさに頷いてみせる。


「しかし、あの森を抜けるとなるとかなりの危険を伴います。夜は狼が出ますし、最近では山賊まで出ると聞いています。その条件でとなると、少し難しいかもしれません。しかし、我々はドミオン商業ギルド。最大限のご協力をお約束します。それでは、まず予算の上限を教えてもらえないでしょうか?」


 そんなもっともな問いに、私は少し考えたフリをして、銀貨十枚と答えて見せる。すると初老の男は再び困ったような表情を浮かべ、しばらくお待ちくださいと言葉を残して、奥のオフィスへと消えていく。


 その態度を見て、私はふと考えてしまう。


 あれ? もしかして銀貨十枚だと少なすぎるってこと? いやいや、これって酒場の給仕の月給と同じ額なんだし、大丈夫だと思うんだけど……。


 そんな不安を感じながら、何気なく天井を見上げながら、私は初老の男の帰りを待つことにした。



 初老の男が去ってから、しばらくの時間が過ぎている。


 周りの商人たちが、早口でけたたましく商談を進めている。ドミオン商業ギルドの事務員たちが、忙しそうに行き交っている。


 しかしそれとは対照的に、独り席に残された私の時間は、静かに、ゆっくりと流れていた。でも、それは決して穏やかと言えるものではない。


 例えるなら、死の淵に立たされた病人が、運命に抗うかのように何かをしなければと焦燥感にかられたものの、何もできない現実に途方にくれるかのような、そんな時間の流れであった。


 つまり今の私は、時間がないと焦る一方、待つことしかできない現実に押しつぶされそうになっている。


 このまま護衛が見つからなかったらどうしよう。一人旅になったらどうしよう。そんな不安だけが膨れ上がり、それが爆発寸前に至ったちょうどその時、初老の男が私の前に戻ってくる。


「リツ様、申し訳ございません。今日の明日ということでしたので、さすがに……」


 初老の男は、申し訳なさそうに話を続けてゆく。


「依頼のタイミングが遅すぎました。残念ですが、今すぐ斡旋できる護衛の方は見つかりませんでした。本当に申し訳ございません」


「そうですか……」


 嫌な予感が的中してしまった私は、たまらずうつむいてしまう。しかし初老の男は、すぐに笑顔をつくり、優しい言葉をかけてくれる。


「リツ様、諦めるのはまだ早いと思います。時間はまだ午前十時です。今からすぐに求人をエントランスに貼り出せば、もしかしたらもしかするかもしれません。そうですね、夕方にもう一度、尋ねてきてもらえませんか? なぁに大丈夫です。三日で銀貨十枚の大仕事、きっと誰かが名乗り出てくれるはずです」


 そんな一言に勇気を貰えた気がした私は、「はい」と屈託のない笑顔で応えて見せる。すると初老の男も満足そうに大きく頷いてくれる。


「それではリツ様。至急、求人を出す手続きをいたしますので、商人としての身分証明書を見せてもらえませんか?」


 その問いに応えるかのように、私は懐からロケットを取り出すと、その中身をみせて、自分がクテシフォン商業ギルドに所属していることを証明する。しかし、それを見た瞬間、初老の男はかっと目を見開いて、感心したかのように大きく頷きはじめる。


「リツ様はクテシフォン商業ギルドの特別会員だったのですか……。先物証書の件といい、道理で大胆というか、少し変わっているというか、なるほど、なるほど」


 そう、確かに私はクテシフォン商業ギルドの特別会員の資格を持っている。


 クテシフォン商業ギルドは、ここスムカイトでは規模の小さい支店しか持たないものの、大陸全体でみれば、規模、影響力、ともに大陸一の商業ギルドといえる。そして、クテシフォン商業ギルドの特別会員という資格は、正会員、準会員を含めた三つのクラスの最上位に位置する資格となる。


 その資格は、その名の通り特別で、特別会員は、クテシフォン商業ギルドが所有する財の最大一%を自由に借り入れできる特権が与えられるほどのものなのだ。


 しかし、その資格を持つことは容易なことではないらしい。


 つまり正会員として実績を積むとか、すごい才能があるとか、あるいは――まあ私みたいに強力なコネを持ってるとか……。なんというか、そうでもしない限り、特別会員にはなれないって話らしい。


 でも、私はコネ組だから、そこら辺のこと、あんまり知らないんだよね。


 ま、とにかく、私以外の特別会員の努力によって、クテシフォン商業ギルドの特別会員という肩書は、世間においてバツグンの信用度を持っている。だから今回みたいに、急な求人を出す時にはほんと役に立つのよね。


 私は、そんな不埒なことを考えながらロケットを懐にしまいこみ、「ほっ」とひと息ついた。

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