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だって、お金が好きだから  作者: まぁじんこぉる
第二章:はじまりの日

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15/27

第15話:戦争について考えよう

戦争学、攻城戦、包囲戦の話になります

 七度目のアルマヴィル帝国と都市国家シルヴァンとの戦争。


 この戦争の引き金を引いたのはシルヴァンの関税、つまり通行税の値上げであった。


 ただ、シルヴァンがアルマヴィル帝国やランカラン王国に戦争をふっかけられる時って、必ず関税の引き上げが引き金になっていたから、当時の人々は「またか……」という感覚だったと思う。


 また、アルマヴィル帝国にしてみても、アルハリム商業ギルドから「利益を大幅に圧迫される関税をなんとかしてほしい」と嘆願された結果であって、いつも通り、一か月くらいの予定調和的な戦争が続いた後、シルヴァンが若干の関税を引き下げて決着すると誰もが考えていたのであろう。


 だからシルヴァンに住む人々も、この戦争について特別な危機感を持っていなかったはずなのだ。


 どうせ、いつも通りに戦争が始まって、ランカラン王国の支援があって、アルマヴィル帝国が撤退して、お約束通りの和平交渉が行われる。みんなそう考えていたのだ。


 しかし、今回は事情が大きく異なった。


 なぜなら今回の戦争、ランカラン王国はシルヴァンを支援しなかったのだ。それどころかランカラン王国は、アルマヴィル帝国にシルヴァン周辺の自由通行権を与え、自国領内におけるアルマヴィル帝国軍の行動の自由まで許したのだ。


 これはシルヴァンにとって明らかに想定外の出来事であった。


 もちろん、この状況を作り出すため、アルマヴィル帝国がランカラン王国に対し、何かしらの働きかけを行ったことは想像に難くない。しかし、これだけ大きな駆け引きが行われたにも関わらず、シルヴァンを含め、多くの商人は、それを察知することができなかったのだ。


 いずれにせよ、アルマヴィル帝国が作りだしたこの状況は、都市国家シルヴァンを存亡の危機へと導いた。


 すなわちアルマヴィル帝国軍は、この状況を最大限に利用して、シルヴァンを完全包囲したというわけね。そしてこの完全包囲という状況は、シルヴァン建国以来の危機といっても過言ではなかったと思う。


 なぜなら、今までシルヴァンが経験した戦争は、シルヴァンと国境を接するランカラン王国かアルマヴィル帝国のどちらかを相手にした戦争であったから……。


 つまり、今までの戦争は、必ずどちらかの国境が開かれていて、いくらでも食料や傭兵を自由に補給することができたのだ。しかし今回の戦争は、その補給路が完全に断たれてしまっている。


 こうなってしまうと、シルヴァンがいくら堅牢な城塞を備えようが、いくら屈強な兵士を揃えようが、全く意味がなくなってしまう。だって、アルマヴィル帝国軍にしてみれば、街の外でシルヴァン軍が飢えるのを待てばいいだけなのだから……。


 こんな絶望的な状況を打破するために、籠城をやめ、街の外に討って出るという方法もあるにはあるんだけれど、シルヴァンの総兵力一万に対し、アルマヴィル帝国の総兵力は十五万。さすがにこれでは話にならないのよね……。だから、討って出ることは、誰の目から見ても自殺行為。


 そして時が経つにつれ、シルヴァン軍は飢えて衰弱していく一方、アルマヴィル帝国軍は、兵士や武器が補充され、どんどん戦力を拡大してゆく。


 もう、この状況に至ってしまえば、誰もがシルヴァンはすぐにでも降伏した方がいいと考える。しかしそれは、俯瞰的な視点を持てる第三者だからできる判断であって、当事者がそれをできるとは限らない。


 つまり、この戦争で負けてしまえば、今までの既得権益がすべて失われてしまう――そんな危機感を抱いたシルヴァン議会と首長が選んだのは徹底抗戦であった。


 もちろんこの判断は、この判断を下した人達の理屈上では正しくもあった。


 なぜなら、今までなんだかんだで助けが入ってきて、必ず勝ってきたという成功体験があったから……。たとえ無理だと分かっていても、戦わずに引くことはできないとか、最後の一人が死に絶えるまで戦うべきだとか、そういう安っぽいヒロイズムによって、戦争の結果を変えた事例が、歴史にはあったから……。


 でも、今回はそんな奇跡は起きなかった。


 結果として、「愚かな」と言われるようになったこの判断は、多くの悲劇を生むことになる。


 城塞を背にした防衛戦で、総兵力の約半分にあたる五千人の兵士の命を失わせてしまったりとか、飢えに耐えかねたシルヴァン市民が城門を開き、アルマヴィル帝国兵を街の中に招き入れたため、市民を巻き込んだ市街戦が起きてしまったりとか、アルマヴィル帝国の支配を受け入れられない市民によるゲリラ戦によって、大量の市民の命が失われてしまったりとか、おおよそ戦争の悲劇と呼ばれるものすべてが、約半年の間に、ここシルヴァンという一都市に凝縮されてしまったのだ。


 結局この悲劇は、シルヴァンがアルマヴィル帝国に降伏する形で終幕する。


 そしてこの悲劇が突きつけたのは、「大量の血を流しても流さなくても結果は同じだった」という戦争の救われざる一面だけ。目先の自己保身に走った議会と首長の「愚かな判断」が、多くの市民と兵士の命を奪ったという事実だけ……。


 もしこの状況を、悲劇以外の言葉で形容できる者がいるとしたら、それは、とてつもない国語力を持つ者か、とてつもなく国語力を持たざる者か、いずれかと言わざるをえないかもしれない。


 ただ、このような悲嘆も今となっては何の意味もない。


 結果として残ったものは、シルヴァンとアルマヴィル帝国の戦争が、大量のシルヴァン市民の犠牲によって終わったという事実だけなのだから……。


 しかし、沈んだ太陽が翌日必ず昇るように、救いようのない悲劇を経験したシルヴァンにも、わずかな希望の火が灯る。つまり、議会によって更迭された前任の首長と異なり、後任の首長は恐ろしく有能な男であったのだ。


 要するに、利権を公平に分配する能力を問われた前任の首長と、戦後処理と交渉能力を問われた後任の首長とでは、危機への対応力に圧倒的な差があったのだ。そして、その後任の首長がアルマヴィル帝国から引き出した条件は明らかに破格なものであった。


 つまり「シルヴァン独自の自治政府の容認」、「自治政府による租税権の保障」、「シルヴァン市民の自由交易権の保障」の三つを引き出したのだ。


 これはシルヴァン市民に戦前とほぼ何も変わらない生活を保障したもので、政治レベルでも高度な自治を容認しており、過去にアルマヴィル帝国と戦争をして負けた国の条件と比較してみれば、異例中の異例の条件、あまりにも寛容な条件であったのだ。


 もちろん「一時的な軍隊の所持の禁止」、「交易時の関税権の剝奪」、「アルマヴィル帝国への税収の一割を上納」等の制限はあったものの、詳しく内容を精査すると、この制限すら異常と思えるくらいの好条件であった。


 特に「一時的な軍隊の所持の禁止」という部分の寛容さは度を越していた。


 つまり、一時的な軍隊の所持の禁止といっても、シルヴァンがある程度落ち着きを取り戻すまでの、六か月という期間限定の処置であって、その後、シルヴァンの防衛は自治政府が責任を持つという内容になっていたのだ。


 そう、この条件は、領土を併呑された国家にもかかわらず、シルヴァンが独自の軍隊を持つことを許容しているのだ。


 この件に関してのアルマヴィル帝国の寛容さはこれだけではない。


 アルマヴィル帝国は、六か月後、スムーズにシルヴァン自治政府が軍事を引き継ぐことができるよう、シルヴァン自治政府直轄の組織として予備軍を結成することを認めたばかりか、旧シルヴァン兵のアルマヴィル帝国軍への転属の自由に加えて、戦傷者および戦死者の遺族に対し、年金まで保障したのだ。


 シルヴァン自治政府の後任首長がいくら有能だとしても、これは明らかに度を越していると思ったものの、私はこの件についてこれ以上深く考える事はしなかった。なぜなら私が一番しなければならないことは、この状況を受け入れ、いかにしてお金を生み出すかを考えることであったから……。


 さしあたり思いつくのは、市街戦で倒壊した多くの建物を修理するためのビジネス。


 私は商人だから、直接建物を直すことはできないけれど、建築資材を運ぶことはできる。そして、多分、求められるのは、加工しやすくて、早期復興に適している木材のはず。


 そう、今回、私が考えた取引の発想の起点はまさにこの点であって、そういう意味では、私が選んだ商取引は間違っていなかったと、改めて自分の判断に自信を持つことができた。

第15話補足:攻城戦


 今回は、いわゆる攻城戦について解説していきます。


 15話で説明した状況は、歴史的にみると西暦70年、ユダヤ属州とローマ帝国の間でおきたエルサレム攻囲戦が近いと思います。ただ大きく違うのはエルサレムを攻めるローマ帝国軍7万、エルサレムを守るユダヤ属州の兵力は6万と、数の上では拮抗していたという点です。


 ただ軍隊というものは数だけでは決まりません。水と食料を断たれた飢えた軍隊というものは、本来の力を発揮することが難しいのです。


 そのためローマ帝国軍のエルサレム包囲によって補給路断たれた6万のユダヤ属州の兵士は、エルサレム内に孤立し、本来の実力を発揮することができず、ローマ帝国軍に敗北してしまいます。


 ちなみにこの戦争でエルサレムは炎上し、街のシンボルであった神殿はことごとく破壊され、西壁のみが残るという凄惨なものになりました。


 そして、この唯一残った西壁こそが、今でいう「嘆きの壁」なのです。


 この戦争の後、ユダヤ教徒がエルサレム立ち入りることは禁止されてしまいますが、ミラノ勅令によって4世紀以降、1年に1日だけ、この「嘆きの壁」に立ち入って、ユダヤ人が今は亡き神殿を、国家を嘆くことが許されました。なんというか、この一点だけ見ても、ユダヤ人の歴史上苦難がしのばれますね。


 さて、この手の籠城戦、歴史を紐解くと世界中に結構あります。


 日本でいくと、豊臣秀吉による水攻めで補給を断った「備中高松城の戦い」とかが有名ですね。結局、兵士の命、人の命は代えがききませんから、正々堂々と戦って自軍の兵士を消耗するよりは、補給路を断ち、自軍の犠牲を少なくすると考えてた人がたくさんいたことが分りますね。


 また、後半の話は、政治学と呼ばれるカテゴリーになります。この概説は、物語の後半でお話するので楽しみにしててくださいね!

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