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だって、お金が好きだから  作者: まぁじんこぉる
プロローグ

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第01話:朝靄(あさもや)に包まれた街の中で

 夜が明けて、朝靄(あさもや)に包まれた街スムカイト。


 陽の光が粉末のように散らばって、まるで幻想的な光の劇場が開演されたかのような華やかさに包まれてゆく……。


 こうしてゆっくりと、静かに、街はその鼓動を刻み始めるのだ。


 そんな目覚めたばかりの街の中で、私は、色とりどりの野菜や果物が立ち並び、呼び込みの声と人々の熱気に包まれた、活気あふれる朝市を楽しんでいた。とにもかくにも、今日から始まるギャンジャの森を抜けてシルヴァンに至る二泊三日の旅、楽しみで楽しみで仕方がない。


 でも一番大切なのは食事。食材は本当に大事! だから、ちゃんとここで新鮮な食材を安く仕入れておかなくちゃ……ね。


 だいたい高いお金を出して、良い食材を仕入れるなんて下の下の商人がすること。良いものをちゃんと安価で手に入れてこそ、一流の商人というものだしね。だから頑張らないと……。


 そんな旅立ち前の高揚感と、誰にも言えない目的意識を心に秘めて、私は色々な露店の生鮮食品を見て回っていた。


「そこの長い黒髪の小さなお嬢ちゃん、一人で買い物とは感心だね。お母さんからお使いを頼まれたのかな? よかったら、うちで買い物していかない? 特別に安くしてあげるよ」


 そのとき、ふいに後ろから聞こえてくる知らない男の声。


 そんな声につられて辺りを見回してみたものの、長い黒髪の小さな子供なんてどこにも見当たらない――って、まさかこれ、私のこと? まさかよね……。


 確かに、私は背も小さいし、髪も胸下まである黒髪だけれど……決して子供じゃないし、れっきとした少女なのだし、子供扱いは失礼すぎる。


「あれ、聞こえてないのかな。そこの瞳が黒くて真っ白なお肌のお嬢ちゃん。君のことだよ」


 ここまで言われると、気がつかないフリはさすがに苦しい。


 ただ、何かがおかしい。この漆黒を水面に映したかのような美しい瞳、高くはないけどちゃんと通った鼻筋、厚くはないけど弾力に富んだ唇――そして、なによりこの小顔。どこをどう見ても立派な少女のはずだ。子供に間違われる要素は一つもない。


 でも、待って――もし、間違われる要素があるとすれば……。


 心の中でそう(つぶや)いて、私は自己主張することなく、謙虚で控えめな自分の胸に右手をあてる――いや、大丈夫。ちゃんと女性として認められるボリュームはある……はず。平均より少し、そう、少し小さいかもしれないけど……問題ない、問題ない。


 だとすれば、この見知らぬ男が「女」というものを知らない朴念仁というわけね。であるのなら、文句の一つでも言ってやらないとね!


 そう考えた私がその男に視線を向けると、そこはクテシフォン商業ギルドが経営している生鮮野菜の販売店――なるほど……、この失礼な男はここの店員というわけね。


 うーん、となると、ちょっと痛い目にあってもらった方がいいかな? 朝も早いし暗くて見にくかったことを差し引いても、私の心を傷つけた代償はちゃんと払ってもらわないといけないかもね……。そんな悪戯心が、私の中にふと芽生えてしまう。


「ありがとう、おじちゃん。私、お母さんにジャガイモをたくさん買ってくるように頼まれてるの。だからお腹いっぱいになるくらいジャガイモを買いたいの……」


 思わず吹き出してしまいそうな声色で、人を見る目が皆無な店員にそう話しかけると、その店員は目一杯の笑顔を私に見せる。


「お嬢ちゃん、一人でお使いとは偉いね。おじちゃん感動したよ――って、そうだ。いつもはジャガイモ一個を銅貨一枚で売っているんだけど、お嬢ちゃんには特別にジャガイモ六個を銅貨四枚で売ってあげるよ!」


 そんな陽気な言葉とはうらはらに、私は心の中で小さくため息をつく。いきなり原価まで値引きするなんて……、ほんと大丈夫かしら? と心配になる。


 でも引っかかったのは別の点。


 すなわち、これだけ近くで話しているというのに、この店員は、まだ私が子供でないことに気がつかないのだ。私が可憐(かれん)で美しい少女であることに気がついていないのだ――これは、いよいよ痛い目に合ってもらわないとね。


「えぇー! ジャガイモ六個も食べられるかな? 私、四個ぐらいでお腹いっぱいになっちゃうんだけど、それだと値段はどうなっちゃうの?」


「四個ならオマケはできないね。こっちも商売だから許しておくれ。ジャガイモ四個だったら銅貨四枚だよ」


 そんな私の問いに店員は、ため息まじりに視線を落とす――って、なによこの店員。さすがに私のこと、バカにしすぎじゃない?


 だいたい、ジャガイモ六個で銅貨四枚と言ったそばから、四個に減らしても同じ銅貨四枚で売ろうとするなんて……この時点で自分の言っていることがおかしいと思わないのかしら? 


「おじちゃん。私、ここで他のお買い物もするから、銅貨十枚以上のお買い物をするから、ジャガイモ四個で銅貨二枚にしてくれない?」


 上目遣いでそうおねだりすると、店員は仕方がなさそうに(うなず)いてくれる。


「わかったよ。かわいいお嬢ちゃんの頼みなら仕方がない。ジャガイモ四個を銅貨二枚で売ってあげる。但し、ちゃんとこの店で銅貨十枚以上のお買い物をするんだよ」


「わーい、おじちゃんありがとう。じゃあジャガイモを四千個ください。これでちょうど銅貨二千枚、つまり銀貨二十枚。これでいいでしょ?」


 そう言い終わるや否や、私は革紐(かわひも)で口を縛った財布から銀貨二十枚を取り出すと、「きっ」と店員を(にら)みつける。


「あなた、さすがに甘いわよ。仕入れ値以下で商品を売って、どうやって儲けを出すつもり? おおかた他の物を割高に売って利益を出そうとしたんだろうけど、原価割れはやりすぎ。こんなやり方、私には通用しないわよ」


 口調を変えて、そう強く迫ると、店員は呆然(ぼうぜん)とその場に立ち尽くす。するとその時、店の奥から洩れる小さな物音。


「おい、新人、どうかしたのか?」


 聞き慣れた低い声と共に、店の奥から現れたのは日焼け顔で屈強なベテラン商人。


「ちょっとアーベルト、この新人はいったいなに? 私のことを子供扱い、じゃなくて、商人の癖に私の策に簡単に引っかかっちゃって……ほんと大丈夫? もう少しでこのお店、大損するところだったのよ?」


「これはこれは、リツさま。申し訳ございません。うちの新人、何かやってしまいましたか?」


「そうよ、とんでもない事をやってしまっているわよ。私の口車にのせられて、仕入れ値以下の値段でジャガイモを売ろうとしたのよ。いったいどんな教育しているの!」


「重ね重ね、申し訳ございません。なにぶん一ケ月前に入ったばかりの新人でして」


 アーベルトは、バツが悪そうに頭をポリポリと掻く。


「ま、いいわ。とりあえずジャガイモ六個ちょうだい。仕入れ値の銅貨四枚でいいから……」


 するとアーベルトは「かしこまりました」と返事をして、慌てた様子でジャガイモを六個つかむと、それを私に手渡した。


「あ、あとアーベルト。しばらくスムカイトを離れるけど、後のことはよろしくね」


 新鮮なジャガイモをショルダーバッグに入れながらそんな言葉を残した私は、ほくほく顔で雑踏に向かって歩き始めると、ふと後ろの方からアーベルトと新人の会話が聞こえてくる。


「先輩、あの女の子はいったい……」


「あの方は、クテシフォン商業ギルドに所属する有名な旅商人さ。お前じゃ、まるで歯が立たない相手だよ。これに懲りたら、人を見た目で判断するのはやめておくんだな」


と。

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