表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

とある夫婦の話

作者: 鳥柄ささみ

 お互いに、仕事人間だった。

 結婚してからもずっとそれは変わらず、お互いの休日も勤務時間も業種の違いからバラバラで、夫婦なはずなのに今ではただの同居人と化していた。


 何で結婚したんだっけ。

 そろそろもう離婚したほうがいいのかなぁ。


 なんて薄ぼんやりと考えていたところに外出自粛に伴う、降って湧いたリモートワーク。

 しかもまさかの夫婦共に同じタイミングでのリモートワークで、私は今更どうすんだこれと頭を抱えた。


 夫である景とはここ最近会話らしい会話などしていない。したとしても、食費や生活費についてや家電や食器などの購入処分についてなど、もはや業務的な会話しかしてなかった。


 これでも一応恋愛結婚だったはずなのに、どうしてこんな風になってしまったのだろうかと悔やんでも今更で。

 とにかくこのリモートワークを上手くできるように考えなければならないのが目下最大の問題だった。


 狭いマンションを借りたことを今更ながら悔やみながら、とりあえずリモートワークをする上でどっちがリビングを使い、どっちが寝室を使うか、まずはその会話から始めなければならないのが憂鬱でしょうがなかった。


(あー、緊張する)


 景と話すだけだと言うのに胸がザワザワする。

 正直、せっかく結婚したのにこのままただの同居人でいいのかと私はこの夫婦の状況を打開したい気持ちはあった。

 

 記憶を遡れば結婚前は何気ない会話なんてしょっちゅうしていたし、旅行だってデートだってお互いにいい距離感で落ち着ける相手だったからこそ結婚したのだ。

 それなのに結婚後から突然勤務先の部署が解体されて再編があってとバタバタしてるのにかまけて、自分のことは自分でして、会話も最低限になって、夜の生活など皆無になっていって。


(いつからこんなになっちゃったんだろ)


 忙しすぎて相手を慮るどころか自分の世話だけでいっぱいいっぱいだった。

 景からも何かアクションがあるわけでもなくて、気づけばこんな手遅れとも言える状況。

 何か特別に仲違いしたとか許せないことがあったとかそんなわけでもなく、日頃の積み重ねでここまで致命的なことになるのかと今更ながら実感して気が重くなる。


(とはいえ、言わなきゃいけないことだから言うけど)


 いっそこの期に別居でもしちゃう? などとも思うが、そんな時間も手間もお金もかけるのが惜しくて二の足を踏んでしまう。

 だからといって、このまま夫婦なのにただの同居人という関係は精神的に耐えられる気がしない。


 そろそろ周りからも「子供はまだ?」のプレッシャーもキツくなってきたし、本音を言えば子供も欲しいのは欲しいけど、実際やることやってないのだからできるわけがない。

 そもそも今の状況でそういうことができるか? と聞かれても答えはノーである。


 ということで、色々と二進も三進もいかなくなってしまって、現状まさにドツボに嵌っていた。


(はぁ、やっぱり気が重いなぁ……)


 胃の辺りがずしんと重い。


(あー、考えるだけで憂鬱だ)


 そんなことを思いながら今日の私は午前半休なので久々に自分のぶんだけでなくて景のぶんの朝食を用意して、リビングで本を読みながら彼が起きてくるのを待っていた。


「……茜、今日仕事は?」


 読書に集中していたせいか、不意に声をかけられてどきりと心臓が縮んだ。


「おはよう、景。今日は午前半休なんだ。上層部が今後のリモートワークについてどうするか話し合ってるからそれの連絡待ち」

「ふぅん」


 うまく話せただろうか、そんなことを思いながら再び視線を本に移すと「それ」と声をかけられる。


「ん? 何?」

「それ、今読んでるのって……春日佐登美の新刊?」

「え、うん。そうだけど……」

「それ、俺も買った」

「え、嘘」

「嘘ついてどうすんだよ。……ほら、これ」


 そう言ってカバンをゴソゴソと探ると、景が書店のカバーを外して見せてくる。

 それは確かに今読んでるものと一緒で、まさか夫婦で同じものを買って読んでいるとは思わず、すごい偶然だと驚いた。


「もうどれくらい読んだ?」

「んー、主人公の向坂さんが家を出たとこ」

「あー、あそこね。ふぅん。そのあと意外な展開あるから、早く読んだほうがいいよ」

「何そのプチネタバレ」

「何があるかは言ってないからいいだろ。てか、これ食べていいの?」

「あ、うん。そのつもりで作った」

「そっか、ありがと」


 ぎこちないながらも会話できたことにホッとする。

 なんだ、話のとっかかりがあればこうも話せるのか、と今まで気構えてたのがちょっと馬鹿らしくなった。


「そういえば、アンモネのコラボカフェできたの知ってる?」

「知ってる。てか、この前行った」

「は? 聞いてないんだけど」

「だって言ってないし。てか、うちら最近話してないじゃん」


 今なら言えると本音をぶつける。

 すると景はちょっとバツが悪そうに頭を掻いた。


「あー、まぁ、確かに。で、コラボカフェどうだったの?」

「クオリティはよかったよ。値段はちょっと高めかなぁ……。でも美味しかったし、また行きたいとは思ってる」

「一人で行ったの?」

「うん。誘う相手もいなかったし」


 実際、アンモネが好きな人を景以外知らなかった。

 友人を誘うことも多少は考えたものの、興味ないアニメのコラボカフェなんて連れられても面白くないだろうと結局一人で行ったのだ。


「……次はいつ暇なの?」

「ん? 何が?」

「茜。今度はいつ休みなの」

「私は前と変わらず土日休みだよ」

「じゃあコラボカフェの予約取っておいて。俺の休みはそれに合わせるから」

「え? でも景……仕事は?」

「有給溜まってるから取れって上から言われてる」

「何それ聞いてない」

「今初めて言ったからな」


 言われて、同じ部屋で暮らしてたというのに、どれだけお互いのことを知らなかったのかと実感する。

 結婚して喋らなくなって約一年。

 考えてみたらまだ新婚と言っても差し支えないはずなのに、こんなにも会話もなくお互いのことを知らないというのはどうなのかと改めて思った。


「わかった。予約しとく」

「ん。代わりにアンモネの映画のDVD予約しといたから見せてやるよ」

「え、それ私もBD予約したんだけど」

「は? え? 嘘だろ?」

「嘘言ってどうすんの」

「マジかよ」


 私は仕事で忙しくて観に行こうにもどうにも都合がつかず円盤だけは買おうと予約していたのだが、よくよく聞けば景も同様劇場に観に行けなかったため、私も観るだろうしと予約しておいてくれたらしい。

 そういえば、出会ったきっかけってお互いアンモネが好きだったからだと思い出して、そんなことすら忘れていた自分に、ちょっと悲しくなった。


「ちょっと待て。とりあえずどっちかはキャンセルするとして、他に被ってるのないだろうな?」

「えーっと、そう言われても……」


 言いながら、最近あった出来事や買ったものなどを話し合う。

 するとグッズや漫画、ゲームなどいくつかの被りとお互いに欲しいと思ってたものがそれぞれ出てきて思わず笑ってしまった。


「散々オークションサイトとかフリマアプリとかSNSとかで探してたものが家にあったとかウケる」

「ウケるとかじゃないだろ。そもそも一言俺に聞けよ」

「そんなこと言ったって、私も忙しかったけど景も忙しそうにしてたし」

「それは……そうだな。ごめん、急に上司が逝去して昇級してから途端に忙しくなってたから余裕がなかった」

「そうだったの? ……って、私も事業部の解体と再編でバタバタしてたから人のこと言えないけど」

「そうだったんだな。……お互いリモートワークになったことだし、この際部屋のこととかお互いの家事とか今後の生活についても話しとこうか」

「そうだね。てか、私も今日それ話し合おうと思ってたとこ」

「どんだけシンクロしてたんだ、俺たち」

「シンクロしてるわりにはすれ違ってたけどね」


 それから、今後の生活のこと、子供のことを話し合い、今まで身構えて気が重かったはずの私の心は晴れやかだった。


 そもそも、自分だけがこの関係に悩んでたわけではなく、景もまたこの関係に危機感を持っていたようで、何かきっかけになればとできていなかった新婚旅行をずっと考えてくれていたらしい。

 海外から国内からVRまで様々な雑誌やパンフレットを用意して調べていたそうで、付箋がたくさん貼り付けられていて、それぞれ私の反応を慮るコメントが書かれていたことに景の性格が出てて思わず笑ってしまった。


 どうやら私は思いのほか景から愛されていたらしい。


 今では毎日一緒に昔なつかしのアニメを観るのが夕食の日課になり、しょうもない会話をするようになった。

 会話をするだけでこうも生活が変わるものかと会話の大切さを改めて実感するのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ