1460分の1
深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているのだ フリードリヒ・ニーチェ。
I、はじまり
「主文、被告人両名をそれぞれ懲役4年に処する。」
僕は唾を飲む。数々の有象無象が見守る中で僕、一条めぐみに冷たく判決が言い渡された。心の奥底でもしかしたら実刑じゃないのかもという甘い期待を抱いていたが、現実はそうはならなかった。懲役4年?刑務所?マジで?嘘だろ?と、そんな絶望感に包まれた僕は、ふと右に視線を移した。そこには貸し出されたオレンジの靴下とサンダル、ボロいスエットに身を包む共犯の佐々木の姿もあった。彼はただ前を見つめ、気持ちを読み取らせない表情で裁判官の次の言葉を待っていたが、彼の握られたままのその手は微かに震えていたようにも見えた。それからは作業のように裁判官から判決文を読みあげられた後閉廷の合図と共に佐々木と僕は別々に退廷し、今は近くの刑務所にバスで移送されている途中で信号に捕まっていた。両腕に付けられた黒光りする手錠に目をやった後、ふと車窓へと視線を移した。外では慌ただしく人や車が行き来していて、なんて事のない平日の昼間の風景だった。しかし、これからこの世界と少しばかり切り離されてしまう僕は、普段よく見るこの穏やかな景色や日常がしばらく見れないんだなぁと思うと、この信号がずっと赤ならいいのになんてありえない事を願ってしまい幼稚な自分に嫌気がさした。だかそんな気持ちと裏腹に信号は代わりバスは進む。この救いようのない罪人を然るべき場所に運ぶために。
30分ほど走ると正面のT字路に高い塀に囲まれた場所が見えてきた。赤や茶色の煉瓦でできているそれは、はたからみればなんて事のない塀だが、僕からするとその塀の持つ意味が違うせいか、とても不気味で怖く、まるでお前を逃がさないと言わんばかりの存在感であった。T字路をまがり、しばらく走った先に今度は格子状の門が姿を表した。アーチ型に格子がついているタイプの門で、人が出入りできる小さな扉もついている。バスはそこに停車し、立っていた職員に運転手が何かを見せ、しばらくすると立っていた職員によりゆっくりと門が開けられ、全開に開いた門の真ん中をバスはゆっくりと進んで行く。決して止まらず、ゆっくりと。
1460分の7へ続く。