[愛の形、心の形]~鳥籠の番人~
これは、外界から隔離された、ある島国の物語。
その島には白い髪を持つ人々が暮らしている。
そして、島の4方を守る神子、島の命を管理する者がいる。
この島ではその昔、島の1/4が消える程の大災害が起こり、神子の内の1人によって鎮められた。
光源無ければ影もない。空を見上げれば一面に広がる分厚い雲。そしてなによりも、目の前にそびえ立つ巨木。それは空の雲よりも高いところまで伸び、枝分かれしている所さえ見えなかった。
ルチルは巨木の元へ向かう。途中、辺りの景色が豹変したように見えたが、刹那の間だった故に、ルチルは気にも留めなかった。
しばらくすると、開けた場所に出た。目の前に巨木の根元が現れたが、歩いても歩いてもそこにはたどり着けそうにない。まるで地平線の向こうにあるようで、巨木も最初見た時からあまり大きさが変わっていないように見える。私は何故、あれを目指しているのだろう。一体ここはどこなのだろう。
「あの木、どこかで見たような......?」
(この大樹....................からここ.........長い.........ここ........…...)
頭の中がぼんやりする。私は何故ここにいる?何処から来た?私は......
思考がはっきりしないまま、気付けば巨木の麓まで来ていた。
そこから見上げる巨木は、絶壁のようで、どこまでも続いているようにも見える。
「ん?」
よく目を凝らすと、何かが空中にあった。というより、ぶら下がっている......?
「あれは......鳥籠?」
『お前、何者だ』
突如、ルチルの後ろから声がした。ルチルが振り返ると、そこには変わった面を着け、体は鳥の羽の様な物で覆われている、奇妙な人物が立っていた。だが、彼の足元を見ると、その足は人のモノではなく、鳥類そのものだった。
『ん?あぁ、それか。久しく見ていなかったが、まぁ無理もない。あの波からまだ数年しか経ってないからな』
彼はルチルの首飾りを見て言う。その表情は半透明の面越しにも認識できない。彼は本当に人の顔をしているのだろうか。
『大木が気になるのか。まぁ、さしずめこれを目印にして来たんだろう。さて、試練を始めよう』
「あの......貴方は?」
『そんな事知ってどうする?お友達にでもなる気か。私は人間が嫌いなんだ。さっさと終わらせるぞ』
彼との意思疎通において、言葉による対話はあまり友好的じゃ無さそうだ。
『......まぁ、名前くらいは教えといてやる。ガーベラだ。さぁ、ついて来い』
ルチルはガーベラに連れられ、巨木の反対側に向かう。その幹の太さ故に、反対側に回るのも一苦労だ。
「あの、ここってどこなんですか?」
『知ってどうする。まぁ、私がわざわざ口にしなくとも、お前はいずれ知る事になるだろうさ』
2人は巨木の反対側に辿り着く。そこには何かの入り口らしきものが、光を放っていた。
『この先だ。着いて来い。』
ルチルは先に光の中へと入ったガーベラを横目に、もう一度巨木の方へ振り向いてみた。そこには最初に見た鳥籠が、吊るされていたであろう鎖を切られ無造作に置かれていた。その中には、黒い羽根を持つ蝶の姿があった。
『どうした、早く来い。』
「あぁ、はい」
ルチルは駆け足で、光の中へと飛び込んだ。
〈胎動の間〉
光を抜けると、そこには先程の場所とは打って変わって、空が晴れた場所に来た。と言うよりは、雲の上そのものだった。
『私は向こうで待っている。さっさと来いよ。』
そう言うとガーベラは、身を包んでいた羽を広げ、地面を強く蹴ると、遠くへ飛んで行ってしまった。その姿は、鳥類そのものだった。
ルチルはもう一度、周りを見渡す。雲の上、そこに浮かぶ連なった島。言うなれば、まるで天国に来たかのようだった。ルチルは1歩踏み出そうとした時、違和感に気付く。
「管が......治っている......?」
ルチルはガントレットを取り出す。どうやら正常に作動するらしい。ルチルは管でガントレットにエネルギーを入れると、勢いよく大空へ飛び出した。
ガントレットを使い、連なる島々を伝って進む。空島1つ1つはそこまで大きくないが、それでも広葉樹1本育つには、十分すぎる大きさだ。連なる島を進む中、ぽつりと浮かぶ島に、家が建っているのが見えた。ルチルはそこへ着陸すると、窓から中を覗いてみることにした。
「もうすぐ、生まれそうだねぇ。名前はどうしようか」
「!?」
ルチルは慄いた。ルチルの目に映る先には主の姿があった。だが、それだけじゃない、その隣にいるのは、
「胡蝶、ニゲラ!?」
「ルチル、ってのはどうだ?ほら、シルバールチルクォーツってのがあるだろ。人間関係と人脈、将来1人で、寂しい思いをしねぇようにな」
「あんたらしいねぇ。でも気に入った。それにしよう」
『どうした、何か見つけたのか?』
またもや真後ろから声がした。
「ガーベラさん、これは?」
『自分の中ではとっくに答えを見つけてるんじゃないのか?』
「私の......いや、ルチルの......生まれる前?」
『随分幸せそうだな、あの2人。』
「でも...今は......」
『今はお前の話をしている。他人に気を取られるな。』
「でも、私は.....私は..........」
『はぁ.....皆似たようなことを言って俺に口答えする。だから嫌いなんだ。ここも、人間も。』
ガーベラはルチルに背を向ける。
『さっさと来いよ。私に手間をかけさせるな。』
そう言うとガーベラは再び何処かへ飛び去って行った。
「あの子がルチルなら、私は誰?」
ルチルは再びガントレットを構えると、その場を離れた。その表情は曇っていた。
その後は特に目立ったものはなく、同じような景色が続く。しばらく飛んでいると、目の前に光る何かが現れた。それは最初にここへ入って来た時に使った、入り口と同じものだった。ルチルがその前に着地すると、光の中からガーベラが顔を出した。
『やっと来たか。さぁ、来い。この先もやる事は一緒だ。』
ルチルはガーベラが光の中へ再び入った後、もう一度辺りを見渡し、光の中へ飛び込んだ。
〈鼓動の間〉
景色はまたもや一転、今度は何かの建物の廊下に居た。だがルチルはこの場所に見覚えがあった。
「主の...研究所?」
窓の外から見える景色、室内で何かを記録している研究員。ルチルはそれらを眺めながら、廊下を進む。不思議な事に、そこは1本道で、上り下りする階段やエレベーターも無かった。
渡り廊下を抜け、隣の建物に入る。扉は全て開いており、そこから中を覗く事が出来た。先程の建物よりも、ルチルはこちらの方がはるかに見慣れており、不思議と懐かしささえ覚えた。ある扉越しに中を覗けば、やはり見知った姿があった。
「主......!」
『止まれ。』
またもやガーベラが現れた。彼はルチルの隣で羽を広げ、ルチルが部屋に入るのを阻止した。
「どうして」
『黙って見てろ。』
ルチルはカイヤの方を見る。やはりそこにはニゲラの姿もあった。
「なぁカイヤ、確かに俺は何でもすると言った。だがこれは少々やり過ぎだ」
「ニゲラ、悪いが人類の発展には多少の犠牲はつきものなんだ。受け入れとくれ。それに、あんたに拒否権は無いと言ったはずよ」
「くっ......」
ニゲラは拳を握り締める。だがそれはカイヤに向かう事は無かった。
「悪いがお前との関係はこれっきりにさせてもらう。あばよ!」
ニゲラがこちらへ向かってくる、ルチルはガントレットを構えたが、ニゲラはガーベラの羽とルチルをすり抜けそのまま消えて行った。
「一体......」
『見ての通り幻覚みたいなもんだ。ほら、行くぞ。』
廊下の突き当りに光が現れた。2人はそれを抜け、次の場所へと向かった。
〈脈動の間〉
光を抜けた先には、荒廃した街が広がっていた。そこはどこかルチルの住む街と似ていた。
そしてまたもや、ガーベラはどこかへ姿を消した。
街の中は意外と人が多く、道端には段ボールを地面に敷いて、その上に座るみすぼらしい格好の人間が居た。この景色、どこかで見たような......?
人通りが少なくなって来た。人の気配が完全に抜けると、そこには風化した教会が建っていた。
「やっぱり......」
ルチルは恐る恐る、その教会に足を踏み入れる事にした。
教会の中は、ルチルが魔女と戦った場所そのものだった。
その中心には、やはりニゲラが居た。ニゲラは奥にある聖像に、祈りを捧げている様だった。ルチルはガントレットを構えようとしたが、ガーベラの言葉が頭をよぎり、構えを解いた。
ルチルが影からニゲラを眺めていると、突然、ニゲラの背後にガーベラが現れた。そのガーベラの手には、妖刀が握られていた。
「ぐぁっ!!」
ニゲラの断末魔が教会の中に響く。ニゲラは妖刀で胸部を一突きされると、その場で倒れた。ガーベラは振り返ると、ルチルの方を向いた。
『これで分かったか、ルチル。』
「!?あなたは、本物?」
『この先で待っているぞ。』
ガーベラはそう言うと、突如現れた光の中に、吸い込まれていった。気付けばニゲラの姿はどこにもなく、周りを見渡せは暗闇が広がるだけだった。ルチルは光の方へと、真っ直ぐ進み、その中へ足を踏み入れた。
〈刻動の間〉
光を抜けると、目の前にガーベラが居た。足元をよく見ると、そこはとても大きな時計そのものだった。
『私は、昔から人間が嫌いだった訳じゃない。』
『私は昔、ある少年を見た。少年は幼くして路地裏での生活を余儀なくされ、何かを成し得る事すら叶わず、そのまま命を落とした。そんな少年に、私はチャンスを与えた。』
『『私が言う者をここへ連れて来い、そしたらその体は永久にお前のものだ。』そう、私が救いの手を差し伸べた相手はニゲラだ。私は彼の魂に肉体を与え、人生をやり直す権利を与えた。まぁ、私にとっては丁度良い駒だったからな。そして、私が連れて来るよう言った相手、それがカイヤだ。だがニゲラはあろうことかカイヤと結ばれ、ルチルが生まれた。人と言う者は情に訴えかけるだけで、こうも容易く変わってしまう。』
『ルチルよ、1つ問う。』
ガーベラは身を包む羽を少しだけ広げる。
『お前が望んでいたものは何だ?』
「私は......」
2つ、望みを抱いたことがある。1つは主と、皆を守ること。もう一つは......
「メアに.....会いたい。メアと、約束した。それを果たしたかった」
『なら1つ、頼みがある。それを聞いてくれるのなら、お前にそれを望む権利を与えよう。』
「......できるんですか?」
『随分察しが悪いな。誰かから聞いた事は無かったか?「この島の命を、管理する存在」を。』
「いいえ......」
『無いのかよ.....まぁ無理もない。神子の信仰のが遥かに有名だからな。聖書の存在を知っていても、実際に信者でもなければそれに目を通す機会はそうないからな。それで、会いたくないのか?メアに。』
「会えるのですか......!」
『まぁ落ち着け。それは頼みの礼だ。まずはこちらの要求を聞け。』
ガーベラは少し離れた所に立つと、ルチルに告げる。
『私の罪を、裁いてくれないか』
ルチルは首をかしげる。
「私で良いんですか?」
『お前は本来、無垢なる者として生まれるはずだった。その上、今のニゲラを生み出し、お前から大切な人を奪った。理由としては十分だろ。さぁ、ガントレットを構えろ。』
ルチルはガントレットを構える。だがそこにはまだためらいがあった。
『安心しろ。私を倒すのにためらう暇を与える程、私は弱くないからな。さぁ、行くぞ。』
ガーベラは羽を広げ、地に足を着ける。刹那の静寂の後、ガーベラは目にも留まらぬ速さで、ルチルに向かってきた。ルチルはガーベラの鉤爪をガントレットで防ぐと、そのままガーベラを突き飛ばす。ガーベラは空中でホバリングし、態勢を立て直すと、身を翻しそのままルチルへとまっすぐ飛んで来た。ルチルはガントレットで真上に飛び上がりそれを躱すと、拳を握りガーベラへまっすぐ向かう。2人は空中で互いに攻防を繰り広げる。道場で培った能力により、ルチルは以前よりも遥かに機敏に立ち回れていた。
『思い出せ!!目の前で大切な人が散った時、お前はどんな気持ちであの場に居たんだ!!お前はどうしてアイツに立ち向かう事が出来た!!!!』
「...!!」
そうだ、あの時。私はあの時、衝動に身を任せ、自らの命を捨ててでも、彼を倒そうとした。いや、それだけじゃない。メアを守ってやれなかった罪悪感で、凄く息苦しかった。せめて彼女が、安らかに眠れるようにと、目の前の脅威を排除しようと、それだけで頭がいっぱいになった。もしあの楽しかった日々に戻れるなら、私だってそうしたいさ。そのためだったら、どんな苦しみも、乗り越えて見せる!!
ルチルの動きが一層勢いを増す。ガーベラの眼に映るルチルの髪は、赤みを帯びていた。
『そうだ!!貴様から彼女を奪った、平穏な日々を奪った全てに怒れ!!!それを力に変えろ!!!!』
「私は!!『私達は!!!!』」
「ここで挫ける訳にはいかないんだ!!!!』
ルチルの身体が光に包まれる。ルチルの放った拳を正面から受け、ガーベラは地面に叩きつけられた。だが、ガーベラが受けたものはそれだけじゃなかった。
光が収まり、ルチルは地に足を着ける。そこには背中合わせで、もう一人居た。
『見事だ。そして、感謝する。』
ガーベラは起き上がり、その2人へ歩み寄る。
『だが、私の願いはまだ終わっていない。私の罪そのものは、まだお前達の住む世界で今も息を潜めている。頼んだぞ。2人共。』
2人は頷いた後、互いに顔を見合わせる。なんと言葉をかけるか互いに迷った後、最初に口を開いたのはルチルだった。
「守ってあげられなくてごめん。もう、あんな目には遭わせないから」
「別にいいよ。結局アタシの自業自得だし。さぁ、帰ろう?」
「そうだね。帰ろう」
2人が会話を終えると、ガーベラは2人の前に門を作ってみせた。
『私はあの世界の者じゃない。ここでお別れだ。』
「お世話になりました」
『フッ、別にお前の世話をしたつもりはない。私は自分自身の決着を着けたかっただけだ。ほら、さっさと行け。』
2人が門をくぐると、そこはルチルたちの住む街だった。2人が暁の館へ1歩踏み出そうとした時、目の前に奇怪な景色が広がる。そこは確かにルチルたちの住む街だったが、目の前にいる2人の姿を見て悟る。そこに居る2人は、私達と同じ人造人間だと。
「「君達、誰?」」
[愛の形、心の形] 完
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