2章#11『人で無し』
〈黑云母、竹林〉
道場の裏から続く竹林、少し進むと、開けた所に川が流れており、そこでは稀に砂金が採れるそうだ。翠は弟子を追うと、いつもここへと辿り着く。
「チッ、まだ着いて来んのかよ……何回も言ってるだろ。俺はなぁ、」
「まだ諦めとらんのだろう」
翠に返された言葉に、目の前の少年は返そうとした言葉を詰まらせる。
「確かにこの世界は弱肉強食じゃ。ワシら人間は生態系の頂点とは言え、頂点同士でまた格差が生まれる。お主が黑珍珠に憧れ、この道場の門を叩いた時、お主はどんな気持ちでここに来たか、よく思い出してみるんじゃ」
「………」
少年は翠に背を向けたまま、黙り込む。その表情には、葛藤があった。
「居た居た、爺ちゃん」
突如、翠を見るなり黑珍珠が駆けつける。
「おぉ、黑珍珠か、あの青年の修行は順調かね」
「うん、加賀ちゃんすっごく覚えが早くて、今木の柱の上だよ」
「お前、あの上に放置してきたのか!?」
「すぐ戻るよ。爺ちゃん、あの棒知らない?」
「あぁ…あれならワシの部屋の隣の部屋にある。急いで戻ってやりなさい。今日は霧が濃い。崖下の奴らが拾いきれん可能性すらある」
黑珍珠は翠に手を振り去ろうとした所で、少年の存在に気付く。
「私に挑むのは良いけど、あの子やキミの周りの人を傷付けるのは感心しないな。もっと自身と周りの人を大事にしな。じゃ、またね」
黑珍珠は彼にそう言うと、その場を駆け足で去って行った。
〈黑云母前、木柱の橋、中心部〉
『貴方のせい』
「え?」
ルチルは気付くと知らない場所に居た。真っ暗で何も見えない。ただ、目の前の異質な存在と、ルチルだけの空間。
『貴方のせいで、私は死んだの』
その姿は、よく見慣れた、ルチルの未練そのものだった。
「……あぁ……私が、もっと強かったら……」
『そう、貴方のせい。全部』
目の前の人物は、絶えず述べる。
『貴方が弱いから、貴方が馬鹿だから、貴方が居たから』
『あの時、貴方が私に殺されていれば』
『あの時、貴方達がここへ来なければ』
『あの時、貴方に声をかけなければ』
『全部、全部、貴方のせいだ』
「………」
気付けばそこには、沢山の人物が並んでいた。そこに居る一人一人の姿は皆、ルチルの知る人々の様で、彼らは皆ルチルに、冷たい視線を送っていた
〈黑云母、木柱の橋前〉
「まずい……霧が濃くなってる……」
黑珍珠は自身の背より少し長い棒を片手に、濃い霧の立ち込める橋を大急ぎで駆けて行った。
〈理性と本能の街〉
ライラは結界の前に着くと、亀裂が入っている所を軽く叩いた。その力は活気あふれる少女のそれとは程遠く、叩いた音が耳に入る事すらなかった。
ライラが結界を叩いてすぐに、亀裂が広がり、ヤグルマが現れた。
『おかえりなさい、ライラさん。ルチルさんの事は聞いています』
ライラはヤグルマに目を合わせようとせず、地を向いていた。
『もし、貴方がここへ来た事を悔いているのなら、』
ヤグルマは続ける。
『もし、過ちを犯したとして、それを悔いているのなら、一度起きた過去を変えることは出来ません。ですが、貴方は今生きています。罪を犯した者に出来る唯一の贖罪、それは、生きる事です。さぁ、私の手を取って下さい。暁さんが待ってますよ』
「……ありがとう。その……ごめんなさい」
ライラはヤグルマの手を取る。
『良いんですよ。人は失敗から学ぶ生き物です。私だって間違えるときくらいありますから』
「え……?」
『私だって、元は人間ですよ?さぁ、しっかり捕まっててください。行きますよ』
ヤグルマはライラの手をしっかりと握り、暁の館へと向かった。
〈創造と破壊の秘境〉
目にも留まらぬ速さで橋を渡る黑珍珠の前に、1人の少女が立ちはだかる。
『貴方、誰?』
その少女は白いワンピースを身に纏い、身体は細く、長い髪をしている。黑珍珠は初めて見る幻覚を前に立ち止まった。
『ルチルに何の用?』
「………」
黑珍珠は柱1つ分前に出る。
『私の男に手を出さないでくれる?』
黑珍珠はもう一歩前に出る。少女の声は耳に入ってもその歩みは止まらず、少女をすり抜け、ルチルの方へと真っ直ぐ向かった。
〈???〉
ルチルの前で、絶えず罵声を浴びせる者達。ルチルはその場で動けず、ただそれを受け止めることしか出来なかった。
「………」
「確かに、私は君達を守れなかった。」
「この世界に生まれて、私は、皆を守りたいと願った。主を、メアを、皆を。結局、私が守ろうとした人は、主以外誰一人守れやしなかった。ライラには、重荷を背負わせてしまった。でも、ここで立ち止まったら、いつかまだ私の周りに居てくれる人まで、不幸な目に遭わせてしまう。だから、私は歩みを止めない。いつか、皆で笑って過ごせる日が来るまで。私は、絶対に、」
『止まるわけには行かないんだ!!』
突如、黑珍珠の目の前から霧越しに赤い光が差し込む。橋の中心部へと着くと、目の前に居たのは、髪が赤く染まり、目の前を鋭く睨みつける、ルチルの姿だった。黑珍珠はルチルの姿に呆気にとられる。暫く見つめていると、赤く染まった髪は段々と元の色へ戻り、それと同時にルチルはバランスを崩し、今にも落ちそうになっていた。
「!うわっ!!」
黑珍珠は咄嗟に棒を伸ばし、ルチルを支えた。それでも黑珍珠は、ルチルを見てきょとんとしていた。
「あぁ、黑珍珠さん、ありがとうございます」
黑珍珠から言葉が返ってこない。ルチルがバランスを取り戻すと、棒を持ち直し、絶えずルチルを見つめる。やっと口を開いたかと思えば、黑珍珠の口からは数多の疑問が飛んで来た。
「貴方って人間?じゃなかったら何者?もしかして神子?それとも幻覚?」
「えっと……自分でも何が起きたかわかってなくて、私どうしてました?」
「髪が赤くなってた。燃えてるみたい。綺麗だった」
「……」
ルチルは一度だけ、激しい怒りと衝動に飲まれた時、自覚こそ無かったが、確かに全身が燃えるような感覚に陥っていた。
「あ、ごめん、戻ってから話そう」
黑珍珠はルチルを連れ、黑云母へ戻ると、自室にある椅子にルチルを座らせた。
「ちょっと良い?」
そう言うと黑珍珠はルチルの背後に回り、髪に触れる。サラサラとした感触の中に、弾力のあるものが黑珍珠の手に触れる。
「……」
黑珍珠はそれを無視だと認識し、眉間にシワを寄せる。
「えっと……」
ルチルは黑珍珠の方に顔を向ける。ルチルは溶けて使えない管を、少しだけ伸ばして黑珍珠に見せた。
「信じて貰えるか分かりませんが、私、人間ではないんです」
「こんなもの見せられたら、信じるしか無いよ。それで、君は何なの?」
「人造人間……って言えば分かりますか?」
「機械?」
「あぁ、えっと……この身体は、人と同じ沢山の細胞から出来ています。機械ではなく、少なくとも生き物である事には変わりありません」
黑珍珠は目を輝かせる。
「貴方の住んでるとこって、人造人間はたくさん居るの?」
「今は……私だけです」
「ふーん………ところで、これの先溶けてるみたいだけど、これは元からなの?」
(………そうだ、恐らくここにはまだ魔女が居ない。被害が拡大する前に伝えた方が良いかも……)
「黑珍珠さん、魔女って聞いたことありますか?」
「魔女?」
黑珍珠は首を傾げる。
「はい……この島は今、その魔女によって、滅びるかもしれないんです。これは、その魔女と対峙した時に出来た傷です。あっ、魔女は複数居て、その中の一人に、この管を溶かされてしまって……」
黑珍珠は更に首を傾げる。
「加賀ちゃん」
「はい、なんでしょう」
「ここも、滅びちゃうの?」
純粋な質問が飛んで来た。
「えっと……」
ルチルはヤグルマから聞いた、大災害の事を思い出す。
「黑珍珠さんは、『黒い波』という言葉を、聞いたことはありませんか?」
「………」
黑珍珠はあまり驚いていない様子だったが、束の間の沈黙が、全てを物語っていた。
「着いて来て」
黑珍珠はルチルを連れ道場を出ると、裏庭から竹林の中へと入って行った。
続く。
今回の話も最後まで読んでいただきありがとうございます。
私の夢は、この世界の映像化。即ち、アニメ化でございます。
一生涯を賭けこの作品を完成させる意気込みですのでどうか応援の程宜しくお願い致します。
もし、この作品が気に入っていただけたのであれば、ブックマーク、お気に入り登録等、宜しくお願い致します。
また、感想やレビュー等も大変励みになる上大歓迎ですので、宜しければ書き込んで頂けると幸いです。
それでは、また来週。




