#2
「……………ぅっ……………………。」
何が起きた…………何があった………私は今………私の体は………どうなっている………?体が……………動かない……………。
(激昂する声)
頭の中で化け物の声だけが響く。私は敗北したのだろうか。私はもう、死ぬのだろうか。
化け物が翼を広げ空に羽撃く。そしてルチルの方に目掛けて、鉤爪を突き立て滑空してきた。
「化け物が来る…………回復が………間に合わない……………」
「ここまでか……………」
化け物がルチルにトドメを刺そうと飛んでくる。鉤爪がルチルを体を裂こうとした。その時。
ザシュッ......
「ふふっ、命中♪」
ルチルの前に一人の少女が現れ、化け物を斬り飛ばした。
(動揺し唸る声)
「……………なん………………誰だ………………?」
視界がぼやけて何も見えない。ただ漠然と目の前に人が居ることを認識したルチルはそのまま意識の奥底へと落ちていった。
少女はルチルの方を見た後、化け物へ向けて走り出した。
(激しく響き渡る声)
化け物も完全に怒り狂い、眼の前の少女を掻き殺さんとその翼を広げ少女へ爪を伸ばした。
「君がなんなのかは知らないけど、くたばってもらうよっ!!」
少女は物凄いスピードで向かってくる化け物をひらりと躱すと、大きく跳躍し、化け物の背中に一撃を加えた。
化け物はその場で怯んだ。少女もその隙を逃さず、空中で向きを変え、地面に着くと共に化け物の翼に向かって飛び込んで行った。
「はぁっ!!」
少女の放った刃は翼膜を破き、化け物は飛ぶことが出来ない程に負傷した。
(痛みに悶える声)
化け物は最後の力を振り絞り、強靭な顎で少女を喰らわんと走り出した。
「そんな攻撃、当たらないっての!!」
少女は余裕の表情でその場から真上に跳ぶと、化け物目掛けて降下し、化け物の脳天へ刃を突き刺した。
(途切れ途切れの咆哮)
化け物は断末魔を上げると、全身の力が抜け落ち、そのまま動かなくなった。
「本当、自分でも信じらんないや。ま、こうして実際に被害が出てるんだし、現実なのには間違いないんどけどねぇ……」
少女は死体の上で少し考えた後、その場を後にした。その時………
「…………え?」
化け物の死骸は跡形も無く溶け、黒い水溜りになった。
「うぅ…気味が悪い…………まぁ、これと……………アレの処理は誰かさんに任せるとしますか。」
少女は死体とルチルの方を見た後、何処かに跳び去っていった。
〈数日後………〉
「………ぅ………………ん……………?」
ルチルは気が付くと、病院のベッドで仰向けになっていた。目覚めて間もなく、看護師がルチルの下に向かってきた。
「あ、お目覚めになりましたか。既に傷は完治してますので、自由にしていただいて大丈夫ですよ。」
看護師は優しく微笑む。
「あの………化け物は………?」
「え?貴方が倒したのでは無いのですか?」
「え……?」
ルチルは少しだけ考え込む。意識が遠のく前になにか見たような………?
「とりあえず、もう好きにしていただいて構いませんから、私はこれで。」
看護師はそう伝えると、そこから立ち去った。
「…………」
ルチルは窓の外を見る。どうやらここは研究所の医療棟のようだ。カイヤの居る研究所はこの街ではとても大きく、いろいろな施設を兼ね備えている。もし私が普通の病院に運ばれたら、大変な事になっていただろうと、ルチルは思った。
意識がはっきりして、体もちゃんと動くようになった後、ルチルは病院を後にした。そして、化け物と戦ったあの場所へと向かった。
目的地に着くと、そこには予防線が貼られ、その中にはカイヤの姿もあった。
「主……!!」
ルチルは予防線をくぐり抜け、カイヤの下へ向かう。
「その声……ルチル………?ルチル!」
カイヤもルチルに気付き駆け寄る。カイヤはルチルの方に向かうと、ルチルを抱きしめた。
「怪我は大丈夫かい?」
「はい……!大丈夫……です!」
ルチルは答える。その表情は生まれたばかりの頃とは一変し、優しく微笑んでいた。
「そりゃあよかった!所でコレ、ルチルがやったんだってねぇ、やるじゃないか!」
「ど、どうも……アハハ……………」
ルチルは少し気まずそうに言葉を受け取る。
ルチルがふと化け物の死体の方を見ると、そこには骸になった化け物の上に、意識を失う前に見た者とは違う、どこか神々しい気配を漂わせる少女が立っていた。ルチルが不思議そうに見つめると、少女は優しく微笑み返し、泡のようになって消えていった。あの娘は一体何者なのだろうか。
「そうだ、暫くこいつの調査は長引きそうだから、先に帰っていてくれるかい?もしかしたら帰ってこれないかもしれないが、その時は研究室に籠もっているから、何かあったらそこに来るといいさ。」
そう言うとカイヤは調査に戻り、ルチルも家に戻った。
〈その日の夜〉
「……………」
布団に横になったルチルは、眠れずに居た。意識がはっきりとしたままただ時間だけが過ぎる中、ふと窓の外を見ると、そこには昼間、化け物の死骸の上に立っていた少女が、空中で静止し空を仰いでいた。
ルチルが暫く眺めていると、その少女は街の方へと飛んで消えて行った。
「ま……………待って……………」
声を出すのも束の間、ルチルは眠気に襲われ、そのまま眠りに就いた。
〈翌朝〉
支度をして家を出ると、門の前で一人の男がスマホをいじっていた。
「ん?おぉ、起きたか。よっ」
男はこちらに気づくと、やたら馴れ馴れしく話しかけて来た。
「貴方は……?」
「俺は暁。加賀知暁だ。まぁ要するにあんたの主の父親だ。あんたからしたら俺ぁあんたの……そうだなぁ、お爺さんってとこか?」
「はぁ……。あの……それ…煙草ですか………?」
ルチルは暁が咥えている棒状のものを指して問う。
「ん?あぁこれか、こいつぁ煙草じゃなくてキャンディだ。ほらな?」
暁は咥えているキャンディを手に取りルチルに見せた後再び咥え、ポケットからもう一つのキャンディを取り出した。
「あんたも食うか?」
「い、いえ……結構です……」
「おう、そうか。っといけね、あんたに用があんのを忘れてた」
「用……?」
暁の顔色が少し変わった。
「あんた。いや、あんただけじゃない。最悪この街、この国全体に関わることかもしれねぇ。まぁ立ち話もなんだ。俺の家まで案内してやる。ついてきな」
ルチルは暁の後に付き、暁の住む屋敷へと向かった。
「……にしても、あんたよくやるよなぁ、あんなバケモンに勇敢に立ち向かってくんだから。おっと、俺はトドメを刺してないからってのは無しだぞ?ああいうのは立ち向かうことそのものに意味があるんだから。まぁ、一般人が無謀にもあんなやつに向かって行くとしたらそいつぁただのバカだがな」
沈黙が気まずいからか、気を使ってくれているのか、暁はペラペラと世間話を始めた。
「……?何故、私がトドメを刺してないのを……?」
不思議だった。主や街の人たちは、私がトドメを刺したと思い込んでいる。だが目の前にいるこの男は、私がバケモノにトドメを刺せず、無慈悲にもあの強靱な尾で薙ぎ飛ばされ、ビルの壁に身体を打ち付けられたのを知っているようだった。
「ん?あぁ、あんた、壁に打ち付けられたあとどんくらい意識があったんだ?」
「ええっと………」
気絶する直前、何かを見た気がしたが、その時の事を中々思い出せずに居た。
「まぁ無理もないか、変なこと聞いちまったな、わりぃ。」
「い、いぇ…………」
「そういやあんた、バケモンには丸腰で行ったのか?」
暁が問う。
「あ、えっと………」
ルチルは後頭部から管状のものを伸ばし、暁に見せた。
「これで……」
「へぇ………」
暁は不思議そうにルチルの管を見つめる。
「それ、後頭部から直接伸びてるみてぇだな。すげぇな人造人間ってのは。さすがは俺の娘、そして俺の孫だ」
暁は少し誇らしげに自分の胸を軽く叩いた。
そんな会話をしている内に、2人は暁の家へとたどり着いた。
「着いたぞ。ここが俺の家だ」
そこには周りの建物とは全く雰囲気が違う、とても大きなレンガ造りの館があった。
「まぁ正確には『実質』俺の家だな。まぁ入りな、話はそっからよ」
暁に案内されルチルは暁の館へ足を踏み入れた。
玄関の戸を開けると、そこには広間の中央に、天井を突き破らんばかりの大きな樹がそびえ立っていた。
「でけぇだろ。この大樹は俺がここに住む前からここにあんだ。長い間、ここの住人を見守り見守られ、支え合って来たんだろうな。ってそんな事は置いといて、俺の部屋はこっちだ。ついてきな」
「あ、はい……」
ルチルは借りてきた猫みたいになっていた。寝起きで外に出るや否や、待ち伏せしていた主の父親を名乗る見知らぬ人へ連れられ、まるで別世界へ来たような雰囲気の館へ案内された。先が思いやられる………。
#2 おわり
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