2章#7『刻動』
鼓動が響く。
五感が鈍り、最後に残った唯一鋭い感覚。
触手が貫通した腹部に、吹き抜ける風よりも鋭い。
(それは……の…り…………。)
何だ……?
(お前は……で……でいい………ない…………。)
何か大切な事を、忘れている気がする。だが、今の私にはもう……
思い出す為の力も、残っていない。
それでも、鼓動は絶えず、むしろ激しくなっていく。
鼓動……いつまで続くのだろう。………いつ……?
そうだ………思い出した……。
(目の前にいた、1人の少女さえ………)
(少し、………1人に……して欲しい………)
(私が……犠牲になっていれば…………)
いや、違う。今度は、一緒にって決めたんだ。私は、ここで倒れるわけには行かない。彼女はもうここには居ない。だからと言って、約束を破るような真似はしない……!私は……彼女と共に歩む。誰だろうと、
『私達の邪魔はさせない!!』
『何……!?』
突如、ルチルが光りに包まれる。それは鼓動しているかの様で、刻動守りの模様が脈打つ様に光を発していた。
『諦めが悪い子は嫌いだわぁ……!もういい、そのまま跡形も無く溶かしてあげる!!!』
魔女がルチルへ接近し、触手を伸ばした、その時だった。
『っ…!!ぐぁっ!!!!』
魔女の伸ばした触手は木っ端微塵に切り裂かれ、断面から砕けて行った。魔女は必死に距離を取り、体勢を立て直した。
『何ぃ……?何なのぉ…!!』
(何……だ……?)
鈍っていたルチルの感覚が、少しだけ戻って来た。だが、まだ視界がぼやけており、何が起こったのか分かっていなかった。
『ぁ……貴方………本当に何者なのよ!あのお方は………こんなこと言ってなかったわよ………!』
光が収まり、魔女の視界がはっきりしてくる頃、地に膝を着くルチルの前に、1人の少女が立っていた。
『なっ…………!貴方……まさか……!!?』
少女は魔女に刃を向ける。その容姿は何処かルチルと似ていた。
『………フッ………フフフ………そう。そうなのね……。これは吉報かもしれないわぁ……?だってぇ………あのお方への土産が増えるんですもの……!』
魔女の足元に広がる暗闇が、更に広くなっていく。ある程度の所で止まると、中から6つ、人の身体が這い出てきた。その目は光を失い、言葉を発することはなかった。それどころか、呼吸すらしていなかった。
『人ってのは不便よねぇ……少し情が湧くだけでぇ……簡単に雑魚になるんだものぉ……!貴方のようにねぇ……!!!』
魔女は6つの身体を操り、少女へと向かわせる。少女は魔女へ真っ直ぐ歩み始めると、その傀儡達を順番に切り刻んで行った。
『はぁ……!?アンタ正気なのぉ!?分かったァ……貴方も傀儡を持ってたのねぇ………可哀想な少女……そこのルチルとか言うゴミは、貴方を最後まで利用しようとしていたのねぇ……』
少女は歩めを止めない。その眼は殺気を帯びつつも、冷静であった。
魔女は必死に触手を伸ばす。少女は首元から自らの血液を指に付着させると、それを飛ばした。すると、触手は血液の当たった所から、凄い勢いで溶けて行った。
『なんで……どうして……!まさか………貴方……!!?』
少女は尚も歩みを止めない。絶えず伸びる触手は、少女に届く事は決してあらず、気付けば魔女は後退りしていた。
『わ……、分かったわ……!今回は見逃してあげる……!だから……』
魔女はかかとから躓き、尻餅をついた。少女は冷酷な眼差しで、魔女を見下す。
『お願い……許して………貴方の友達に手を出したのは謝るから……!』
『お願い……殺さないーーーーー』
魔女が言葉を終える間もなく、少女は魔女の首に刃を振り下ろした。
魔女は斬られた断面から、跡形も無く溶け、気付けばそこには水溜まりのみが残った。
何が……起こったんだ……?
いっ……痛覚が戻ってきた………回復しているのか………?
でも………出血している感覚がない。枯れたのだとしたら……私はもう死んでいるはず……ここは……あの世なのか…………?
前にも、同じような事があった気がする。
視界がはっきりしてきた。でも、まだ何も分からない。雀さんは……?魔女は何処に……?
……?眼の前に………誰かいる……?
いや、私は………
ルチルの前にある人影は、ルチルの顔を見つめる。直後、腹部の痛みが引いていくのを感じた。
そうか……君は…………
視界がはっきりする直前に、ルチルは意識の深い所へと落ちて行った。
〈???〉
………
「……っ……ん………?」
「おぉ!お目覚めになりましたか。」
ルチルは目を覚ますと、知らない建物の中に居た。
「貴方は……?」
「名乗る程の者ではありません。それより、回復したみたいで、良かったです。貴方のご友人達も、そちらに。」
ルチルが彼の指した方を見ると、布団に仰向けになっているライラと雀の姿があった。
「片方の方も、直ぐに目を覚まされると思います。その……もう片方なのですが……」
「その、複雑な事情があるのでしょうから、深くは触れないでおきます。少なくとも、私の知り合いに診て貰った結果としては、特に問題はなかったみたいです。」
「そうですか……あの、聞きたいことがあるのですが……」
「ここは何処か、ですよね。ここは町の外れにある小さな薬屋みたいなものです。ご安心ください。貴方達の事は誰にも言いませんから。ここは、同じ様な事情を持った方が、大勢来られるんです。体が完治しましたら、好きにして頂いて構いませんよ。」
彼はそう言うと、部屋を後にした。窓の外から、鳥のさえずりが聞こえる。先程までの激戦など、最初から無かったかの様だ。
「全部、夢だったのだとしたら………」
私が最後に見たあれは、何だったのだろうか。
窓の外を眺めるルチルの後ろから声がした。
「ん…………うん?あれ……私………」
「おはよう、ライラ」
ルチルは目を覚ましたライラに声を掛ける。
「あれ……?ルチル?それにここは………」
「多分、全部…終わったんだと思う………。」
ライラは下を向く。
「………私……。何も出来なかった………。結局、最後に任された事さえ、果たせなかった。やっぱり私って駄目だね……すぐ調子乗っちゃう。」
「………」
「あの時、君に助けて貰えなかったら、今ここで魔女を倒すことは出来なかった。言ってしまえば、これは君のおかげだよ。確かに、失った物も沢山ある。だけど……」
ルチルは、スズメの言葉を思い出す。
「あの子達と過ごした思い出は、きっと私達の力になる。だから……その………ごめん、あまり気の利いた事言えなくて……」
「大丈夫、気持ちは伝わってるから。ありがとう。」
数日後………
2人は完全に回復し、薬屋の外で景色を眺めていた。すると、薬屋の中からスズメが出て来た。
「雀さん……!治ったんですね!」
『あぁ……』
スズメは初めて会った時と同じ様に、少し大きな麦藁帽子を深々と被っていた。
『まずは、ありがとう。敵を取ってくれたんだろう。それと………いや、やっぱり何でもない。』
スズメは2人の前に出る。
『すまない……暫く………1人にして欲しい。1人で……考えたいんだ。』
「……」
2人は何か言おうとしたが、何も浮かばなかった。スズメはその場を去ろうとしたが、少しした所で立ち止まった。
『ルチル君。』
「はい……」
『もし、君が前に進もうとしているのなら、そのまま君の道を進むといい。それは、私が成せなかった事だ。だけど、今の君になら、それが出来るかもしれない。』
『それじゃあ………さようなら…………。』
スズメはそう言うと、その場を去って行った。
2人は向かい合う。だが、ライラは目を合わせることが出来なかった。
「えっと……その、ルチルは……これからどうするの……?」
「私は……」
(結界の向こうの様子を、君に見てきて欲しい。)
ルチルはエリナからの頼みを思い出す。
「私は、ここから北の、結界の先に向かおうと思う。」
「そっか………その……私…………これ以上貴方の隣に居ても、また貴方に迷惑かけちゃう……から………はぁ…………ごめん、私は、家に帰る。」
「そっか……分かった。私も無理に一緒に来てとは言わないよ。じゃあ、ここで一旦お別れだね。」
「うん………その、またね。ルチル。」
「うん、また」
2人はそう言うと、それぞれの進む道へと進み始めた。
続く。
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私の夢は、この世界の映像化。即ち、アニメ化でございます。
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