2章#1『柊ライラ』
ピトッ
街の片隅、建物の壁に寄りかかり俯いていた彼の頬に、何か温かいものが触れる。これは……ペットボトル……?
ルチルがペットボトルの方を向くと、そこには一人の少女が居た。この容姿……どこかで……?
その少女は、自身にルチルの視線が向くと、ルチルの顔の前であたたかい飲み物が入ったペットボトルをゆらゆらと揺らしている。
「君は…………」
ルチルが口を開くと、少女はペットボトルを揺らす手を止め、ルチルの言葉を抑えるように口を開く。
「私のことを聞きたいなら。まずはこれを受け取ってから。それとも、ミルクティーは嫌い??」
「いえ……好きです…けど…………」
ルチルは困惑しつつもミルクティーの入ったペットボトルに手を伸ばす。あと少しでルチルの手が届く所で、少女はミルクティーを手から遠ざける。
「あっ………え………?」
「言ったでしょ?私のことを聞きたいならまずはこれを受け取ってから。奪い取ってみて♪」
そう言うとその少女はルチルに背を向けものすごい速度で走り去って行った。
「えっ……ちょっと……!」
ルチルは咄嗟にその少女の後を走って追う。だが2人の距離はみるみる内に離れて行き、気付けば人混みに紛れ、ルチルは完全に女性を見失ってしまった。
「見つけてご覧?君なら出来るよ。思い出して、私がどんな姿をしていて、どんな音を立てて、どんな匂いだったのか」
(彼女の気配はまだ消えていない。恐らく彼女はその場から動かず、こちらの様子を一方的に見ている。)
ルチルは辺りを見渡す。しかしそれらしき姿は一切見当たらず、視覚は使い物にならなかった。
(音……匂い…………そうか!)
ふと、メアとの戦いを思い出す。
(全方位の何処から来てもおかしくはない。もし死ぬとしたら、今できる一番の事を……。)
ルチルは目を閉じ、耳を澄ます。道行く人々が発する不規則な声……足音……。その中に、微かだが、規則的に鳴り続ける足音が、耳に入る。道行く人々を避け、ルチルが音の方へと向かうと、その場で規則的に片足を鳴らす彼女の姿があった。
「ふふっ、おめでとう。君の勝ちだよ。」
「……逃げないの……?」
「うん。もうゲームは終わり。ついてきて!」
「えっ、ちょっ」
ルチルは少女に腕を引かれ、ある場所に連れられる。少女に腕を引かれるままたどり着いたのは、暁の館だった。
「お父さーん!たっだいまー!」
「おう、おかえり……って、なんだ、俺から言うまでも無かったな。早速仲良くなってやがる。やっぱ若いもんには敵わねぇな。」
「お父さん……?ってことは……!」
「私ライラ。柊ライラ、よろしくね!君の名前は?」
(その娘、ライラってんだが)
(早速合わしてやりてぇが、生憎今は旅行に行っててな。多分もうそろそろ帰ってくるんじゃねぇかな。)
「加賀知…ルチルです。」
「そっか!よろしくね、ルチル!」
「ライラ、そいつが俺が言ってた奴だ。バケモノと戦い、惜しくも敗れたが、多くの人を救った。」
「あぁ…!あの壁に埋まってた人、もしかして!」
「アハハ……恥ずかしながら、私です。」
「全然恥ずかしいことじゃないよ。むしろ誇っていい事だよ!」
「……でも、私を助けてくれたの、ライラさんなんですよね。礼を言うのが遅くなりましたが、あの時は本当にありがとうございました。」
「いいよそんな、それに、もう終わったことだし気にしないで。あと、敬語は使わなくていいよ。お父さんの実質的な息子なんでしょ?なら、私は兄弟みたいなもの。ほら、握手しよ!」
ライラはそう言うと、右手を差し出した。ルチルはその手を取り、2人は握手を交わした。
「改めてよろしく!ルチル!」
「こちらこそ、ライラさ………ライラ。」
「それでよし!さっ、そろそろお昼だし、お父さんになにか作ってもらおっ!」
「しれっと要求してきてんじゃねぇよ。まぁ作ってやるけどよ。」
皆々食卓を囲い、食べ物を口に運んだ。
食後………
玄関にチャイムの音が響く。それに暁が出ると、そこには見慣れない人の姿があった。
「えっと……どちらさん……?」
「…驚いた、私を知らない者がまだこの街に居るとは」
暁が問うと彼は目を見開き驚いた様子を見せた。
「なれば自己紹介といこう。私こそは!いや、私こそが!この街の主であり!この街を治める者!透輝エリナとは私の事だ!!」
「………はぁ……。……え?あー………そんで……その透輝エリナさんが……何の御用で?」
「ルチル君……だったかね?彼に用があって来たのだよ。この家で合っているはずだが。」
(こいつ……ルチルに何の用だ………?まさか、ルチルの素性を知ってるのか!?だとしたらかなりマズい事に……)
『ご安心下さい、彼を連れてきましたのは私なので♪』
暁が戸惑っていると、何処からとも無くヤグルマが姿を見せた。
「……はぁ…………なら良…………いのか?とりあえず立ち話もなんだ、二人共上がってくr…ださい……?」
「ハハッ、無理に敬語を使わなくてもいいんだ。むしろ私は馴れ馴れしくしてくれた方がやりやすいからね。」
「そうか……あー……とりあえず、どうぞ。」
暁は2人を中に入れ、客室へと案内すると、人数分の茶と茶菓子の入った籠を机置いた。
「そんで……何の御用で?」
「先ほども言ったが、ルチル君に用事があってね、要件から先に言うと、彼には、結界の先を見てきて欲しいんだ」
「……はい?」
『ここからは私が説明します。実は数週間前、ルチルさんと共に結界の向こうへと向かった先で、私たちはこの街とはかけ離れた景色を目にしました。そして、その結界を張った時の神子とも出会いました。会話を交わすことは……叶いませんでしたが………』
ヤグルマが話す横で、エリナが黙々と出された茶菓子を頬張っている。どうやら甘党らしい。
『先代の時の神子は大災害の時、島を4つに遮断し、大災害の被害を抑えました。ですがその後、遮断されたそれぞれの区画がどうなっているのか、確かめる為に動き出すことも出来ずに居ました。そうして困っていた時に、上空を浮遊するルチルさんを見かけたのです♪』
「お、おう………」
(ルチルのやつ、もしやとんでもねぇのに目を付けられてねぇか?まぁ……神子が関わってる時点で今更か………)
「まぁ、これに関しては本人の意見も聞きたい。あー……ちょっと呼んでくるから、そこでくつろいでいてくれ。」
(はぁ……会わせない道は選べないか。仕方無い。)
暁はエリナとヤグルマを置いて部屋を出ると、ルチルを呼びに行った。
「ねぇねぇルチル!私ね?旅行行ってた時の話なんだけど、こーんなにおっきな綿菓子が売ってたの!思わず衝動買いしちゃった!……嘘じゃないよ?」
「別に嘘と疑ったりはしてないよ……でも、少し食べてみたいかも」
「でしょ!今度一緒に行ってみない?」
暁がルチルを呼びに裏庭に行くと、ルチルはライラと雑談していた……と言うより、ライラに質問攻めにあっていた。
「おーいルチル、客人があんたに話があるってよ」
「客人……?誰だろう……」
「ねぇねぇお父さん、私も聞きに行って良い?」
「別に構わねぇが……面白いもんなんてねぇぞ?」
「大丈夫!その時はあやとりでもしてるから!」
「そうか……まぁ、騒がねぇなら別にいいけどよ。じゃ、着いてこい。」
暁は2人を連れ部屋に戻ると、いつの間にか籠に山並み盛った茶菓子が跡形も無くなっていた。
「ん?あぁ、すまない。こう言うものを普段あまり口にしないものでな。つい食べ過ぎてしまった。ふむ……帰りに買ってくとしようか……」
「あー……連れてきたんだが……」
「えっと……」
ルチルがエリナと顔を見合わせる。
「…あれ?ヤグルマさん?」
『さっきぶりです♪』
「どうも……」
「とりあえず、座りたまえ。」
3人は同じソファーに腰掛ける。
「それで……用というのは」
「結界の向こうの様子を、君に見てきて欲しい。」
(アタシも……いつか………その…………)
(一緒に、行ってみたい。)
(じゃあ、約束!)
ふと、メアとの思い出が浮かぶ。果たせなかった約束が、背筋を伝う。
「これは強制ではない。君の意思を最大限尊重するつもりで居るよ。」
「私は……」
「結界の向こう!?ルチル!結界の向こう側に行った事があるの!!?」
「こらっ、静かにしてろって言ったろ……」
「おや、君は……」
「あぁすいません。この娘は俺が養子として引き取ってる娘で……」
『貴方は………』
ヤグルマが不思議そうにライラを見つめる。
「ん?」
ライラもまた、ヤグルマの方を見つめる。
「驚いた……君も神子が見えるのか」
「えっ、神子ってそういう感じなんですか?」
暁が問う。
「えっ?違うのかい?てっきり霊的なのと同じ様なアレかと」
『違いますよ?』
「あんた神子の事なんだと思ってんだ……」
「うーん………集団幻覚みたいな?」
「はぁ………』
その場にいるエリナ以外全員がため息をつく。こんな人がこの街の主で、果たして本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。
「……それでルチル君、協力してくれるかい?」
ライラが考え込むルチルの手を取る。
「ねぇ!行くなら私も行っても良い?」
「えっ……」
ライラの発言に一同が驚く。エリナが口を開く。
「君、念の為言っておくが、結界の先は私たちの知らない世界だ。たくさんの危険が待ってるかもしれない。それはこの街の人達皆が知っている事だ。悪いことは言わないから……」
「大丈夫だよ!こう見えて私、結構強いんだよ?」
エリナの言葉を遮るようにライラが答える。
「そうなのかい?ルチル君。」
「はい、ライラ…には、命を救われた事もあるので」
「そうか……だったら、信頼しても良いのかもしれないな。」
「はぁ……そんで、どうする?ルチル。」
ライラは期待の目でルチルを見つめる。
「……分かりました。」
「そうか…!では、よろしく頼む。準備が出来たら、ヤグルマを呼ぶと良い。」
『私は、屋根の上にでも立ってますので♪』
「は、はぁ……」
「押しかけて済まないね。では、これにて失礼するよ。何か進展があった際には、ヤグルマを通して私に情報が行くようになってるから、報告関連の心配は要らない。それでは。」
エリナは客室を後にし、そのまま去っていった。ヤグルマも、窓から屋根の上へと飛んで行った。
「はぁ……一難去ってまた一難。って奴か……ルチル、無理はすんなよ?」
「はい。分かっています。」
「結界の向こう側か……どんな景色なんだろう。美味しいものあるかな♪」
ライラは、自分の知らない世界を見れることに、心躍らせていた。
続く
今回の話も最後まで読んでいただきありがとうございます。
私の夢は、この世界の映像化。即ち、アニメ化でございます。
一生涯を賭けこの作品を完成させる意気込みですのでどうか応援の程宜しくお願い致します。
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