#1
例の1件の後、救急車が現場に到着する頃には、加賀知ルチルは死亡、加賀知セレナは植物状態となった。その報はカイヤにも入ってきたが、もはやカイヤには意思疎通出来る程の精神力など残されていない。あるのは自らが没頭している研究と在りし頃の、もう二度と戻らない思い出だけだ。
〈数ヶ月後…………〉
パリンッ!!!!
カイヤの研究室からガラスの割れる音が響く。カイヤはあの頃よりもか細い身で必死に研究室へと向かう。重い戸を開けカプセルの方を向くとそこには、粉々に砕けたカプセルの前に、薄い水色の瞳に橙色の線が差し込んだ眼で、こちらを見つめる白髪の人間が居た。
「………!!」
乾いた目が潤う間も無く、カイヤは細くなった身が嘘のように走り出し、勢いよくその人間を抱きしめた。もう二度と失うことがないよう、強く、強く抱きしめた。
「………………?」
カプセルの外に出て初めての温もりと刺激に戸惑いながらも、その人間は優しく、濡れた腕でカイヤを包みこんだ。あの頃の思い出が鮮明に蘇る。もう二度と戻らなかったはずの、大切で温かい思い出が。
「うっ………ぐっ………!あ……ぁぁ……………ぁぁぁぁぁぁぁ………………!!」
加賀知ルチルが、私の息子が、帰ってきたんだ!
人としての尊厳などどうでも良くなるくらいに、カイヤがルチルと呼ぶ者の胸の中で、カイヤは絶えず涙を流し続けた。
〈数日後〉
「えっと………主……?その…………これは………?」
ルチルがこの世界に帰ってきてから数日、カイヤは休暇を取り、ルチルとの大切な時間を過ごしていた。
「せっかく大きくなったんだ。あんたの服も新しくしないとって思ってね。中々似合ってると思うんだが、どうだい?」
カイヤはルチルの服をいくらか買い揃え、ルチルに試着させていた。
「その………はい。主が似合うと言うなら……似合うと………思います。」
ぎこちない口調でルチルが答える。まだカプセルから出て数日しか経っていないからか、喋るのに慣れていないようだ。
「そりゃあよかった!せっかく服も買ったんだ、ちょっとお出かけしないかい?まだカプセルから出てきて間もないからねぇ、改めてこの街を色々巡ってみようじゃないか」
「はい……主………。その…………」
「ん?どうしたんだい?」
「ここに来てからずっとなんですけど………後頭部が痒くて……………」
髪に触れながらルチルが答える。カイヤも少し気になったのか、ルチルの背後に立って後頭部を覗いてみた。
「おや………これは………………」
少し眉間にシワを寄せ考え込む。暫く考えた後、ぱっと表情を晴れさせて口を開く。
「まぁ、今は特に問題ないだろうから、気にする必要はないと思うよ。安心しな」
「そうですか……それは……よかったです………。」
ルチルも少し表情が柔らかくなったのを感じる。
「よし!じゃあ出掛けるとするかねぇ」
カイヤとルチルは、部屋を後にした。
街に出向いた2人は、研究所から5分程の所にある、スイーツの店に来ていた。
「主……ここは……?」
「ここは甘いスイーツがたくさん売られている場所でねぇ、研究で頭が疲れたりした時はよくここでケーキを買ってリフレッシュしてるのさ。折角だから、ルチルにも何か食べさせてあげるよ。」
「いいのですか…!ありがとうございます…!」
「いいんだよ。肩の力を抜いておくれ」
ルチルはまだ、言葉を発するのに慣れていないようだ。
店に入った2人は、ショーケースに並ぶスイーツを眺め、カイヤが勧めるスイーツを2人で注文した。スイーツの入った箱を受け取り会計を済ませると、2人は店を後にした。
気の向くままに街を歩き、商店街に着いた2人は、ある人に捕まり、店に連れ込まれた。
「おう!加賀知さんじゃあないかぃ!珍しく元気そうじゃないかぃ!なんかあったのかぃ?」
「別に?まぁ少なくとも元気なのは確かだねぇ。そうだ、これと……それも1つ貰えるかい?」
「あいよっ!ちょっとまってな!そうだ、あんたカイヤの付き添いだろ?良かったらこれ、オマケしといてやるよ。」
「あ、ありがとう……ございます……」
「にしても珍しいな………あ!もしかして、カイヤあんた、新しく相手が出来たのかい?めでたいねぇ!!」
「はぁ?違うって!!この子は私の…………いや、やっぱりなんでもない…………こいつはあたしの助手だよ。」
(ルチル、合わせてくれないかい?この人世話焼きな所があってねぇ?)
(は、はい……………?)
疑問に思いつつも、ルチルはとりあえず話を合わせる事にした。
「そ、そうなんです…………その……カイヤ……?さんに、憧れてて……」
「そうだったのかぃ!勘違いして悪かったねぇ!にしても、加賀知の嬢ちゃんはいい師匠になるだろうよ!がんばんな!!」
「は、はい………!」
店の店長の熱さに圧されつつも、なんとか誤魔化し切った2人は会計を済ませ、店をあとにした。
「はぁ……全く、見つかっちまって散々な目にあったよ。普段はまぁ優しいんだけどねぇ……どうしてもアレだから。」
事件の話は、ここへ来る時、街頭のモニターで放映されていたのでルチルもなんとなく知っては居た。恐らく店長もあの件でカイヤが落ち込んでると思い、店長なりの気遣いだったのだろう。少し的外れな気はしなくもないが。
街へ繰り出し、ある程度巡った後…………
「…………おい、なんだあれ!!?」
「知るわけ無いでしょ!!あんなバケモノ!!」
「バケモノだ!!バケモンが居るぞ!!!!」
それは車道の幅程ある翼を広げ、空を舞い、人々に混乱をもたらしていた。
瞬く間に騒ぎは街中に広がり、逃げ惑う人々が後を絶たない中、カイヤとルチルは逃げる途中、群衆の波に巻き込まれはぐれてしまった。
「主……?主………!!どこですか!!!?主……!!!!」
その声は逃げ惑う群衆にかき消され、カイヤに届くことはなかった。そして…………
(低く重い唸り声)
ルチルの真後ろで声が響く、ルチルは怯えるかに思えたが、少しの沈黙の後、無謀にも振り返り、化け物を見つめる。カイヤを初めて見たときとは一変して、覚悟を決めた眼差しで、それを睨みつけた。
「無謀なのは……わかってるけど…………どのみちこの間合いだ……………!どうせ死ぬなら…………!!」
素人ながらに身構え、化け物の様子をうかがう。化け物もルチルをまじまじと睨みつけながら、一定の間合いを保つ。そして
(重く響き渡る声)
堂々と正面から化け物が向かって来た。ルチルはすんでの所で躱し、それの頬に拳を入れるが………
「くっ……駄目か………!」
その硬い甲殻には傷一つも着かず、ルチルの拳は少し赤くなった。
化け物は尻尾でルチルを弾き飛ばした。ルチルはなんとか体制を整え、臨戦態勢に入る………が。
「うぐっ…………」
「体が動かない……今の一撃を受けるので…………力を使い切ってしまった………。」
化け物が再び突進してきた。
「クソっ!!どうしたら………!!」
化け物はルチルまであと少しの所まで接近してきた。もう時間がない。
「ここまでか……………!!」
(後頭部が少し痒くて………)
(おや………これは…………)
ふと家での出来事を思い出す。もはやなんでもないその思い出すら懐かしく思う。どうして生まれて間もない私が、こんな事をしているのだろうか。何故私は、はぐれてしまったのだろうか。主は私よりも背が小さく、心も衰弱しきっている。そんな事はあの日から分かっていたはずだ。………そうだ、私が主を守らなきゃいけない。主の平穏を乱すものは、私が許さない。そして主だけでなく、この街の人々も、私に優しくしてくれた。その恩も、この場で返さなきゃいけない……!
「っ………!!!?」
化け物がルチルに接触するその時………!
(軽く動揺する声)
ルチルは化け物と接触し、大きく吹き飛ばされたかに見えたが、ギリギリで回避し、その場で化け物に向かって構えていた。まるで最初の被弾が嘘のように。
「…………ん?」
「これは……………?」
ふとルチルが自身の周りに視線をやると、そこには後頭部から伸びた管状のものが、ルチルの周りをうねうねと動いていた。その管にルチルが意識を集中させると、自在に操れるようになり、ルチルの右腕に巻き付いた。
「これなら………もしかしたら………!」
ルチルは腕を伸ばし、再び管に意識を集中させると、管の先端から霧のようなものが噴出し、瞬く間にルチルの右腕に、刃状のものが形成された。
「よし……!これなら……!」
激昂したのか、化け物は先程よりも速いスピードでルチルの方へと向かっていった。ルチルはそれを躱し、再び頬に刃で斬り付けた。
(痛みに動揺する声)
化け物の頬には亀裂が入り、化け物は大きく怯んだ。
「よし……!!一撃入れられた!!!」
どうやらこの管はルチルの体力に大きく関わっており、管から空気などを吸うと、管の中でルチルのエネルギー源へと変わり、体内へ送られるらしい。逆にそれを管から噴出させると、それは瞬く間に硬化し、強力な武器のようにすることも出来るようだ。
「今度こそ………!!決着を付ける!!」
ルチルは刃を構え、勇敢に化け物に斬り掛かる。化け物も体制を整え、鋭い爪で対抗する。違いに一歩も引かず、接戦となっている。
「くっ……これじゃキリが無い……………」
ルチルが襲いかかる翼爪を斬り払い、化け物の眼目掛けて刃を伸ばしたその時……!
「うぐっ………!!!!」
ルチルが伸ばした腕は風を斬り、気がつくとルチルは、ビルの壁に打ち付けられていた。
To be continued…
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