#17
夜が明けた。
2人は目を冷まし、暁が用意した朝飯を噛み締める。もしかしたら、これが最後の晩餐になるかもしれない。
「朝飯の時位、肩の力抜いたらどうだ?ほら、背伸びして深呼吸してみろ。」
2人は朝食のパンを皿に置き、深呼吸をした。少しは胸騒ぎが落ち着いたのか、表情が柔らかくなった。
「そうそう、それでいいんだ。平穏な日々を噛み締めるのも大事だが、切り分けるのも大事だからな。さっ、冷めない内に食べようぜ。」
3人で食卓を囲う。何か気の利いた話でも出来れば良かったのだが、そんな話は昨日の晩に済ませてしまった。3人は黙々と食べ進め、完食した。
「ふぅ……さてと、食器は俺が下げるからそのままでいいぞ。…………今日だよな。約束の日は。」
「…はい。」
「………絶対に、絶対に生きて帰って来い。他人に事を強いるような真似はしねぇ。だが、これくらいは頼ませてくれ。最初にも言ったが。あんたらはまだ若い。ここで死んでいい器じゃねぇんだ。分かったな。」
2人は暁の言葉に頷く。暁は優しく微笑み、2人に声を掛ける。
「よし!じゃあ、いってらっしゃい。」
「行ってきます!」
ルチルとメアは、暁に軽くお辞儀をし、館を後にする。館の扉を開け外に出ると、ヤグルマが門の前で待っていた。
「やり残した事は、ありませんか?」
ヤグルマの問いに2人は顔を見合わせ、頷く。
「はい。」
「それでは、行きましょうか。その前に、1つだけ。私は、魔女のいる建物の近くまでしか行けません。もし一緒に行った場合、恐らく逃げられてしまうでしょう。ですので、もし貴方方の身に何かが起きたとしても、私にはどうすることも出来ません。いいですね。」
「分かりました。」
「では、私の手に触れてください。」
2人はヤグルマの掌に手を置く。瞬きする間に、二人の周りには見慣れない景色が広がっていた。
「あちらの方角に真っ直ぐ進めば、教会が見えてくると思います。その中に魔女は居ます。後は、頼みましたよ。」
そう言うとヤグルマはその場で真上に跳躍し、そのまま飛んでいってしまった。
「………行こうか。」
「うん。」
2人は教会の方へと、まっすぐ歩き始めた。もう、後戻りは出来ない。
〈教会前〉
しばらく歩いた後、2人は教会の前に辿り着く。教会の周りは草木が生い茂り、長い間誰もここに立ち寄っていないようだった。ルチルは結界の先で見た物と同じ、いや、遥かに上回る気配を感じていた。メアも本能で、それを感じ取っていた。
「…………行こう。」
2人は教会の中へと、足を踏み入れる。劣化し重くなっている戸を開けると、中は意外と片付いており、広い聖堂の真ん中には、ステンドグラス越しに照る日光が、聖堂の中心を円形に照らしていた。
そしてそこには、何処か異様な気配を漂わせる、1人の人間が居た。
『こんな場所に来客とは………迷える小羊、名は何と申すのだ。』
(ルチル、名乗るな。)
(……分かってる。)
『聞かなくともわかるさ、加賀知ルチル。』
(!?)
2人は眉をひそめ、臨戦態勢に入る。
『ルチル……懐かしい響きだよ。』
(………?懐かしい……?どういうことだ……?)
『私には、ちょうど同じ名前の子供が居たよ。もう長いこと会ってないがね。』
『なぁ、我が愛しき息子の、クローンよ。』
(!?今、コイツなんて言った!?ルチルが、息子だって!?)
2人は動揺を隠せなかった。今目の前にいる男は自身の事を、ルチルの親だと名乗ったのだ。
『そう怖がらないでくれよ。私とお前の中ではないか。随分昔のことだがな。もう私と遊んだ思い出なんかも、忘れてしまったか。まぁそんな事はどうでもいい。お前達はあの神子に言われてここに来たんだろう。ほら、こっちに来て一緒に見上げてみようではないか。貴様らに全て丸投げし、自身の犠牲を保って大衆を救う選択をするどころか、貴様らにその責務を丸投げし、私がここで貴様らを殺す事をただ見ているだけしか出来ないクズの姿を。』
(コイツ、頭のネジが飛んでやがる。ルチル、挟み撃ちだ。アタシは左から、アンタは右から行け。)
(分かった。)
『さて、いつまでも喋ってるのも焦れったい。さっさと始めようではないか。』
『あぁ、可哀想に、迷える子羊よ。だがこれは運命で決められたことなのだ。辛いだろうが、受け入れ給え。これから始まるのは、理不尽な殲滅なのだから。』
途端、目の前の男の気配が変わる。それは背中を反った後、とても人とは思えぬ挙動で、やがて四肢があった場所から、無数の枝分かれする黒い触手が伸びた。
(これが……魔女………いや、今はアイツが何してくるのかしっかり観察しよう。)
「ルチル!まだ行くな!コイツは何して来るか分かったもんじゃ無ぇ!!少し距離を取って分析だ!!」
「あぁ!!」
2人はそれから距離を取り、それの周りを無規則的に周回し始めた。
『ほう、攻撃して来ないのか。なら私も特別に先制をくれてやろう。ほれ。』
そう言うとそれは伸びた黒く硬い触手を砕き、無防備に頭を差し出した。
「そうかよ!!ならこれでも食らってろ!!」
そう言うとメアは首元の痂を掻き、粘性のある血液をそれに向けて飛ばした。するとそれは何かを察し、身の丈に合わぬ素早さで飛散する血液を全て避けた。
『貴様……まさか………』
「素直に先制くれるんじゃなかったのかァ!!?」
『あぁ、先制はくれてやるつもりだったさ。貴様のその血を見て気が変わったのだよ。』
「はぁ?何だそれ…ルチル!!仕掛けるぞ!!」
「あ、あぁ!!」
メアの声を合図に、2人はそれとの距離を少しずつ詰めていく。それは初めから先制をくれるなんて事は無かった様に、砕けた触手の断面から更に触手を伸ばし、2人に攻撃を仕掛ける。
2人はそれぞれ、暁に貰った武器を使い、その触手を砕く。だが、砕く速度よりも遥かに早く、それは触手を伸ばしていく。
「クソッ、キリが無ぇ!」
2人はそれから再び距離を取り、体制を立て直す。
『どうした、それで終わりか。ならばこちらからゆくぞ。』
それは伸び切った触手をさらに枝分かれさせ、2人に襲い掛かる。2人はそれの周りを周りながら、触手を避けるのに手一杯だった。
(クソッ、どうしたら……)
迫り来る触手を避けながら、ルチルは考える。
「ルチル!アタシに考えがある!!このまま少し避け続けて!!」
「分かった!!」
メアは触手を避けながら、少しずつ血液をその場に垂らしていく。やがてそれは糸のようになり、それの周りを囲んでいた。
『ちょこまかと……ならば……!』
それは伸ばし続けていた触手を全て砕き、途端にメアの方へと一直線に向かって行った。
「メア!気をつけろ!!」
「引っかかったな!!」
メアは糸のようになった血液をその場で宙に飛ばし、そのままそれに巻き付け拘束する事に成功した。
『何ッ!?』
「メア、これは……?」
「アタシの血、なんでかわかんないけど出血した後少ししたらこうなるの。中々やるでしょ。さて、まだまだ終わりじゃないよ!!」
メアは再び血液を飛ばし、壁や天井、床へと付着させ、繭の様にしてそれを拘束してみせた。
「父親だかなんだか知らねぇが!!これで終わりだ!!」
メアはトドメを刺そうと、それに飛び掛かる。ルチルはそれを見て、何かを察知する。
「!?ダメだメア!!そいつから離れろ!!!!」
「っ……!?」
それは口元を微笑ませる。ルチルの前に広がる光景は、血液で出来た糸をいとも容易く破き、触手を伸ばすそれと、滅多刺しになり、見るも無残な姿へと変わり果てた、メアの姿だった。
続く。
今回の話も最後まで読んでいただきありがとうございます。
私の夢は、この世界の映像化。即ち、アニメ化でございます。
一生涯を賭けこの作品を完成させる意気込みですのでどうか応援の程宜しくお願い致します。
もし、この作品が気に入っていただけたのであれば、ブックマーク、お気に入り登録等、宜しくお願い致します。
また、感想やレビュー等も大変励みになる上大歓迎ですので、宜しければ書き込んで頂けると幸いです。
それでは、また次回。