#16『ルピナス』
いよいよ明日、魔女と戦うことになる。今回ばかりは生きて帰れるか分からない。
私は確かにあの時見た。あの禍々しい、この世のものとは思えないものを。その道の存在に、私が、私たちが叶うのか、それはまだ分からない。だけど、もし敗れ、私達だけでなく、この島の人達の運命までも決めてしまうものだとしても、私達は、戦わなくてはならない。………もし、結果が望まないものになったとしても。
「ぁ、あの……」
「!?」
廊下の窓から外を眺め、深く考え込むルチルの背後から、突如声がした。その声は聞き慣れていないようで、何処か聞き覚えのある声だった。
振り返るとそこには、ルピナスが居た。
(ルピナス!?でも、なんで……)
ルチルが身構えていると、ルピナスはぎこちなく握る手を差し出す。
「これ……貴方の………ですよね………?」
「え?」
ルピナスが差し出し、開いた手を覗き込むと、そこにはグラスに貰ったお守りがあった。
「あぁ、ありがとう……?でも、どうして……」
「やっぱり……!えっと……この前、私の事、影から見てた……よね。その時に、落としてたから、渡したくて。」
「そうだったのか、ありがとう。」
ルチルはなんとか焦っているのを誤魔化し、お守りを受け取ると、それを首からかけた。
「それじゃ、………えっと……………」
ルピナスはルチルの顔を見上げる。
「貴方、名前はなんていうの……?」
(記憶が……無くなってる……?)
「えっと、ルチル……加賀知ルチル。」
「そっか……!ルチルさんまたね。」
「うん………」
ルチルが混乱していると、いつの間にかルピナスは姿を消していた。
〈暁の館、暁の作業部屋〉
「ルピナスに会ったのか?」
「あぁ、はい。」
「そうか。あの娘、あんたのことは覚えてたか?」
「いえ、それが、全く覚えていないようでした。」
「そいつぁよかった。折角だ。この前説明したこの針と、ルピナスについて、あんたには話しといてもいいかもな。そこ座んな。」
ルチルは言われた通り近くにあった椅子に腰掛けると、暁は裁縫針を眺めながら、話し始める。
「俺ぁ記憶を抜き取ったルピナスを連れて帰った後、ほとんどの記憶をこの針に残し、少しだけ記憶を書き換えてルピナスに戻した。数日経つと、ルピナスは今までのことをすっかり忘れ、俺が作った記憶の中で行き始めた。今はこんなことしか出来ねぇでいる。いつかはこの記憶とも向き合わなくちゃいけねぇ。悪く言えば、こいつは他人の人生を思い通りに出来ちまう。俺はそんな使い方は出来ねぇ。まぁ、少なくとも、今のお嬢はあんたのことを思い出す事は無い。安心しな。そんじゃ、一旦ルピナスの話は終わりな。こっからはこの針の話だ。」
暁は裁縫針を入れていた入れ物を開け、その中身をルチルに見せた。するとそこには、暁の持っている裁縫針と同じようなものが、数本入っており、それぞれが違う色で微かに光っていた。
「この針な。実は俺の恩人が昔使ってたものなんだ。それを、ヤグルマはどっかから見つけ出して、俺にルピナスを助けろってな。ヘヘッ、今思えば人使いが荒いやつだよ。ったく、結局俺は、この職からは離れられないらしい。」
「何か、あったんですか?」
「………少し、昔話をしよう。」
「俺ぁ昔、ある女性が営む精神科医で働いてたんだ。そいつは患者の話を心身になって聞き、その包容力で患者の心を癒やしていた。それでいて患者に寄り添うからこそ、進むべき未来へと向かう道標になる。今だからこそ多少はマシになったがな。精神科医として未熟だった俺は、日に日に精神を病み、俺まで彼女のお世話になる始末だ。その時の恩は、今も忘れられねぇ。だが、彼女1人でやってける程世の中甘くねぇ。人手が欲しくなっちまうわけだ。そんで、彼女があるものを作った。それが、この針だ。人には、強い意志の力で、夢を叶える力がある。だが、精神科に来る者たちは、皆それを忘れ、路頭に迷う者が後を絶たねぇ。そんで、自分を見つめ直し、新しい道に進む手助けができる道具として、この針を作ったらしい。そんで、この針を導入してから、精神科に通う患者達はみるみる内に回復。そんなある日の事だ。店の前に、一人の少女が立っていた。その少女こそ、ルピナスだ。長い事病院の前に立ち尽くしてたもんだからよ。こっちの方から出てやったら、怯えて何処かに走っていってしまった。その体は痩せ細り、風が吹けば飛ばされそうなほどだった。次の日、またルピナスが入り口に居た。今度は一緒に働いてた彼女が入り口から出た。少し打ち解けたのか、ルピナスは彼女の診察を受けていたよ。少ししたら診察室から2人が出て来て、ルピナスは元気そうに、棒付きの飴を彼女に貰って精神科を出て行ったよ。また来るねってな。そっからしばらく経った後だ。虐待を受けてるって知ったのは。あん時、気付けていたら………っと、話の続きな。彼女は後悔していた。今まで救えていた命がたくさんあった。でも、初めて救うことができなかった。最後に、頬にアザが出来たルピナスを見て以来、ルピナスは2度と来ることはなかった。彼女はそれからも、患者達を救い、感謝されていたが、ルピナスの事が未練となっていた。数日後の夜だ。雨の日だったかな。街灯に照らされた夜道を帰る途中、人並みの影が倒れているのを見た。彼女だったよ。背中に大きな刺し傷1つ。水溜りが紅く染まっていた。柊ノコン、彼女は俺の恩人で、尊敬すべきまるで地母神の様な人だった。そんでな、実は彼女………娘が居たんだ。俺も面識があってな。たまに一緒に遊んでたよ。館に着き、扉をノックして、しばらくすると、出てきたのは純粋無垢な笑顔で俺に挨拶する娘の姿だ。『あれ?おにいさんだ!どうしたの?お母さんならまだ帰ってないよ!それともまた遊んでくれるの?』だってさ。俺はそん時、必死にこぼれる涙をこらえてたさ。流石に何かを察したのか、その娘、ライラってんだが、中に入れてくれてな。あったかい茶まで出してくれたよ。ホント、出来た娘だよな。親によく似てる。だが、いつまでも誤魔化せるわけじゃねぇ。素直に全てを話した。皮肉なことに、この時初めてまともに精神科医みたいな事したよ。一緒に泣いて、寄り添ってた。実はライラ、父親も居なくてな。俺が変わりに世話する事になった。ノコンの未練、俺が変わりに継いだのさ。薄々気づいてるんじゃないか?あんた、まだまともに話してねぇやつがひとり居るってな。」
「………もしかして、」
(ふふっ、命中♪)
(……………なん………………誰だ………………?)
「あんたが化け物にやられてたのを知ってたのも、あんたを化け物から救うことが出来たのも、ノコンのおかげだ。しかし、あんな馬鹿力持ってるとは俺も思わなかったぜ。早速合わしてやりてぇが、生憎今は旅行に行っててな。多分もうそろそろ帰ってくるんじゃねぇかな。………ライラに会うためにも、必ず、生きて帰って来い。」
「………はい。」
「さてと、長い話聞いてくれてありがとよ。俺ぁ気分転換に散歩行ってくるわ。」
暁は背伸びした後、部屋を後にする。
「そうだルチル、」
「はい、なんですか?」
「別にどうってことじゃあねぇんだけどよ、この前メアと何処行ってたんだ?」
「主の研究所に行ってました。」
「そっか。カイヤは元気にしてたか?」
「はい。メアとも楽しそうに話してました。」
「そうかい。それを聞いて安心したよ。そんじゃ、俺は散歩行ってくるよ。」
「はい、では。」
2人は作業部屋を後にした。自室に戻る途中、メアに会った。
「ルチル、さっき2人で何話してたの?」
「別に大した話じゃないよ。昨日の晩に話してた雑談の延長戦みたいなかんじ。」
「そっか。………明日、約束の日だね。」
「あぁ……。」
2人の間に、少しだけ沈黙の時間が流れる。
「今日は、何処か行ったりする?」
「うーん……………」
ルチルは少し考え込む。
「特に、何も決めてない。メアは?」
「私も何も………」
再び、少しの沈黙。
「じゃあ、今日はのんびりしてよっか」
「…うん、そうする。」
「よかったら私の部屋来てよ。一緒に本でも読もう。」
「えぇ……アタシ本読むの苦手……」
「アハハッ、冗談だよ。テレビもあるし、ボードゲームとかもあるから。それで適当に時間を潰そう。」
「うん…!」
2人はルチルの部屋に向かう。
「……所で、ボードゲームって何?」
「アハハ……そこからか。やってみたほうが早いけど、簡単に言うと、2人で勝ち負けを競い合うゲームだよ。」
「そっか。よーし!負けないぞ!!」
「受けて立つよ。」
2人はルチルの部屋で、平凡な1日を過ごす。この何気ないひと時が、当たり前のようで、一番大切なものなのかもしれない。今はただ、それを噛み締め、過ごすのだった。
約束の日は、すぐそこにまで迫っている。
今回の話も最後まで読んでいただきありがとうございます。
私の夢は、この世界の映像化。即ち、アニメ化でございます。
一生涯を賭けこの作品を完成させる意気込みですのでどうか応援の程宜しくお願い致します。
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それでは、また次回。