#13
(ルチル、聞こえるか?)
「…!?その声……暁さん…?」
この世のものとは思えぬものを目の当たりにし、その場で動けなくなっていた時、突如、頭の中に声が響いた。
(今、訳あってヤグルマさんの力を借りてあんたに語りかけてる。悪いが大事な話があるから戻ってきてくれねぇか、一応ヤグルマが迎えに行ってくれるそうだ。)
頭の中に響く暁の声は、何処か焦っているようにも感じた。
「分かりました。今行きます。」
いつの間にか震えも収まり、動けるようになってたルチルは、正義と悪の街を後にした。
結界の付近に辿り着き、結界のヒビが入っている場所を軽く叩こうとすると、背後で何かが着地する音がした。ルチルはとっさに身構え、ガントレットを装備し振り返ると、そこに居たのは時の神子のグラスだった。
「落ち着け、私だ。」
「グラスさん……?」
「時計塔からお前を監視していた。見たんだな。あれを。」
「はい……」
「……今、この島国は、大災害以来の深刻な事態に陥っている。もしかしたらお前も、今後あれと同等のものと対峙する日が来るだろう。だから、」
グラスは首元から、ペンダントを取り出し、ルチルに手渡した。
「それはこの街に昔から伝わるお守りだ。私からしてやれるのはこれくらいだが………その……お前はここで死んで良い器じゃない。生きろ…ってことだ。じゃあな。あと、次この街に来る時は結界をノックしろ。私が通れるようにしてやる。ヤグルマとか言ったか……アイツ……こんな傷つけやがって……クソッ」
そう言うとグラスは、時計塔の方へ跳んで行ってしまった。
ルチルが結界を超えると、ヤグルマが待機していた。
「おかえりなさい、ルチルさん。あの街はどうでした?」
(あの黒く蠢くものの事、ヤグルマさんにも話したほうが良い気がする。)
「えっと……ヤグルマさん、変なことを聞きますが……その、もし、黒い触手のようなものを見たと言ったら……信じますか?」
ルチルの言葉に、ヤグルマは焦燥に駆られた。
「見たのですか……アレを。」
「貴方を帰ってくるよう呼び出したのは私です。丁度、それについての話をしようとしていました。さぁ、私の手を。一緒に戻りましょう。」
ルチルはヤグルマの手を取り、瞬く間に暁の館へと戻って行った。
館に入ると、暁がいつもの様にヘラヘラと、でも、何処か焦っているような顔で出迎えてくれた。
「おかえり。何処行ってたのかについて色々聞きたい所だが、そんな暇はなさそうだ。だろ?ヤグルマさん。」
「はい。では、メアさんも呼んでください。大事な話があります。」
ルチル、暁、ヤグルマの3人は、館の客間に集まった。少し遅れて、メアが部屋に入って来た。
「ルチル……その………この前は………ごめん。」
「大丈夫だよ。気にしてない。」
ルチルは優しい笑みを浮かべメアに言葉を返す。
「隣来なよ」
「うん…」
メアは少し気まずそうにルチルの隣に腰掛ける。
「ヤグルマさんは座らないのか?」
「はい、座れる足がありませんので♪」
「ア…………」
暁はやっちまったと思った。
「では、改めて、皆様にお伝えしたいことがございます。近々、大災害が怒るかもしれません。その予兆を、私は観測いたしました。」
ヤグルマは続ける。
「大災害。それは、黒い波が島を覆い、一瞬にして島の1/4を消失させたというものです。その、"黒い波"というものについて、貴女方に伝えなければならないと思い、この場を設けさせていただきました。」
「あー、1つ気になってたんだけど、なんでアタシらなの?」
メアがヤグルマに問う。
「おいメア、ヤグルマさんに失礼……」
暁が小声で注意する。
「構いませんよ。私もあくまで元は人間ですから。対等の立場として接していただいて構いません。」
「そして、何故貴方達なのか、ですよね。私は秩序の神子。名のまま、この島の秩序を守る存在です。そして、私が目をつけたのはそこのお2人さんです。」
ヤグルマはルチルとメアに右掌を指す。
「貴方達、普通の人間ではございませんね?」
ヤグルマの言葉に、2人は動揺した。
「ご安心ください。別に貴方達を罰そうだとかそういうわけではございません。私は貴方達の、力を借りたいだけなのです。」
「力を……借りたい?」
「はい。その昔、大災害は私の先代である秩序の神子が、黒い波を消滅させました。ですが、神子の力には限りがあり、過度に力を使いすぎると、その代償に体の一部が欠損するというデメリットがあります。もしあの大災害が再び起こったとしても、体の大半が欠損した今の私の力ではどうにもならないでしょう。そこで、お2人の力を借りたいと思い至った訳です。」
「待って下さい、神子の力をそれだけの代償を払ってまで使ってやっと沈められたものですよね、とても私達にどうにか出来るものとは……」
「はい。ですが、大災害の話には、続きがあるのです。実は、大災害は自然に発生するものではなく、ある一人の人間が起こしたものなのです。」
「!?それってどういう……」
「ルチルさん。結界の向こうで、"黒い触手のようなものを見た"と言いましたね。」
「はい……確かに見ました。」
「それが、大災害の正体です。」
「!?」
「その昔、この島には『魔女』と呼ばれる存在がいました。魔女は人によっては神子に匹敵する力を持ち、その力を代償無しに扱うことが出来る存在でした。そして、その魔女の中の一人である『ヒガン』という名の魔女が、命と引換えに触手を伸ばし、大災害を引き起こしたのです。」
「……なぁ、ヤグルマさん。一つ聞きたい。」
「はい、なんでしょう?」
「ルチルもあんたも、その黒い触手とやらを見たんだよな。ってことは、その魔女が複数人いるってことにならないか?」
「はい。その可能性は非常に高いと思います。魔女が大災害を起こしたと言っても、基本的には強くてビルを倒壊させる程の者がほとんどです。それでも十分な強さですが、そのくらいであれば神子の力でも均等に渡り合える程です。結界の向こうでも微かに魔女の気配がしましたが、おそらくあちらはあちらを護る時の神子さんがどうにかしてくれるでしょう。」
「ですが、問題は私が見た方です。私が見た魔女は、あろう事か四肢がなく、代わりに四肢があった場所から禍々しい気配を漂わせていました。恐らく、ヒガンに匹敵するものと思われます。」
「すまないがヤグルマ、もう一つ聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょう」
「あんたはルチルとメアを魔女と戦わせるつもりなんだよな」
「はい……勿論貴方方の意思を尊重するつもりでいますが。」
「あんたは戦うのか?」
「……実は、神子間の決まりで、島国の生物にはいかなる理由があろうと、その命を脅かす、或いは奪う事を禁じられているのです。」
「島が今度こそ滅ぶかもしれねぇ。そんな時にそんな事言ってられるのか……?」
「それがそうともいかないのです。決まり事を破ると、私含め神子は皆自害するという決まりなのです。もしそうなったら、この先、どのような危機が訪れようと、私達は貴方方を護る事が出来なくなるのです。」
「なんだそりゃ……まぁ、事情は分かった。後は…………」
暁は2人の方を見る。
「俺は、あんたらを預かる保護者みたいなもんだ。だから、親として。あんたらに念を押す。あんたらはまだ若い。この先沢山の経験が待っている。そんな生を、一瞬にして終わらせるような真似はさせられん。だが、最終的な判断をするのはあんたらだ。もし行くというのなら、俺は止めない。」
2人は顔を合わせる。メアは不安そうにルチルを見つめる。
「………どうする?」
「………」
ふと、記憶を振り返る。
(えっと………主……?その…………これは………?)
(せっかく大きくなったんだ。あんたの服も新しくしないとって思ってね。中々似合ってると思うんだが、)
(その………はい。主が似合うと言うなら……似合うと………思います)
(お互い、生まれたばかりだ。この街の理解を深めておくついでに、せっかくだから親睦を深めようと思ってね)
(そうだ…!前に主にご馳走になった美味しいケーキの店があるんだ!良かったら案内してあげるよ)
暖かい記憶。楽しかった記憶。だけど、それだけじゃない。
(今度こそ………!!決着を付ける!!)
(くっ……これじゃキリが無い……………)
(正面から行ってもきっと防がれるだろう……それなら……!)
(キサマガサツジンキダナ。ヨナカニデクワシタヒトヲムサベツニメッタザシニスル。)
これは、戦いの記憶………あの時は何が何だか分からず、ただ我武者羅に刃を振るっていた。だけど、機械と戦っていた頃には、しっかりと成長していた。
だけど、今の私に勝てるのだろうか。
今まで戦ってきたものとは比較にならないほど大きな相手だ。果たして、その存在を相手にして、私は何が出来る……?
(っ………!!!?)
(これは……………?)
力に目覚めた時の記憶……あの時、私は人々を護りたい、主を護りたいと言う一心でこの力に目覚めた。結果は残念なものだったが、少なくとも、私以外、皆無傷で済んだ。守りきったんだ。
そうだ、もし私があの時、群衆と共に逃げていたら、もしかしたら怪我を負ったり最悪死者が出ていた。今回の魔女……もし私が逃げたら……今度は皆が……………。
メアに不安の眼差しを向けられたルチルの表情は、いつの間にか決意あるものへと変わっていた。
「私は、この島の皆を守ります。」
#13、おわり。
今回の話も最後まで読んでいただきありがとうございます。
私の夢は、この世界の映像化。即ち、アニメ化でございます。
一生涯を賭けこの作品を完成させる意気込みですのでどうか応援の程宜しくお願い致します。
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それでは、また次回。