Prologue
これは、外界から隔離されたある島国の物語。
「お母さん!こっちこっち!!」
「そう急かすんじゃないよ。全く、うちの子は相変わらず元気だねぇ」
彼女の名は加賀知カイヤ、この島国では名の知れた有名な生物学者である。今日は息子のルチルと町中を歩き回っていた。
「だってお母さんとお出かけするの久しぶりなんだもん!!」
「はいはい、分かったからもうちょっとゆっくり歩いてくれるかい?」
「はーい!」
ルチルは元気よく返事をすると、カイヤに歩み寄り、歩幅を合わせて歩き始めた。
最近研究室に籠もりきりだったからか、体にガタが来ていて、少し歩くだけでもバテてしまう。
「……あれ、お姉ちゃん?」
「ん?」
「やっぱりお姉ちゃんだ!ルチルとお出かけ?」
彼女の名は加賀知セレナ、カイヤの妹に当たる。彼もまた生物学者としてカイヤの助手をしているが、カイヤが研究室に籠もったきり会うことがなかった。
「まぁそんなとこだよ。ほんと、子供ってのはどうしてこんなにも血気盛んなのかねぇ」
「アハハ!困ってるお姉ちゃん久しぶりに見たよ!ねぇお姉ちゃん、これからどこに行くの?」
「いい加減日の光浴びたほうが良いって思ったのと、ルチルと遊んでやれる機会が無かったからねぇ。こうして町中歩き回ってるのさ」
カイヤは既に肩を丸くして答える。陽の光が眩しいのか、まぶたも研究室に居る時より垂れて見える。
「ねぇねぇ!せっかくだから私も付いて行って良い?」
「別に構わないけど、あんまりはしゃぎすぎないでよ……?」
「分かってるって♪何年一緒に居たと思ってるのさ。そうだルチル!良かったらお姉さんが好きなもの買ってあげるよ!」
「え!いいの!?ありがとう!!じゃあねぇ……………」
そんな話をしながら、街で買い物をして回る。ある程度買い出しが終わった後……
「ふぅ……疲れた。楽しかったかい?ルチル」
「うん!ありがとうお母さん!!」
「そうかい、そりゃあ良かったよ」
公園のベンチに腰を掛け、3人は体を休める。
「そうだお姉ちゃん、ずっと研究室に籠もって何してたの?」
「………それはねぇ…………………」
カイヤは少し目つきを変え、静かな声で話し始めた。
「えぇ!!?人造人間!!!!???」
「シーッ!声がでかいよ!!私だってそこらの界隈では名が知れてるんだ。私がここに居るのがバレたら面倒だろ……」
「あ…ごめん……」
「人造人間……?」
ルチルが問う。
「あぁそうだよ?人造人間。コウノトリに運んでもらったりするまでもなく、化学の力で人間を生み出すのさ。因みに、私の造っている人造人間は赤子から成長するまでもなく最初から成人した人間位の大きさで生まれてくるんだ。脳ミソも、あらかじめ知識を蓄えた状態で生まれてくるから、学校に通わせたりするなんて必要も無いんだよ。ルチルにはちょっと難しすぎたかな……?」
「化学の力……人造人間……かっこいい!!」
ルチルは目を輝かせカイヤに言う。
「おやおや、どうやらうちの子は血気盛んなだけじゃなく学者としての素質もありそうだ。」
「ねぇお姉ちゃん、もしそれが完成したら、その人造人間はどうするの?」
「そうだねぇ………まぁ公には出さず、私の雑用でもやらせようかねぇ。」
「えぇ!?出さないの!?凄いことなのに……」
「出さないよ。だって、私が言うのもなんだが。倫理観の欠片もないし、自然の法則に反するじゃないか。だから公にしようもんなら、罵詈雑言の嵐どころか、それを悪用しようと企むやつまで出てくるだろうさ。」
「そっか……」
セレナは少し残念そうに相槌を打つ。
「そうだ、そろそろ体も落ち着いてきたから、近くのレストランで食事でもどうだい?」
「やったー!勿論カイヤの奢りだよね?」
「全く……そういう所はしっかりしてんだねぇ……仕方ない。今回は私の奢りだよ。」
3人は公園を後にし、近くのレストランへと向かう。
「……おっと、電話だ。先行っててくれるかい?後ですぐ行くから。」
カイヤは顔色を変え、電話に応じた。
「分かった。ルチル、行こっか」
「うん!」
2人はカイヤと別れた後、少し先の横断歩道で立ち止まった。
「ねぇルチル、ルチルの夢は何?」
「僕はねぇ、お母さんみたいな人になりたい!お母さんみたいに立派な人になって、皆の役に立ちたい!!」
「それは凄くいい夢だね!きっとルチルなら叶えられるよ!」
「うん!」
その時だった。
歩行者の信号が青になり、横断歩道を渡る途中に、トラックが猛スピードで接近してきた。
「ルチル!!危ない!!!!」
セレナはルチルを庇ったが2人共トラックに跳ねられ、見るも無惨な姿になったのにカイヤが気付いたのは、全てが終わった後だった。
「ルチ…………ル……………?セ……レ……………ナ………………」
カイヤは目を見開き、膝から崩れ落ちた。
「なぁ…………私をからかうのはよしてくれって………………私の助手はあんたしかいないって…………………なぁ………私はなんて言えば良いんだい…………?私は………………私は…………………」
「どうすればよかったの………………?」
「ルチル………………………私………さ……………ちゃんと、あんたの、母親に…………………なれてた……………か……ぃ………………?」
「なぁ………………答えて…………………くれないのかい……………………?」
カイヤの目は、何も見えなくなる程に、涙が溢れていた。
「私は……………私は……………………」
日が落ち始め、泣き疲れ涙が乾く頃、カイヤは鞄の中に入ってる白衣から、試験管を取り出し、血溜まりと髪の毛を入れて、白衣に戻した。
「………そう、分かった。私は神なんて信じる達じゃないけど。今なら少し分かる気がする。」
カイヤはか細い足で研究室に戻り、制作途中の人造人間が入っているカプセルを開けると、カプセルに満ちてる液体の中に、試験管の中身を注いだ。
「ルチル……………私は、皆の役に立てるような立派な人間なんかじゃない。けど、あんたなら、その器になれる。私が、あんたの夢を叶えさせてあげるから。今は……そこで眠ってて。」
「おやすみ。加賀知ルチル。私の、唯一の家族。」
「最後まで読んでいただきありがとうございます。この作品は、私の人生全てを賭けて完成に向かう覚悟ですので、どうか最後までお付き合いください。」