結婚5年目クエストは田舎でのスローライフ
【キーワード】
コスモス/雪山/温泉/パスワード/たまご/和菓子/5年/金魚/帽子/クエスト/三日月/文化祭/暖炉
幼馴染みと結婚して早5年。
夫が避暑地の別荘を貰った。
「共に在宅ワーカーだし、使えるモノは使えって」
要は『移り住んだら?』という話らしい。
田舎の物価は安く、近くに温泉。別荘のセンスもいい。
『じゃ、試しに』と移り住んだのが夏。今はコスモスの咲き乱れる季節を過ぎた、移住3ヶ月目。
暖炉を囲み、薪がパチパチと爆ぜる音を聴きながらワインとチーズ……などというヌルい理想は早くも翳り出している。
この暖炉が曲者だった。
暖房器具は他になく、家全体が暖炉の熱で暖まる仕様。そして暖炉を使うには当然薪がいるわけで。
近くの山が『緊急クエスト!』とか始まりそうな雪山と化すのは、最早時間の問題。
今、我が家の緊急クエストは『薪割り』だ。
「こりゃダメだ……」
休憩中、近くの町の和菓子屋で買った夏の売れ残りのゼリーを食べながらそう言う夫の目は、完全に死んでいる。
夫の目がここまで死んだのは、私にパスワードを把握されているとも知らずに密かにダウンロード購入していた、エロ漫画コレクションを見られた時以来。
こちとら『すわ、浮気か』と思って盗み見ただけに、大いに肩透かしだったのだが。
ゼリーの中で泳ぐ金魚が寒々しい。
実際、朝晩は既に寒い。
きっと真冬の朝晩は帽子で耳まで隠さないと、ちぎれそうなくらい寒い。
薪ができたら暖炉の用意するのは私の仕事……正直私の心も折れかけていた。
「高校3年の頃の文化祭の前日くらい無理」
「そんなに?!」
高校3年の時のクラスは行事に全く力を入れておらず、文化祭の用意は前日からというやっつけ仕事であった。
勿論理想の1割程度の出来だったことは言うまでもない。
完全に心が折れた。
「別荘は別荘のままがいいよね……」
「それな……」
結局、元住んでいた家に戻った。
買っててよかった分譲マンション。『売るのは少し様子を見てから』という夫の判断に感謝しかない。
「物価は安かったけどガソリン代かかったし、家も広すぎて我々には適してなかったよ」
「近くにコンビニないのキツいしね」
運転しながらコンビニのたまごサンドを摘む夫と、ボヤきながら帰路に着く。
とはいえ別荘で過ごす時間は楽しかった。
その時間の思い出に、暖炉風のストーブをネット購入した。
ついでにプランターで苺を育てている。
私達のスローライフは、これで充分。
マンションの窓から三日月を眺めつつ、ワインとチーズで乾杯した。
ダンボールに入った荷物を見て見ぬふりでやり過ごしながら。