理由
代官が教会の管理人と一緒にやってきたと聞いたアルバートは、彼らを執務室がわりの船室へと招き入れ、部下に子どもを連れてくるように命じた。
そうして子どもを待つ間に彼らの様子を観察する。
代官は島を治めていた一族の末裔にしてはいささか小ぶりな印象で、地方の有力貴族というよりは、都会に憧れて首都の貴族の真似をしたがる田舎の下級貴族のようだった。
長い年月の間にどこかで一族の誉が忘れ去られたか。
それとも、血筋自体が入れ替わったか。
どちらにしても芯の部分が消え去ってしまった事に違いはない。
アルバートは代官を粛清対象の調査リストに脳内で書き加え、次に教会の管理人を見た。
おどおどと揉み手をして背を丸めている中年の女は、善良だが力のない、彼ら王国騎士が守るべき存在であるように見える。
権力という寄る辺のない弱き存在だ。
特に厳しく睨んだわけでもないのに怯えた様子で、視線が落ち着かなくさまよっていた。
そんな事を考えていると、ノックのあとドアが開いた途端、彼女は必死の形相になって駆け出し、入ってきた騎士を押し退けてその後ろの子どもに抱きついた。
「ニュル!」
殺気が無かったためだろう、部下はさらりと管理人をかわして背後へ通したが、アルバートはそれをじろりと睨みつける。
部下のゆるんだ表情が『しまった』という様子に変わるのを見て、あとで軽く締め上げてやろうと心に決めた。
しかし、とアルバートは女の後ろ姿を見つめる。
子どもの姿は管理人の女に隠れて見ることができない。
まるで子どもを隠すようなその姿勢に、アルバートは疑問を感じた。
そもそも、ドアがノックされ開いたときのあの反応と動きにはおかしなものがある。
そう、最初からそう動こうと決めていて飛び出したような、そんな不審さが。
アルバートの視界の中で、代官がどうでもいいものを見るように横目で管理人を見つめていた。
自身の名付け子が、誘拐されて保護されていた子どもがすぐそこにいるというのに、大した冷静さだ。
アルバートはわずかに口角を上げた。
「良かった。無事で良かったよ。ごめんね、すぐに助けてやれなくて。ごめんね」
「ハンナ、ハンナぁ」
船室には女と子どもの、泣き声と安堵の言葉が繰り返されて響く。
アルバートはわざと顔を大きくしかめて見せた。
「騒がしいな」
そして尊大な態度で子どもの後ろにいた部下に命じる。
「ミレディ、2人が落ち着くまで別室へ連れて行くように。その間、わたしは代官と話を済ませよう」
「いや、しかしわたしもあの子と話を……」
慌てたように言う代官の言葉をアルバートはばっさりと切り捨てる。
「そんなものは後でもいいだろう。大体、あの様子では話にならんと思うが」
「ええ、そうですね……」
引き攣ったような笑みを浮かべて管理人のほうを見る代官に、アルバートは確信した。
この男は何か別の理由があって管理人に同行したのだと。
考えられるのは管理人の監視か、それとも子どもを脅して連れ戻す事か。
そうでなかったとしても碌でもない理由だろう。
アルバートはそう内心で決めつけると、椅子をすすめる事もせずに代官に視線を合わせる。
「それで」
代官が気圧されたように息を呑む。
「代官殿は本日どのようなご用かな」
賊にばれないよう船を沖の島影に停泊させ、数名の騎士とともに代官の城へ使者を出したときも、賊を捕らえたのち船を港に入れたときもなんの反応も無かった男だ。
管理人を呼んだ途端やってきたのには一体どんな理由があるのか。
どんな言い訳を聞かせてくれるというのか。
あまり道理に合わない事を言ってくるようなら、何か理由をつけて斬ってしまってもいいな。
アルバートはそう考えて、今日初めての笑みを浮かべた。