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うしろめたさ

 アルバートが仮に執務室として使用しているのは、港に停泊中の船の一室だ。


 連れてきた騎士のほとんどは、港の船員用の船宿に泊まっている。

 島の港は今、騎士達が守りを固めていて、島の人間にはさながら戦場のように見えていることだろう。


 時折、船乗りたちが酔って暴れることはあっても、基本平和な町だ。

 剣を持った騎士隊が警備する様子には慣れていない。


 人攫いたちを捕まえに来たのだと分かってはいても、やはり町の者たちにとって権力側の人間は恐ろしいものであった。






 そんな領主と騎士達だが、来たのも突然なら帰るのもあっという間で、やって来たと思ったら今日明日にも出て行ってしまうという。

 人攫いの一味は捕まえたので、もう用はないというわけだ。


 随分とあっさりしたものだが、彼らには領都や、領内の町や村で仕事が山積している。

 お礼に宴を、などと言われてもとてもそんな状況ではなかった。


 



 普段、城にこもって出てこない代官がわざわざ港までやってきたのは、領主に挨拶とお礼を言うためであったが、一緒に教会のハンナがいるのを見て、人々は訝しがった。



 ハンナは教会の管理人になって以降、滅多に町へやってこなくなった。


 教会の管理人とはそれほどに忙しいものなのかと、以前のハンナを知っている者たちは不思議がる。

 それはそうだろう。

 ハンナは町でただ1人の産婆であり、姉御肌で人付き合いの良い人物であった。


 久しぶりにハンナの姿を見て喜ぶ者も多いが、疑問に感じる者もいる。


 なぜ今この状況で、代官とともに領主を訪ねてきたのか、と。




 それに答えたのはハンナの息子だ。

 

「領主様が、ニュルを連れて領都へ帰るから、それで最後に会いに来たんだ」


「ニュルって、孤児のあの子かい?」


「ああ」


「聖霊教会にはもうずっと司祭様がいないからねえ」


 ため息をついた別の女に、その子どもが母親を見上げて問いかける。


「どうしていないの?」


「前の司祭様がお亡くなりになったんだよ」


 答えた母親の言葉を、隣にいた近所の女が引き取ってさらに続けた。


「次の司祭様はまだ子どもでねえ。代官様が引き取ってお育てになってるんだよ」


「へえ」


 子どもはよく分からないまま返事をした様子だったが、その後ろにいた男の子が小声でつぶやく。


「ニュルも一緒に引き取れば良かったのに」


 男の子はハンナの孫で、優しい祖母が大好きだった。

 祖母と一緒に暮らせないのは教会に管理人が必要だからで、教会に管理人が必要なのはニュルがいるからだ。

 いつもそう思ってニュルを快く思っていなかった。


 彼の両親がニュルの事を悪く言わず、同情的だった事も関係している。

 父ちゃんも母ちゃんも、おれの事をいつも叱ってぶつのに、ニュルには優しい。それが気に入らない。


「しっ! 滅多な事をお言いでないよ。ニュルは、あの子はね、父親が罪人だったんだ」


 それを聞き咎めた老婆が慌ててたしなめる。


「うそ!」


「罪人!?」


「ああ。よその村でね、人を死なせちまったのさ」


「それを代官様が漁師の腕を見込んで、目の届くところにおく事にしたんだよ」


「まあすぐに死んじまったんだけどね」


「バカな話だよ」


「そういうわけで、罪人の子どもと司祭様の子どもと、一緒には引き取れない。そういう事だったらしいよ」


 集まっていた女たちが口々に言うのを、老婆がまとめる。



 だから、代官様の事を悪くお言いでないよ、と。



 あまり子どもに聞かせたくはない話だ。

 これ以上この会話を続けていて代官の耳にでも入れば、何が起こるか分からなかった。


「ふうん」


 子どもはやはり興味なさげに母親を見上げる。

 男の子は叱られたと感じて、バツが悪そうに両手を頭の後ろで組んだ。


 子どもらの興味など自分の事と、先々の楽しい事と。せいぜいがそのくらいだろう。

 そう思いつつも、我が子の視線に後ろめたい思いを感じながら女はその小さな手を強く握った。



『どうして誰もニュルを引き取らなかったの』



 そう訊かれなかった事にほっと胸を撫で下ろして。









 

 













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