いいこと
昨日は、投稿を間違えてしまい失礼いたしました。
『部下の報告 ②』は昨日のうちに、女騎士の報告から始まるアルバートとニュルの初対面に内容を差し替えております。
「うさちゃん、こっちいらっしゃい。髪梳かしてあげる」
「うさぎさん、痛いところはない?」
「子ウサギ、腹減ってないか」
なぜかわからないが、ここの大人たちはみんなニュルに親切で、ニュルを名前ではなく『子うさぎ』と呼ぶ。
嫌ではないが、慣れないことにニュルはなんだか落ち着かなかった。
代官の城からの帰り道、突然大きな男に捕まえられて山の中の小屋の奥、小さな薄暗い部屋に閉じ込められた。
教会管理人のハンナが『暗くならないうちに帰りなさい』『人さらいが出るから知らない人を見たら気をつけなさい』とよく言っていたが、まだ日も沈まないうちに草木の陰に隠れて襲われたらどうしようもない。
人さらいに攫われたらどうなるのか。
何か恐ろしい大変なことになるのだろうと怯えたが、男たちはニュルを閉じ込めただけで殴ったり蹴ったりしなかったから、それほど怖いとも思えなかった。
しかし、やはり攫われてきた他の子どもが一緒に閉じ込められると、その子があまりに怖がって泣くので、ニュルも恐ろしくなって2人揃って泣き出した。
それがうるさかったのだろう。
男たちは声を荒げて壁やドアを殴りつけだしたので、2人は泣きやみ、手を握り合って部屋のすみで震えた。
おしゃべりなどできる状況ではなかったが、それでも1人ではないというだけでひどく心強かった。
さらに次の日、これからどうなるのだろうと出されたパンだけの食事を食べていると、突然部屋の外が騒がしくなった。
何が起きたのかわからないうちに、ドアから入ってきた知らない男の人や女の人の手によって2人は無事助け出された。
悪い人を捕まえる仕事をしているというその人たちは、島の外から来たらしく、ニュルも一緒に島を出るのだと言われたが、自分は何も悪いことをしていない、とはじめニュルは大泣きした。
一緒に閉じ込められていた女の子は、家族のいる村へ帰って行った。
ではニュルは、孤児だからダメなのだろうか。
ハンナに会いたい、ハンナのうちへ帰りたい。
そう言って泣く子どもに、周囲の大人は慌てふためいた。
彼女を安心させたのは、大人たちの中でも1番年上の、アルバートという厳しい顔つきの人物の言葉だった。
「島の聖霊教会には司祭がいない。そのため、お前の身柄はわたしが一旦預かり、領都の聖霊教会へと連れていく。何か不都合はあるか?」
司祭様がいないから。
ああなんだ、とニュルはそれを聞いてほっとした。
司祭様がいない、という話はハンナがよくしていた事だ。
ニュルは司祭様に会った事がないが、きっとすごく大事な事なんだろう。そう思うくらい、ハンナはよく『司祭様がいれば』と悲しい顔をしていた。
だから、ニュルが島を出るのは仕方がないのだ。
だって、司祭様がいないから。
ハンナと離れるのは嫌だけれど、最後にまた会えたし、えらい人の言うことだからその通りにしないといけない。
アルバート様という人は、どうやら代官様よりずっとえらい人らしいのだ。
だから仕方ない。
無能で、物知らずで、汚なくて役に立たないニュルは、いなくても問題ない。
この島には必要ないから、置いてもらえるだけでありがたい事なのだ。
そんなニュルだから、えらい人がニュルを連れて行くというなら逆らうなんてあり得ない。
でも、その理由が「孤児だから」ではなく、「教会に司祭様がいないから」だった事は、ニュルをとても安心させた。
だって、ニュルのせいではないから。
ニュルは、孤児である事を自分の罪のように感じていたのだ。
お風呂に入れてもらって、暖かい服を着て、前髪を切ったニュルを見て、ハンナは泣きながら笑った。
「良かったねえ」
そう言って泣いて笑った。
何がいい事なのかニュルには分からない。
けれど、
「ここを出たら、もう顔を隠さなくていいんだよ。髪を梳かして、毎日きれいにして、いいところにお嫁に行くんだよ」
ハンナがそう言ってぎゅっと抱きしめてくれたから、ニュルは嬉しくなって多分いい事なんだろうと思った。
だって、ハンナがこんなに喜んでくれるから。
いつも悲しそうで、辛そうだったハンナが嬉しそうだから、きっといい事なんだろう。
ニュルに優しくしてくれる大人は少ない。
誰より優しいハンナが喜んでくれる、それがニュルの『いい事』の基準だった。