部下の報告 ①
「ニュルという名は島で一般的な名前ではありませんでした」
部下の報告に、アルバートは表情を変えなかった。
嫌なほうに予想が当たりそうだ、と、そう思っただけだ。
「名付け親はこの島の代官で、母親には『子どもの面倒を見る』と約束していたそうです」
代官が孤児の面倒を見るのはこの島では普通なのか?
それとも両親のどちらかが親しかったとか。
代官が名付けるくらいだ、他人ではあるまいに。
いや、この島の文化は我々にはそこまで深く理解できてはいない……。
アルバートが色々と考える間にも部下は報告を続けていく。
「ただ、孤児となった事に違いはないため、聖霊教会の預かりとなっているとか。島の人間はみな誰かの身内で、普通は孤児となる子どもは出ないそうなのですが、ニュルという子どもの両親には親戚がいなかったそうで……どうかされましたか?」
部下は上司のアルバートの不機嫌な様子に首を傾げる。
「その名前だ」
「はあ」
「その子どものその名前だ。その名前で2度と呼ぶな」
「はい。ですが、それではなんと呼べば……」
意味も分からず部下はうなずく。
軍では上の言うことにはとりあえず「はい」と答えるのが常識だ。
騎士団からついて来た長年の付き合いのある彼は、だがその上で確認する。
大体、報告書にはどう書けと言うのだ。
「む、ん、そうだな。何か、そうだ、何か可愛いあだ名を考えろ」
「わたしがですか」
「わしに考えろと言うのか」
「はあ、そうですねえ。では、…………」
「では、なんだ」
「急がせないで下さいよ。では、子……こほん、子うさぎちゃんなどどうでしょう」
子ネズミと言いかけて、部下は言い直す。
いくらなんでも女の子にそれはない。
「子うさぎ、子うさぎか。まあ女の子だしな。ひとまずそれでいこう」
名前ひとつでどうした事だと思わないでもないが、どこの世界でも上司には逆らわないのが鉄則だ。
部下は真面目な顔で姿勢を正した。
「はっ!」
別にニュルだって変わってるけど可愛いのに。
そう思いながら。
誘拐される寸前で救われたのは、島の娘で来月には結婚する事になっていた少女だった。
14才とまだ若いが、この島では婚期が早いらしい。
娘の親族と結婚相手の親族、近所の友人知人までもが涙ながらに騎士達に感謝した。
誘拐されていた2人目の子どもは女児で、裕福ではないが漁師の父、そして母と多くの兄弟がいた。
島の東の小さな漁村の子どもで、村総出で探していたという。
岩場で靴が見つかったときは、泳ぎ達者な若者が何度も潜ってみたそうだ。
空気が冷え出した中、何度も。
そして最初に誘拐された子どもだが、こちらは本土からやってきた騎士団が連れて行くことになった。
司祭のいない教会ではなく、領都の聖霊教会で預かると告げて。
代官が抗議したという話もあるが、本土からやってきていた騎士隊をまとめているのは新しい領主だったため、問答無用で連れ去ったのだとか。
これにより島の聖霊教会は無人となり、管理人だった女は膝の悪い母を心配した息子夫婦と一緒に暮らすようになった。
管理人もいない、祈りを捧げる者もいない教会はみるみるうちに荒れて、次の年の嵐で見る影もないほど壊れ果てた。
代官はそれを放置して、教会が無くなったのだからと住まいを島の中心部へと移した。
もともと、毎年嵐の被害の出る、塩害のひどい海辺に住むのは好きではなかったのだ。
おまけに町は魚臭い。
代官は魚もあまり好きではなかった。
主の姿がなくなった城は寂しいばかりであったが、海辺の町の住人たちはどこかほっとしたように見えたという。